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  Ch.2.13:無双と、美少女

 魔石が徐々に色を失い始める。

 それに伴って【極寒の乱舞(ブリザードストーム)】が弱まってゆく。

 ほどなく、魔力を放出し終えた魔石が地に落ちて転がり、魔術は消えた。

 だが、ユメカとクリスティーネがいた場所は、丸く白い靄に包まれたままだった。


「おや?」

 魔術師は首を捻った。

「やり過ぎたか? 見慣れない現象が」

 靄が薄らいでゆく。

 何やら声が微かに聞こえてきた。


「オネーサマ、やはり【地獄の業火(ヘルファイヤ)】で焼き尽くしましょう」

「だから、ダメだって」

「どうしてです?」

「あの魔術師が、死んじゃうじゃない」

「一門には、兄弟子でも階位ランクが上の者に逆らうなという鉄の掟があるのです」

「そんな狭い縦社会の変な秩序があるから、あの魔術師の性格が歪んだんじゃないかな」

「そんなの関係ありません。魔導の世界は、実力がすべてなのです」

「まあ落ち着こう、黒クリちゃん。いきなり殺しちゃったら、反省して謝罪することもできないじゃない」

「敵は討てる時に討てですわ!」

 白い靄が中心から吹いた風によって消え去り、ユメカとクリスティーネの姿が現れる。

「バ、バカな?」

 魔術師は動揺しながら後ずさる。

 ユメカとクリスティーネには完全に無傷だった。


「ああ!」

 魔法が消えて視界が戻ると、ユメカは周囲を見て大声を上げた。

 騎士達が凍り付き、息絶えようとしていたのだ。

「黒クリちゃん、この騎士たちを治してあげて」

「イヤです。オネーサマを襲おうとしたヤツらですから」

「まあまあ、そう言わずに。いい子いい子してあげるから」

「そ、そんなことされたら、嬉しいですが――。でも、二〇人も同時にというのは、無理です」

「とりあえず、やってみよう」

「わ、分かりました。ですがオネーサマ、約束ですよ」

「うん」

 ユメカはダッと駆けると、次々と【禁断の獄舎(ヘルプリズン)】の鉄格子を両断し、魔力の残滓となる光に換えて消滅させて行く。


「な、なんなんだ、なぜ無事なんだ」

「こう言うのも何ですが、魔術師風情では、魔力不足でできませんから」

「な、なにをした。何の魔法を使った?」

「【虚無の狭間(バキュームメンブレン)】」

「く、知らぬ魔法を偉そうにいいおって。ああ、憎らしや」

「わたくしは大魔導師。そこいらの魔術師とは違うのよ、魔術師とは!」


「黒クリちゃん、早く」

 ユメカは治癒魔法を急かした。

「わ、分かってますわ。ですが、これだけの人数だと、より多くの魔力が必要なんですから」

 クリスティーネは目を閉じて深呼吸する。

 魔杖を掲げ先端で円を描くように回しながら、呼吸を整える。


「世界を包みし大いなる根源たる力、我は今それを欲する。

 無辺の彼方より我が元に集りて我が力となれ。

 我は命じる。

 光の波動よ、傷を癒せ。

 【癒やしの光彩(ヒーリングライト)】」


 魔杖の先端から放射状に七色の光が放たれ、傷つき凍り付いた騎士達に照射される。

 みるみる氷は溶け、青ざめた肌が温かみを取り戻して行く。

「あ、あり得ん」

 魔術師は明らかに狼狽えている。

「さあ、平伏して懺悔なさい」

 ユメカが剣先を屋根の上の魔術師に向ける。


「まだだ。まだ奥の手がある」

 魔術師はローブの内側から、直径二〇センチほどの魔石を取り出した。

「我が魔石に共鳴せよ。

 さあ、いでよ。

 【異界の侵略者(アナザービースト)】!」


 館の庭の各所から光の柱が生まれ、巨大な魔法陣が描き出される。

 光の柱同士が光の線で結ばれ、全体がまばゆい光を放つ。

 突如として異形の魔物が何十体も現れた。


「オネーサマ!」

 治癒魔法を使い続けるクリスティーネから向けられる不安な表情に、ユメカは笑みで応える。

 完全に囲まれてしまったが、これこそユメカが待ち望んだ展開である。


「ははははは。よもやこの備えを使うことになろうとは。だが、実験は成功だ。これぞ召喚術。我が僕となった魔物が、貴様等を喰らい尽くすのだ!」


 周囲に響く魔術師の高笑いにうすら寒さを感じながらも、ユメカは剣を構えて魔物を見る。

 狂気に満ちた悪意に心は冷えるが、無双できる獲物を前にすればやる気が燃えあがる。

 肩の力を抜き、そっと添えるように柄を持つ手で剣を構える。


「大丈夫。あたしは絶対無敵美少女剣士ヤスラギ・ユメカ! あたしは負けない、あたしは強い、あたしは無双する!」


 異世界から召喚した魔物というよりは、庭にいた虫や動物に魔力を注いで魔物化したようだった。アリやクモやバッタ、あるいはネズミやモグラやネコに似た姿をした魔物である。魔力を特定の方法で生物に注ぎ込めば、巨大化し魔物となると考えた方がいいようである。だが、魔物が相手なら無双ができるのだ。


「魔物は斬れば光になって消滅するのよ!」

「ははははは。何を言っているのだ。少女よ、恐怖の余り気でも違えたか?」


 えい!


 気合いを込めて、ユメカは斬り込んだ。

 まずはクリスティーネと倒れた騎士達の安全を確保するのが先立った。

 巨大なアリのような魔物を両断する。

 魔物は光となって散り消える。


「な、なにい!」

 魔導師はうろたえたが、すぐに気を持ち直したようだった。

「たかが一匹殺したとて――。取り囲んで押し潰すのだ!」

 わさわさと異形の魔獣達がユメカへと群がる。

「よし、まとめて光になれ! グラビティースラッシュ!」

 ユメカがグラビティーソードを水平に構えて横一線薙ぎ払うと、剣から見えない力が放たれ、前方の魔獣を斬り裂き光と化して消滅する。

「行け行け行けえ!」

 さらにユメカが後方の群れに突進し、斬って斬って斬りまくる。


 斬!

 斬、斬!

 斬斬斬、斬!


 次々と魔物は光の粒子となって消え去って行く。

 何者であってもユメカを遮ることはできなかった。

 最後の一匹を消滅させると、ユメカは振り返って屋根の上の魔術師を見た。


「どうだ、これが無双だ!」


「ぐぬぬぬ。くっそお、おのれぇ。やむを得ん。大魔術、瞬間脱走ダストシュート

 魔術師の姿が消えた。


「あ、逃げた。授業の後の質問コーナーで色々問い詰めたかったのに」


 ユメカは剣を収め、魔法によって騎士達の命を取り留めたクリスティーネに歩み寄る。

 クリスティーネはフードを取って額の汗を拭った。

「お疲れ、黒クリちゃん。よく出来ました」

「はい、オネーサマ」


 ふらっとよろめくクリスティーネをユメカは抱き支え、頭を撫でる。


「黒クリちゃん、いい子すごい子どえらい子」

「ふふ。オネーサマに誉められるとすっごく嬉しくて幸せです」

「うんうん。黒クリちゃんが幸せだとあたしも嬉しいよ」

「はい!」


 見上げてくるクリスティーネの笑顔を見て、ユメカも満面の笑顔になり、ぎゅーっと抱きしめる。


「オネーサマ、ですがジョンを――わたくしは見捨ててしまいました」

「あ――、まあ、そうだね。死んでも死なないヤツだと思ってたけど、あっけなかったね」

 ユメカはクリスティーネと手を繋ぎ、バルコニーの下で倒れたままのジョンの側に近付く。


「ジョン!」

 名を呼ぶが返事がない。

「ただの屍のようですわ」

「そうかな? でも、もし死んでたら心置きなく成仏できるように、【地獄の業火(ヘルファイヤ)】で燃やしてあげましょう」

「よろしいのですか?」

「うん」

「では、始めます」


 クリスティーネは魔杖を構え、精神統一を始める。


「世界を包みし大いなる根源たる力、我は今それを欲する。

 無辺の彼方より我が元に集りて我が力となれ。

 我は命じる。

 遙かな地の底にて焼き尽くす灼熱の群青に煌めく炎よ、我が示す先を焼き尽くせ。

 【地獄の(ヘル)――」


 魔法陣が現れ、空間から魔力が光の粒子となって集まり始める。

「わあ、待った待った待った!」

 ガバッとジョンが起き上がった。

「あ、生きてる」

 クリスティーネが詠唱を中断したが、集められた魔力が空間に凝集しキラキラと光を放ち始める。


「やっぱりね」

 ユメカは冷めた視線をジョンに向ける。

「キャンセル、キャンセル、キャンセルして!」

 口元の血を腕で拭い取ったジョンは、慌てふためき両てのひらを広げてひらひらと振る。

「急にはできません。――業火(ファイヤ)】!」

 ジョンが寝ていた場所に青白い炎が上がる。

「あんた、わざとやってるでしょ!」


 ユメカは剣を素早く抜き放つと一閃し、【地獄の業火(ヘルファイヤ)】を斬って消し去る。

 ほっと胸をなで下ろしたのは、クリスティーネとジョンだった。

 だがユメカは、剣先をジョンに向けた。


「説明しなさい」

「血糊を使って死んだフリを――」

「それはどうしてかな、ジョン?」

「死んだと思っていたヒーローが、ヒロインの大ピンチに復活して助け出し、熱々ラブラブ展開にしようと――」

「な、なんですかそれは!」


 クリスティーネが魔杖を突きつける。

 疲れていて目測を誤ったのか狙ったのか、ジョンの頭をコツンと叩いた。


「イテッ」

「それくらい我慢しなさい!」

「はい――」

 しゅんと、ジョンは項垂れる。

「そもそも、あんたはあたしの何?」

「理想の王子様」


 ボカ!


 速攻でユメカはストレートを繰り出し、ジョンの頬を殴った。

 ジョンは激しくフィギュアスケートのような四回転ジャンプして着地する。


「オレのご主人様――」

「そうよ! 駄犬のくせに、あたしを助けるヒーローになろうなんて、百億年早いんだよ」

「しゅん。でもご主人様は、オレが死んだと思って、悲しんでくれなかったのかい?」

「あんたが死ぬ訳ないでしょう?」

「その厚い信頼に、オレは応えて不死身のヒーローになるぜ」


 ごふっ!


 ユメカの放ったボディーブローをくらい、ジョンは跪いた。


「ジョン、ダウン」

「ひ、ひどいよぉ」

「心配させる方が悪いのよ!」

「心配してくれたんだね」


 俯いていたジョンが顔を上げると、目が輝いていた。

 妙な勘違いをされてしまったようで悔しいが、事実に違いはない。


「まあ、少しはね」

「だったら相思相愛だワン」

「犬との愛情は、イコール主従関係なのよ!」

「恋の奴隷なのだあ」

「あたしに安い感情を抱くな!」

「そんな、殺生な」

「死んだら戒名くらいはあたしが付けてあげるわよ」

「オレは仏教徒じゃないんだが――」

「そう。じゃあ、綺麗さっぱり燃やし尽くしてあげる」

「思い出も?」

「まあ、思い出くらいは残るかな」

「それでもオレは、嬉しいぜ」

「勝手に言ってろ」

 もう付き合いきれないとユメカはジョンを放置して捨て置くことにした。


「さて――」

 ユメカは落ちていた大金貨を拾うと剣を振るい、バルコニーを支える柱を切り落とす。

「またつまらないものを斬ってしまったわ」


 剣を納めると、バキバキと音を立ててバルコニーがゆっくりと傾いて滑り台のようになり、領主が転がり落ちてきた。騎士隊長は軽々と前庭に飛び降り、執事は悠悠と屋敷の中に退避し、階段を降りて一階のテラスから出てきた。


「お、お前、領主に向かってなんてことをするんだ」

 領主が虚勢で吠えた。

「気にしないで。あたしはこの世界の階級社会の外側にいるから」

「はあ?」

「それより、これも新しい偽大金貨のようね」


 ユメカは今し方拾った大金貨を投げ捨てる。


「何を言うか、本物だ」

「それなら、これに見覚えは?」

 ユメカはポケットから別の大金貨を取り出した。


「し、知らんなあ」

「これも王国大金貨の偽物なのよね。よくできてるけど」

「な、なんのことやら」

 領主は額に汗を浮かべながらそっぽを向く。

「山羊金貨と言って、潜像に山羊が彫られているのよ。本物は羊なんだけどね」


 ユメカは掲げた大金貨を斜めにする。

 潜像が浮かび上がって見える。


「興味深い話だ。俺もまぜてくれないか」


 唐突な声に振り返ると、灰色の服を着た大男が、ゆったり歩いてくる。

 何者かと、ユメカは警戒した。

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