Ch.2.6:疑惑と、美少女
「ならばゆっくりと出てこい。ゆっくりとだ。少しでも不審な動きを見せたなら、即座に攻撃する。テントの中にいるヤツもゆっくりと出てこい」
ユメカはゆっくりと立ち上がり脇に退く。
あとからフードを被ったクリスティーネが怯えた顔を覗かせた。
「魔法使いか? ならば杖は置いたまま出てこい」
テントから出たクリスティーネの手をユメカは握る。
「ところであんた達、何者よ」
「領主様に仕える騎士といえば、分かるかな」
隊長らしき騎士の視線がジョンに向けられた。
よくは分からないが、原因はジョンにあるのだとユメカは悟った。
「せめて、名乗ったら?」
「その男が知っている」
「あたしは知らないわ」
「ふっふっふ。勇敢なお嬢さんだ。だが蛮勇というのを知るべきだと忠告しよう」
「ご忠告ありがとう。替わりにあたしは、礼儀作法を教えればいいかな?」
「はっはっは。気に入った。面白いお嬢さんだ。私はイムジム領主に仕える騎士の隊長アダセン・アジミュだ」
「あたしは絶対不屈の美少女剣士ヤスラギ・ユメカ」
「ほほう。勇ましい名だ」
「それで、こっちが黒クリちゃんで、あれが駄犬のジョン」
「だ、駄犬?」
「そうだワン」
「わっはっはっは。それは愉快だ。では、そこから下がってもらおう」
言われるまま、クリスティーネの手を引き、駄犬のジョンを従え、ユメカはテントから離れた。
十分に距離が開くと、槍を持った騎士がひとり、下馬してテントに近付く。
槍の柄でテントを開き中を確かめてから、ユメカの剣を持ち上げようとする。
だが一ミリも持ち上げられずに手を放した。
「な、なんだこの剣は」
「あたしのよ」
「こんな重い剣、誰が扱えるか」
「軽い軽い。あたしには」
「そんな華奢な腕で、持てる訳がない」騎士は笑った。
「ユーボン、そんなに重いのか?」
「微動だにしません」
「大げさだな。鈍ったか?」
「でしたら隊長が持ってくださいよ」
「一番の力持ちは、オーズィキァだ。試してみろ」
「はい、隊長」
長大な剣を持つ巨漢の騎士が馬を下りて、テントの前へと進み出る。
屈んでユメカの剣を持ち上げようとして首を傾げ、両手を添えて踏ん張り、切株を引き抜くように力を込める。だが、剣はびくともしない。
「だ、ダメです隊長。この剣、おかしいです」
「オーズィキァでも持てぬとは、興味深い」
隊長の顔がユメカに向けられた。
「魔力を秘めた特殊な剣、そういうことかな、美少女剣士殿」
「さあ、どうかな」
「だが、美少女剣士殿は、本当に持てるのか?」
「試してみる?」
隊長は豪快に笑った。
「見せてもらおう。美少女剣士の実力とやらを」
「なら、見せてあげよう。あたしの美少女っぷりを」
「おお、頑張れよ」
騎士達から見世物を楽しむ見物客のような歓声があがった。
ユメカはゆっくりと近付く。
剣を持てなかった二人の騎士がどかないのは、万が一の事態を警戒しているのだろう。
ユメカはしゃがんで剣の柄に手を掛け、持ち上げようとする。
「重!」
ユメカは剣が持ち上がらないふりをして見せた。
「はっはっは。そうだろう」
「なーんて」
冗談と言うように、ユメカは軽々と剣を持ち上げようする。少し浮き上がった瞬間、鞘の上から剣が踏みつけられた。先程騎士の中で一番の力持ちと言われた、オーズィキァだった。
ユメカは巨漢の騎士をにらんだ。
「コツがあるようだな」
「その足、どけなさい」
「おいおい、剣を手にしてどうする気だ? あぶねえな」
「あたしの剣を踏むな!」
勢いよくユメカは剣を持ち上げると、騎士は脚を取られて転んだ。
「剣に代わって、お仕置きよ!」
ユメカは素早く剣を抜き、地面に転がる巨漢の騎士の首に剣先を突きつける。
「そこまでだ、お嬢さん」
隊長を見ると、背後を指さされた。
振り返れば、クリスティーネとジョンが騎士に囲まれ、剣を突きつけられている。
「人質なんて、それでも騎士?」
「騎士が人質を取ってはならぬと、誰が決めた?」
「あたしよ。あたしがルールだ!」
「はっはっは。面白い発言だが、それに従ういわれは我々にはない」
「でも、剣を踏みつけた非礼は、騎士ならどうするの?」
「それは、オーズィキァに詫びさせよう。それとも、それ以上を望むか?」
「分かったわ。あたしが剣を引くから、あんた達も剣を引きなさい」
「美少女剣士殿、我々はあなたの命令を聞く立場にはないが、危害を加える意志もない」
「なら、そういう約束で、オッケー?」
「もちろんだ。ただし、その男は別だ」
「ジョンなら、そっちのすきにすればいいわ」
ユメカが剣を引いて鞘に収めると、クリスティーネとジョンを包囲する騎士達も剣を引いた。
クリスティーネの側に戻り無事を確かめると、ユメカはジョンをにらんだ。
「おお、マイハニー、冷たいのね」
「あんたの客なんだから、あんたがどうにかなさいよ」
「仕方ないワン」
どうせろくでもないことをして関わったのだろうとの予想はあるが、軽薄な男に何を言っても無駄だろう。ユメカは傍観者になり、クリスティーネの手を引いてジョンから離れた。
すぐに騎士がジョンを取り囲んで槍を突きつけて身動きを封じた。
隊長が馬を進めて近付いてくる。
「さてさて便利屋さん、報酬を受け取っていてばっくれるとは、どういうことかな?」
「違いますワン」
「ふざけているのか。便利屋!」
「さあ、しらねえ」
ジョンは横を向いて虚空を見上げる。
「おいおい、しらばくれるんじゃねえよ」
「白樺は食ってねえ」
「ふざけた野郎だ。約束は破るは嘘を言うわ逃走するわ、極悪人め」
「約束は守ったワン」
「まだ言うか!」
ジョンは首を傾げている。
本当に心当たりがない様子に見える。
ユメカは手を上げて隊長に発言を求めた。
「ちょっといい?」
「なんだね、美少女剣士殿」
ユメカは一歩進み出て、下僕になった駄犬を見すえる。
成り行きではあるが、飼い主として真偽は明らかにしなければならないと感じたのだ。
「ジョン、あんた、報酬をもらったの?」
「本当に、もらってないワン」
ユメカはひとまず下僕の言葉を信じることにして、隊長に視線を移した。
「言い分が違うのは、どういうことかしら?」
「その男は、聖獣を手に入れると約束し、金貨二〇枚を先払いで受け取ったんだ」
「ジョン、事実かしら?」
「それは事実だワン」
「出しなさい!」
「もう使っちまったワン」
「何に!」
「ハニーは、オレのお袋じゃ無いだろう。それに、お袋にだって、お小遣いの使い道なんていちいち報告しない」
「変な喩えをするな!」
ユメカの怒声にジョンはそっぽを向く。
「はっはっは。まだ躾が足りないようだな、美少女剣士殿」
「そうね。そもそも昨日、エサ欲しさに現れた野良犬だからね」
「そうか。犬に化けて逃げおおせようという魂胆だな。だが、依頼を反故にするなら、違約金として金貨一〇〇枚を払うという証文が領主様の手元にあるのだ」
「で、あんたどうするの?」
約束があるなら守るか、破るにしても弁明と償いをすべきだとユメカは思う。
「オレが受け取ったのは、手付金だ。それで、馬車と道具を揃えた。それで、約束通り、宿屋の納屋に置いてきた。だからオレはこれから領主に報酬をもらいに行く。領主がオレに報酬を払うのが筋だ」
「いくら?」
「大金貨三〇枚」
「大金貨か――」
金貨だと重くてかさばるからと、一枚で金貨一〇枚分の価値があると定められた貨幣である。当然ながら、金貨一〇枚分の重さの金を使うと本来の目的が損なわれる。そこで、大きさは変えたが、中心に別の金属を使って誤魔化し、金の使用量は金貨よりも少なくすると言う、錬金術的邪道によって作られた貨幣である。
要するに、インフレ元凶である。
その中に偽大金貨が大量に含まれていれば、経済は悪化するだろう。
「ところがだ。宿の主人から連絡を受けて取りに行こうとすると、ゴーレムの襲撃があって、対応が遅れた。事態が収束して宿に行ったが、物はないしお前は姿をくらましていた。そう言えば、その宿の部屋に美少女がいたとか、ゴーレムを倒したのが美少女だったとか噂があったが、それはあなたかな、美少女剣士殿」
「そうよ」
「ならば、あなた方は仲間で、共謀していたとなるかな。そちらの魔法使いのお嬢さんが、ゴーレム騒動を起こした張本人というわけか。いやはや、驚いた」
「共謀はしてないけど、結果こうなってしまうと、言い訳しても信じてもらえないでしょうね」
「一応、話は聞いておこう」
「宿屋の厩舎から聖獣を入れた木箱を持ち去ったのは、五人の屈強な男達よ」
「ほほう。色々と訳ありのようだ」
「そうよ」
「では、弁明の機会を与えるので、領主様の元までご同行願えるかな?」
「成り行き上、仕方ないわね。どちらにせよ領主に話を聞きたいし」
「では、話は決まりましたな」
ドゥオーン。
唐突に、遠く爆発音が聞こえた。
森が揺れ、衝撃波の風がざわめきとなって吹き抜ける。
馬がいななき暴れる。
騎士たちが驚きの表情を見せている。
「魔術振動――」
クリスティーネが呟く声をユメカは聞いた。




