Ch.2.14:炎上と、美少女
ユメカは見知らぬ大男を見据える。
「誰よ、あんた」
「これはひどい。二度も忘れられるとは。美少女殿」
「もしかして酒場にいた?」
記憶喪失ではないので、ユメカは状況から符合する記憶を呼び起こした。
状況は覚えているが、名も知らぬモブキャラの顔は覚えていないのだ。
いうなればどうでもいい存在だった。だが、こう何度もしゃしゃり出てくるとなると、重要人物なのかも知れないと思えてくる。とはいえ、ユメカにとってはそれほど興味深い人物でもなかった。
「あなたは、もしや」騎士隊長が口を開くと、大男が手で制した。
「俺のことは後だ。ただ、偽造金貨の製造元を探していたと、言っておこう」
「ふうん。なあんだ。競合がいたのか。なら、あたしは一抜けしようかな」
「まあ、そう言わずに。その領主の尋問は続けて欲しいな」
「いいけど、答える気ある?」
ユメカは領主に視線を転じる。
「そのような偽物、初めて知った」
「そう。ならいいの」
「おいおい、あっさりだなあ、美少女殿」
「他にも聞きたいことがあるのよ。それよりさあ、さっきの魔術師、どこに隠れているか心当たりない?」
「オネーサマ、あの男は逃げたのではないのですか」
領主の視線がクリスティーネに向けられると、大きく見開かれた。
「おお、その髪の色、肌の色、なんと美しい少女だ」
興味のある分野には目敏いらしい。クリスティーネにとっては、フードを取ったのが災いしたのだ。
「おい領主、あんたの趣味をここで披露しない。早く答えなさい!」
「伯爵だ。偉いのだぞ、儂は」
「どーでもいいのよそんな肩書きは?」
言葉だけのやりとりが面倒になり、ユメカは剣を抜いて領主に突きつけた。
「ひぃ。儂を殺せば、酷い目に遭うぞ」
「そう言えばあんた契約違反したから、爵位あたしのものじゃないの?」
「なんかの冗談ということにならんかなあ?」
領主がもみ手で見上げてくる。
気色悪いのでユメカは一歩遠退いた。
「魔術師のこと教えてくれたら、冗談にしてあげるわ」
領主は変わり身が早く腕組みをした。
「ならば話そう。あの男、タース・リディルプスは、とある人物の紹介で聖――」
ドカーン!
語尾を打ち消す爆発音が響いた。
館の向こうで煙が上がる。
「ああ、まさか!」
領主が手を伸ばすと執事が駆け寄って体を支え立ち上がらせる。領主はテラスから館の中に入りかけて、騎士隊長を振り返った。
「アダセンは周囲を見張れ。これ以上誰も近づけるな」
「は」
返事もろくに聞かずに領主は、そのたるんだ肉体からは想像できないほど俊敏に走って行く。
ユメカたちも追った。
部屋から廊下を抜けて、中庭へと出る。
中央に立つ領主をかなり美化したような銅像の隙間から、煙が上がっている。
「なんと言うことだ」
領主は愕然と項垂れている。
「地下があるようだな。入り口はどこだ」
大男が領主に詰め寄る。
「し、知らん」
領主はそっぽを向いた。
「こっちだワン」
屋敷の中でジョンが暖炉を指さしている。
「ち、違うぞそこは!」
領主が慌てるのでユメカが近付くと、ジョンが何やら操作した。ガタンと音がして、暖炉の奥の石壁が少し開く。隠し戸だった。更に押し開くと、地下へ降りる隠し階段が現れた。微かに煙の匂いが漂ってくる。
「こんな所に秘密の地下があるのか」
大男が嬉しそうに笑った。
「よし、ジョン、ゴー」
ユメカが指さして命じると、ジョンが犬のように地下へと駆けていった。
後を追いかけると、クリスティーネが付いてくる。その後から大男も降りてきた。
「真っ暗ね」
「オネーサマ、わたくしの魔術で明かりを付けます」
クリスティーネの杖が光を放ち始めた。
「おお、素晴らしい。お嬢ちゃん、儂のお抱え魔導師にならぬ――おおうっと」
地下に降りる階段に、領主の大声が耳障りに反響する。
「旦那様、お気をつけを」
「分かっとるわい」
最後に領主が降りてきており、足を滑らせて転げ落ちそうになったのを、執事が支えたようである。
地下室に入ると、工場のようだった。
大量の金貨と、坩堝、円形の地金、プレス機、などがある。奥には別室に通じるドアがあり、そこから煙が漏れ出ている。魔術師の姿はない。奥の部屋で焼身自殺したのかとユメカは想像した。
「あ、あれは何だ?」
ジョンがプレス機の側で、金色の円板を拾い上げる。
「これは偽大金貨。魔術師を追っていて、とんでもないものを見つけてしまった。どうしよう」
ジョンが差し出してきた金の円板をユメカは受け取った。
鍛造途中の偽物の大金貨だった。
「わざとらしくやってくれたのかしら、ジョン?」
「わざとなんて、しない、しない、したこともない」
「ふうん。ま、いいわ」
「こっちには金型があるぞ」
大男が奥の棚に置かれていた金属の板を重そうに持ってくる。
「そ、そうか。あの魔術師のヤツの仕業か。儂の知らぬところで、偽金貨を作っていたとは、けしからんヤツだ」
わざとらしい言葉にユメカが冷ややかな視線を向けると、領主は視線を逸らして惚けた。
「ま、魔術師のヤツは、どこに逃げたのだろうな」
「あの奥の部屋は?」
ユメカが奥の部屋を指さす。
「魔術師の部屋だ。儂も入ったことはない。何やら研究をしていると言ってい――」
はっとしたように領主が口を噤む。
地下室の存在を知っていたのを自白してしまったと、気づいたようである。
「しかし、すごい技術だな」
大男が金型を台の上に置き、クリスティーネの魔杖の光の下で熱心に見入っている。
「ほっほっほ。そうだろう。儂の自慢じゃ」
「あんたが作った金型じゃないでしょうに」
開き直って恥じる様子もない領主に、ユメカは冷ややかな視線を向ける。
「儂がカネを出して作らせたのだから、儂が作ったのと同じだ」
「職人はどこ?」
「もうおらんよ」
「殺したのか? 秘密保持のために」
大男が領主を睨んだ。
「違うぞ、儂は知らぬ。魔術師がどこからか連れてきて、どこかへ連れ去った」
「しばらく使えば金型がなまる。手直しは必要になるはずだが?」
「細かい話など儂は知らぬ。結果がすべてなのだ」
領主はそれが当然という顔をしている。
「クリスティーネ、もう一度【地獄の業火】を使ってくれないか」
ジョンがいつになく真顔だった。
「なんであんたが仕切るのよ」
「だって、オーバーテクノロジーは、世の中底上げされてからじゃないと手に余るだろう」
「答えになってない」
「金槌で叩いて完全に壊すのは難しいからな」
「まあ、そうだけど」
「オネーサマ、どうします?」
「そうだなあ、こういう物は残しておくと、良くないのは間違いないんだろうな。技術は継承すべきだろうけど、技術者はいないようだし」
「も、燃やすのか」
領主が慌てた。
「焼かない焼かない、ロリコン伯爵。溶かすだけだ」
「では詠唱を始めますが、その前にジョン、皆を外へ」
「そこはおじさまって言ってくれ」
ユメカはジョンの頭を小突いた。
「黒クリちゃん、ごっこに付き合わなくていいから」
「ごっこなのですか?」
「そうよ」
「では、魔法も使ったふりをするのですか?」
「それはやろう。溶けるくらいに。悪銭は成敗よ!」
「く、ならば、やむを得ん。仕舞いだ」
「畏まりました、旦那様」
領主が腹を揺らしながら階段へと走って行く。
その後ろを追う執事は、出口の前で立ち止まり、振り返ると恭しくお辞儀をした。
「どうぞここで焼け死んでくださいませ」
執事は鋼鉄の扉を閉めた。ガチャンと鍵が掛けられる音が響く。
「しまった」
大男が焦った表情で扉を開けようとするが、びくともしない。
「ありゃあ、閉じ込められちゃったなあ。なんか、展開違くね?」
「なにと比べての話だ、なにと」
ユメカが睨むと、ジョンはそっぽを向いて下手な口笛を吹く。
「オネーサマ、折角ですからこの金、もらっていきましょう」
「他人の物を勝手に持って行っちゃダメよ」
「ですが、あの領主のです。わたくしたちを地下に閉じ込めて殺そうというのですから、その報復です。これでしたら人殺しではないのでいいのではありませんか?」
「それでも盗みはダメ。第一、領主が不正に集めた汚れた金だから、ダメ。心が汚れるわ」
「はっ! それはイヤです。わたくしもオネーサマのように清く正しく美しくありたいです」
「そう。だから、そんなのいらないのよ」
「はい!」
「武士は食わねど高楊枝なのよ!」
「オネーサマはブシなのですか?」
「あたしは美少女剣士よ。わーはっはっはっは――っ」
「オレはその相棒、名犬ジョンだ。がーはっはっは――っ」
バシッ!
ユメカがジョンの頭をはたいた。
「ジョン、シッダウン。あたしより目立つな」
「キャイーン」
ジョンが犬座りになって、悲しそうな目でユメカを見上げる。
「ああ、君たち、閉じ込められていずれ煙に巻かれて死ぬかも知れないというのに、随分と余裕じゃないか」
「なぜならあたしはまだ若いからだ!」
ビシっとユメカが大男を指さす。
「は?」
「老い先長い。時間はたっぷりとあるのよ」
「いや、だからもうすぐ死ぬかもって話で」
「大丈夫よ。自称名犬のジョンが、あんな扉食い破るわ。行け、ジョン!」
ユメカが階段に続くドアを指すが、ジョンは動かない。
視線を下ろすと、ジョンは床に這いつくばるようにして、ユメカの足の間に頭を潜り込ませようとしていた。
ユメカはその顔を踏み付けた。
ぎゃん。
ジョンが悲鳴を上げながらも顔を上に向けようともがく。
「やっぱり駄犬じゃない」
「ああ、御神体が四九三円」
「穢れ人には開帳されないのよ!」
ユメカが踏みにじると、ジョンが力尽きた。
「ああ、無念三円」
「さすがオネーサマ」
「当然よ。おーほっほっほっごほっごほっ――」
ユメカは煙にむせた。
「だから、早くどうにかしないと」
大男が口元を袖で覆って体を低くしている。
「その前に、あんた何者か明かしなさいよ」
「そんなの、後でいいだろう」
「ストーカーなら、同行お断りなのよ!」
「すとーかー? なんだか分からないが、実は俺は国王陛下の密命によって、偽大金貨の製造元を探っていたのだ」
「それがどうして酒場で、あたしに因縁つけてきたのよ」
「領主に近付く口実が欲しかったんだ」
「本当?」
「なんかウソっぽいですわ」
「美少女殿とお嬢ちゃん、信じてくれよ」
ユメカはじっと大男を見る。
「ま、いいわ。ウソだったらその時はその時よ」
「いいのですか?」
「いいのよ」
「ではオネーサマ、わたくしが魔法で破ります」
「それだとちょっと余波がすごそうだから、ドアはあたしが破る。黒クリちゃんは、一時的に煙の流れをこの部屋に閉じ込めて」
「はい。では、【干渉の障壁】で封じます」
「じゃあ、おっさんはその駄犬をズタボロのように引き摺っていいから、持ってきて」
「あ、ああ。分かった」
ユメカは剣を抜き、鋼鉄の扉に向けて振り下ろす。
紙のように簡単に分厚い鋼鉄の扉が切り開かれる。
一気に煙が階段に流れ込もうとする前に、クリスティーネが魔法を唱えて室内に封じる。
「今のうちに」
ユメカとクリスティーネが階段を駆け登り、あとから大男がジョンを担いで登ってくる。
だが、階段が途中で行き止まりになっていた。
「あれ?」
脇に細い通路がある。
来る時もそうだったかとユメカは悩む前に通路を曲がった。
突き当たりの左手に階段があるが、その先は行き止まりだった。
背後からガシャーンという音が響く。振り返ると、鉄の扉が閉められていた。
完全に閉じ込められた狭い通路に、煙が立ちこめてくる。
「くそ、伯爵の罠だったか。俺としたことが――」
「ていうか、あたしが不用意に横道に入ったせいだから」
「どうしましょう、オネーサマ」
クリスティーネの魔法も、この狭い通路の中では使えないのだ。
引き返そうにも大男の図体が邪魔で、すれ違う隙間もない。
ユメカは行き止まりの壁を睨む。
堅牢な石壁は、先程の扉より十倍は分厚いように見える。
煙に巻かれて死に行く命運が迫っていた。




