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  Ch.2.15:決着と、美少女

「オネーサマ、さっきの行き止まりの壁が、暖炉に通じる通路を塞ぐ隠し戸だったようですね」

「でも、風の流れはあるから、もう外よ」


 焦りを見せるクリスティーネを落ち着かせるように、ユメカはゆっくりと告げた。

 ユメカは動じていない。

 煙が一筋、石積みの隙間へと吸い込まれてゆくのを見付けたからだ。

 階段を上って行き止まりの壁に向かい、ユメカが剣を構える。

 その一点を凝視し、ユメカはその先の外を想った。


「突撃ライブハード!」


 ユメカがグラビティーソードを突き出す。

 破裂するように壁が砕かれて飛び散り、外から明かりが差してくる。

 立ちこめる煙をユメカは剣で切り払い、外に出た。

 煙に汚染されていない新鮮な空気はすばらしい。

 ユメカは深呼吸する。

 振り返って見れば、出てきた場所は中庭の銅像の台座だった。


「オネーサマ、意味不明の技でしたが、格好いいですわ」

「生きづらい世の中も突撃して切り抜ける技なのだ! わーはっはっは」


 ユメカは剣を鞘に収めて大声で笑った。

 ダイハードだとなかなか死なない意味となり殺す側の視点になるからダメなのだと、ユメカは一人納得して頷いていた。


「なんてこった」

 大男の声に、ユメカは視線を向ける。

 そこには、領主と執事の死体が転がっていた。館の中から外に逃げ出そうとしたところで、殺されたようである。無惨に体の内側が破裂して内臓が飛び散っているので外部からの攻撃ではないのは明らかだった。

 すぐさまユメカはクリスティーネが見ないように抱き寄せる。


「オネーサマ?」

「人の死を見るなら、覚悟が必要よ」

「オネーサマが一緒にいてくださるなら」

「分かった。現実から目を背けるだけじゃ、いけないからね」


 ユメカは抱きしめる腕を緩める。

 クリスティーネがそっと顔を向けた。


「あっ――」

 クリスティーネはすぐに顔を背けた。

 ユメカはクリスティーネの体を包み込む。


「大丈夫?」

「はい。ただ、魔力の残滓が漂っています」

「あの魔術師がやったのね」

「おそらく」


 ユメカは目をつむり、周囲の気配を探る。

 魔術師がいるような感覚はなかった。


「今でしたら、魔法で残滓を辿れば、追いつけると思います」

「――今日は止めよう」

「ですが、次はないかも知れません」

「かもね。だけど、黒クリちゃんは働き過ぎだから」

「わたくしはまだ平気です」

「実は、あたしもすごく疲れているんだ」

「それでしたら、仕方ありません。ですが一つだけ」

「なに?」

「闇落ちしたヤツとは、ああいうのを言うのです」


 何の話かとクリスティーネを見ると、真っ直ぐな眼差しで見上げてくる。

 初めて会った時にユメカが口走ってしまった言葉を思い出す。クリスティーネはずっと覚えていて、心を痛めていたのだ。あの時は敵だからと少し悪ふざけもあって必要以上に貶める悪口を言ってしまったが、親しくなった今となっては消し去りたい過去だった。だからといって、聖獣の力を使って過去をなかったことにしようとは、ユメカは思わなかった。


「そうだね。ごめんね。黒クリちゃんは、とても素敵な子よ」

「オネーサマが、教えてくださったのです。救ってくださったのです。そうでなければ、わたくしもあんなふうに、闇に落ちていたと思います」

「そんなこと、ないよ。黒クリちゃんは、心根がキレイだから、大丈夫」

「オネーサマも」


 ユメカは、クリスティーネが強くしがみついてくるままに委ねた。

 ただやさしく頭を撫でる。


「ユリユリしいところ悪いが――」

「あぁ?」


 唐突に邪魔な声を掛けてきた相手をユメカは睨む。

 ジョンが復活してニヤニヤと立っている。


「清々しいところ悪いが」

「死んだんじゃなかったの?」

「むさいおっさんに担がれて、今にも絶滅しそうだった」

「あら残念」

「ひ、ひどいよオネーサマ」

「だれがあんたのオネーサマだ」

「じゃ、オレのユメカでいいか?」


 バシ!


 ユメカはジョンの頭をはたいた。


「希少種は大事にしてくれよ」

「絶滅危惧種は飼育禁止だから、人工繁殖のために動物園にあげるわ!」

「人体実験はや、やめるんだ、ユメカー」

「駄犬の躾には鉄拳制裁より、鞭とロープが必要かしら?」


 ユメカが右手を握り締めてパチパチと左手に当てて殴る準備を始める。

 しがみついているクリスティーネが、邪魔するなとジョンを睨みつける。


「体罰はいけないワン。愛情とご褒美が欲しいワン」

「わかったわ、ジョン」

 ユメカは微笑んだ。

「おお、マイハニー」

 両手を広げてくるジョンの態度が厚かましいとユメカは睨む。


「野生にお帰り、ジョン」

 ユメカは領主の館の向こうに見える森を指さした。


「――マイハニー。虐待にも耐え忍ぶので、側に置いて欲しいワン」

「人聞きの悪いこと言うな! 美少女は虐待なんてしないのよ!」

「なら、安心セキュリティーの番犬ジョンをよろしく」

「はいはい。で、何の用?」

「そうそう。領主と執事の遺体共々、焼き尽くしてくれってさ。あのおっさんが言ってた」

「家族とか、他の使用人は?」

「大分前に離婚したそうだ。ああいう趣味の持ち主だからかもな。それに、ここは別邸で少ししか人がいないらしい。今おっさんが騎士の連中に言って館の人を集めさせている」


 ユメカが視線を転じると、生き残った大人たちの姿があった。慌ただしく動き回る者、呆然と立ち尽くす者、動揺して意味不明な言動をする者など、反応は様々だった。


「黒クリちゃん。疲れてない?」

「平気です、オネーサマ」


 クリスティーネは離れて一人で立ったが、表情には疲労の色が見える。

 気が張っているから疲れを感じていないのだろう。

 考えてみれば、今日は朝からまともな食事をしていない。

 魔術師を追いかけなくて良かったと改めてユメカは思った。

 しばらくして、領主と執事の遺体が布に包まれ、地下室の入り口に置かれた。


「では、【地獄の業火(ヘルファイヤ)】を使います」


 クリスティーネが意識を統一し、ゆったりと呼吸を整えると、静かに厳かな声音で詠唱を始めた。魔法陣が展開し魔力が弾けたように魔法が発現する。地下室がある庭の一帯が青白い炎に包まれる。

 領主お抱えの騎士たちと使用人が見守る中、業火は地面さえも溶かして燃え続ける。

 ユメカは持っていた偽大金貨を投げ入れた。

 周囲に放射される熱波は、クリスティーネの魔法制御によって的確に遮断されている。

 大魔道士と自称するのも伊達じゃないと、ユメカは改めてクリスティーネを見つめる。

 地面が溶け落ち地下室の空間へと陥没する。地下室にある造幣機械が溶け始める。すべて溶け落ちるのを待って、クリスティーネは魔法を消した。

 ふらつくクリスティーネをユメカは支えた。


「お疲れ様。すごかったわよ」

「はい。オネーサマ」

「じゃあ、行こうか」

「そんな頃合いだと思って、準備万端ですよお姫様方」


 背後からの声に振り返ると、ジョンが荷馬車を用意していた。


「あら、気が利くのね」

「便利屋ジョンと呼んでくれ」

「あんたは下僕で十分よ」

「なら、駄犬は卒業だな」

「今は御者が必要ってだけだから」


 御者だから犬ではなく人間でなければならないのだ。

 ユメカはちらと、大人たちを見る。

 領主の騎士たちが集まって話し合いをしている様子を背景に、大男が手を振りながら近付いて来る姿があった。


「おおい。悪いんだが、王都まで同行してくれないか?」

「なぜ?」

「陛下に報告する際の、証人になって欲しいんだ」

「イヤよ。あたし、まつりごとには関わらない主義なの」

「そうか、なら仕方ない。代わりに俺を同行させてくれ」


 拍子抜けするくらいあっさりと、男は主張を変えてしまう。柔軟なのか臨機応変なのか主体性がないのか、不思議な人物だった。


「おっさん、悪いが俺の馬車に野郎は乗せられないんだ」

「心配は不要だ」


 男が指笛を吹くと、館の向こうから白馬が一頭駆けてきた。


「偽大金貨造りの証拠探しを命じられていたが、証拠は溶けてなくなるし、首謀者の領主は殺されるし、犯人の魔術師は逃亡したからな。このままでは帰れないんだ」

「誰とも知らないヤツなんて、同行お断りよ」

「俺は、イーブ・ウィギャ。王国で白の騎士をやらされている」

「へえ、白の騎士イーブ・ウィギャとは、驚いた」

「知ってるの、ジョン?」

「まあな。見直したか? 物知り博士ジョンと呼んでくれ」

「呼ばないわよ。で、何白騎士って?」

「誉めてくれたら教えるよ」

「じゃ、いらない。本人に聞くから」


 ユメカは大男イーブに顔を向けると、すでに馬に跨がっていた。


「まあ、何というか、陛下から白馬を与えられた騎士ってところだな」

「それと、王権の代理執行が認められているのです」

「黒クリちゃん、すごーい」

「オレが言いたかったのに」

「もったいぶるのが悪い。黒クリちゃんはいい子いい子」


 ユメカがクリスティーネの頭を撫でると、ジョンが羨ましそうな目を向けてくる。

 その視線を無視しユメカは馬車の荷台に跳び乗り、クリスティーネの手を取って引き上げる。

 備え付けのクッションシートに腰を下ろす。


「ジョン、あとは任せたわよ。あたしは少し疲れたから眠るわ」

「ああ」


 なぜかジョンが嬉しそうな笑顔を見せると、手綱を握り馬を歩ませる。

 荷馬車がゆっくりと動き出す。

 ユメカは目を閉じ、ひとときの安らぎの中に身を委ねる。

 隣に座るクリスティーネが寄り添ってくれる温もりを感じていた。


 もう、一人じゃない――。


 新たな気持ちにユメカは心を満たした。

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