表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/109

  Ch.2.11:報酬と、美少女

「ぶあっはっはっは。それが聖獣オケニークだと?」

「そうよ!」

「だが、証拠がない。よくよく調べてからでないとな。おい」


 領主の言葉を受け、バルコニーの上から騎士隊長が部下に命じる。

 すぐに騎士が首輪と鎖を手に、聖獣を生け捕りにしよう近付いてくる。

 ユメカは遮るように聖獣の前に立った。


「領主にひとつ確認があるんだけどいい?」

「何かな、命乞いかな? 遊んで欲しいのかな?」

「違うわよ。聖獣オケニークが本物だと確かめる方法って、どうするの?」

「簡単だ。聖獣オケニークは、時を喰らうのだ。過ぎ去った時を喰らい、なかったことにするのだ」

「つまり、時間が戻るのね」

「そうだ」

「でもさあ、それだと本物と確かめたら、さっきの口約束もなかったことになるのかしら」

「さあ、どうだろうな」

「契約もなかったことにできるのかしら」

「試してみれば分かる」

「よし、決まった」


 ユメカはパチンと指を鳴らした。


「はーあ?」

 領主、ぽかんと口を開けた。

「要するにあんたは、詐欺師よ」

「何をお言い出すかと思えば、バカバカしい。儂は領主だぞ」

「言葉を転じて福と成すよ!」

「何の妄言だ?」

「あたしの魔法の言葉よ」

「虚言か?」


「いいえ――」

 ユメカは左手を腰に当て、キッと顎を上げて領主を睨む。

「やってみないと分からないと言えば、やれる自信がないなら詐欺だと言った。だから、試さないと分からないというあんたは、詐欺師よ!」


 ユメカは領主を右手で指さして決めポーズをする。

 残念なのは、領主がバルコニーの上で椅子にふんぞり返っていることだった。


「ごちゃごちゃと言い訳がましい方が詐欺師だろう」

「あれこれ出し惜しむ前に、ちゃっちゃと報酬を払いなさい。それがあんたのためよ」


 騎士隊長が領主に近付いて耳元で何か囁いた。

 すると、領主は悪意に満ちた笑顔を浮かべる。


「分かった。払おう」

 領主が手で後ろに控える執事に合図すると、執事が革袋を持ってきた。

 領主は物憂げに立ち上がると、むんずと革袋を掴み取り、バルコニーの欄干の前に立ち、悪意に満ちた笑みを浮かべ、手摺りの上に革袋を乗せて口を開いた。

 これ見よがしに一枚の大金貨を取り出し、太陽にかざして眺めると、袋に落とし入れる。

「さあ、くれてやるぞ」

 領主は口を開いたままの袋を、バルコニーから投げる。袋の中から大金貨が散らばり、庭の芝生の上に落ちた。


「さあ、拾うが良い。だが、その前にその聖獣を渡してもらおう」

「なぜ?」

「あ?」

「だから、どうしてあたしが聖獣をあんたに渡さなきゃならないのよ」

「頭が悪すぎるのか?」

「あんたがね」

「あの小娘、黙らせろ」


 領主の命令にも、騎士達は動かない。

 ユメカの剣がどれほどのものか、よく分かっているのだ。

 ユメカはクリスティーネに目配せする。

 すぐに意図を悟ってくれた。

「戻りなさい、ゴルデネツァイト」

 クリスティーネの声に、聖獣が光となって魔杖の魔石へと姿を消した。


「せ、聖獣は魔石に隠せるのか? ならば取り上げろ」

 それでも騎士達は動かないので、ユメカは疑問を抱いた。領主の命令に絶対服従するのが本来あるべき騎士なのだ。


「どうした、なぜ命令に従わぬ」

「魔術証文があるのですから、それで判断すれば良いと思います」


 騎士隊長は領主から離れて立っている。


「貴様、領主の儂に逆らうのか?」

「滅相もない。ですが、あの少女が聖獣を渡さない理由を、まずは聞いてみましょう」

「そんなの、聞かれるまでもないわ。契約には、捕獲して領主の元に届けるとしか書いていない。領主に引き渡すとは、書かれていないからよ」

「非常識なヤツめ。聖獣の捕獲を依頼するのは、手に入れたいからに決まっている」

「ただ見たいだけかも知れないわ」

「屁理屈だ。常識外れの価値観など、一顧だにする余地もない」

「だったら、証文の魔石に判断してもらう?」

「ふ、ふわっはっはっは。まあいい、大金貨などくれてやる。さっさと拾うがいい」

「ジョン、拾いなさい」

「分かったワン」


 ジョンが大金貨を拾い集めて数える。


「マイハニー、三〇枚しかないワン」

「十倍にしてくれるって言わなかった?」

「してやってもいいと言っただけだ。可能性の話の仮定に過ぎぬ」

「ウソなら領主の座をくれると言ったのも忘れたかしら?」

「少女よ、お前が冗談かと聞いたから、冗談だという事実を認める意味で、本当だと言ったのだよ。勝手に都合良く解釈されては困るな」

「あたしの早とちりという訳ね」

「ぐわーっはっはっはっ。物わかりがいいな」

「それでジョン、あんた何してるの?」


 いつのまにか荷馬車から秤を持ってきたジョンが、金貨の質量を量っていた。


「最近、大金貨の偽物が流通しているから、そのチェックだ」

「便利屋よ。そのような道具で偽物と分かるはずがない」

「それが分かるんだよ。質量の違いがある。これだと、金の含有量が少なすぎだ」


 やるじゃない、とユメカはジョンの行動を内心で誉めた。

 事前打ち合わせも命令もしていないのだ。


「そいつは、まごうことなき、本物だ」

「いいや、偽物だ。大金貨は国が発行したものだが、金の含有率は六三パーセント以上あるんだ。こいつはほとんどメッキだろう」

「ジョン、偽大金貨かどうかは、今はどうでもいいわ」

「え? いいのか、マイハニー?」

「どーでもいいわ。それより領主、あんたはこれを本物だというのね」

「もちろんだ」

「だったら、金貨に替えてくれない」

「なに?」

「さっきはっきりと、大金貨一枚は金貨一〇枚に相当するって、言ったよね」

 金貨はもっと金の純度が高いので、大金貨よりも金としての価値は高いのだ。


「どわぁ! うるさい女だ」


 領主が顔を真っ赤にして欄干を叩いた。

 忍耐力が尽きたのだろう。


「そ、その者らは不正によって儂に不当な罪を着せようとしている」

 両手で欄干を握り締め、力任せに前後に揺らそうとする。頑丈に作られていても領主の体重を支えるにはやや強度不足のようで、欄干がたわむ。

「騎士どもよ、何をしている。貴様等にカネを払っているのは誰だと思っている! 誰に忠誠を誓っているのだ」

「領主様です!」

 騎士の一人が応えた。

「ならばこの詐欺師どもを捕らえよ」


 一人の騎士が剣を抜くと、他の者もつられて抜いた。その気勢のまま、包囲しようと動き出す。連携はバラバラだったが、前庭にいる騎士全員がユメカ達を取り囲もうとしてくる。


「オネーサマ、ここはわたくしが」

 クリスティーネが一歩騎士の方に進み出た。

「前段省略して、連続【禁断の獄舎(ヘルプリズン)】!」

 次々と魔法を放ち、地中から鉄格子を呼び出して、周囲の騎士達を閉じ込めてしまう。


「あんな子どもが魔法を使えるなど、聞いていないぞ。どういうことだ」

 バルコニーの欄干を蹴飛ばそうとしてうまくいかず、よろけながら領主は振り返り、騎士隊長を睨みながら詰め寄る。


「私も気づきませんでした。てっきり真似事かと」

「ええい、役立たずが! お前等はクビだ。先生、先生! 出番ですぞ」


 領主が館の中へ向かって叫ぶ。

 だが、何も起きないし、誰も現れなかった。

 ユメカは傍観者を決め込んでいるジョンを見た。


「ジョン証文!」

 ハッとしたようにジョンが目を見開くと笑みを浮かべ、バッと犬のように駆け出し、【禁断の獄舎(ヘルプリズン)】の檻を駆け登って足がかりにしてジャンプし、バルコニーに飛び移る。ジョンは素早く執事に襲いかかり、魔術証文を奪い取った。


「さあて領主さん、契約不履行かどうか、試してやろう」

「無駄だ」

 後退る領主は足を縺れされて転んだ。ジョンはすかさず証文を開き、魔石を領主の額に押し付ける。

 だが、何も起きない。


「どうだ。儂は契約を守っている証拠だ」

「なんだこれ、壊れてんのか?」

 ジョンが証文の魔石を指先でつついた。

「いいえ。そういう物だからです」

 クリスティーネが申し訳なさそうな表情をしている。


「どゆこと?」ユメカはクリスティーネを見た。

「魔術証文は、魔術によって契約者を特定する力があるだけなのです。相手を殺すには雇っている魔術師に呪いの魔術を使ってもらうのです」

「ええと、つまり子ども騙しギミックってことか」

 ユメカは、魔術証文の謎が解けたと納得してうんうんと頷いた。


「汚えなあ、領主のやり方は。いくら領主が不正を働いても、魔石によって死なないという事実によって正しさを証明してきたのか」

 ジョンがガリガリと爪で魔石をいじると、ポロっとはがれ落ちて魔石が床に転がった。


「いやいやいや、お子ちゃまだからと見下していたら、物知りじゃあないですか、お嬢さん」

 唐突に声が降ってきた。


 床を転がる魔石を犬のように追い掛け手で押さえ込んだジョンが、見上げる。

 領主は起き上がろうともがくのを止めると両肘を突いて上体を少し起こして頭を上げ、騎士隊長と執事が見上げる。

 バルコニーの下から見上げていたユメカとクリスティーネが更に顔を上に向ける。

 館の屋根の上、館の屋根の上にローブを着た痩身の男が立っていた。

 フードのない白のローブを着る老いた男は、皺が深く頭髪はくすんだ白だった。


「おお、やっと出てきおったか、怠惰な魔術師め」

「台本になかったので、迷っていたのですよ」


 魔導師の言葉は鷹揚としていた。焦りなく淡々と事実を告げているような口調は、領主との関係性の序列が、爵位とは別の次元で定まっているのだと告げている。

 真打ち登場だと、ユメカは屋根の上の魔術師を睨む。

 クリスティーネが緊張している様子が伝わってくる。


「だーれだ、おっさん」

 ジョンは欄干の上に跳び乗ると、拾い上げた魔石を犬のようにかじって割ろうとする。

「弾けろ!」

 ローブの男が言うや、バン、と大きな破裂音がして、魔石が砕けた。

 血飛沫が舞う。

 ジョンは口から血を撒き散らしながらバルコニーから落下し、一階の地面に頭からぶつかって倒れ、動かなくなった。


「ジョン!」

 ユメカは剣の柄を握り締め、バルコニーに立つローブの男を見据える。

「お前、何をした!」

 ユメカの怒気に空気が張り詰める。


「ははははは。駆除したのだよ」


 響き渡る魔術師の笑い声に、ユメカは苛立ちを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ