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  Ch.2.2:聖獣と、美少女

「一人だなんてお嬢さん、嘘をついたね」

「たまたま同じ道をゆく人と出会っても、一人旅には変わりないわ」


 ユメカはちらとクリスティーネの方を見る。

 動きはない。

 【禁断の獄舎(ヘルプリズン)】を破られて動揺しているのだろうが、驚いて攻撃魔法を放つような無思慮な衝動に陥らずにいる精神力は立派である。

 この停滞を利用して、血を流さずに済ませる方法をユメカは模索する。


「物は言い様だな。だが、魔法使いが一緒となると、あれか」

「すぐに単語が出てこないのは、老化の始まりよ、おじさん!」

「仲間同士で通じ合う、スラングというのを知らないのかな、お嬢さん」

「そんなの、どーでもいいのよ」

「横暴だねえ」


 リーダー格の男が開かれた鉄格子の間から出てくると抜剣し、鞘を投げ捨てた。

 宮本武蔵のように負けを宣告したい気分を抑えながら、ユメカは相手の出方を待つ。

 三メートル手前で、男は足を止めた。


「俺の間合いだ。どうする。仲間が殺されたくなければ、隠れている魔法使いさんよお、出てこいや!」

「別に隠れていませんし、わたくしは大魔導師です」


 黒すぎて見えていなかったのだろう。

 真っ黒なローブを着てフードを被った小柄なクリスティーネが焚き火の明かりが届く所まで進み出てくる。

 長い杖が長すぎるように見えるのが不格好でもあった。


「おや、おチビさんだったか。小さすぎて見えなかったよ」


 リーダーの言葉に、仲間の男達が嘲笑の声を上げる。

 ユメカは剣を握りしめる。

 男たちの見くだす態度が気に入らなかった。

 少し本気になってこいつらを圧倒しようかと想像する。

 そうすれば一時的には態度を改めるだろう。

 だが、面従腹背で、虎視眈々と逆襲の日を探し続けるような連中に思えた。大人は子どもより強いという思考、男は女に勝るという思想、鍛えた肉体は他者を凌駕するという自尊心がある限り、彼等は真の意味で負けと過ちを認めないだろう。


 それでも――。

「現実を見なさい」

 ユメカはゆっくりと剣を抜いた。


「俺に勝てるつもりかな、お嬢さん」

「負けないわよ、あたしは――」

「薄っぺらな自信はあるようだな」

「ただの事実よ。なぜならあたしは、絶対無敵の美少女剣士だから」

 リーダー格の男は豪快に笑った。

「威勢だけはいいが、大人の世界が見えない子どもが、現実を超越した幻を見ているだけだと、忠告しておこう」

「ふ、ふふふふふ。あーはっはっはっは――っ」


 ユメカは剣をリーダー格の男に向け、左手は腰に当てた。


「忠告に感謝しない代わりに、その言葉をそっくりそのまま返してあげるわ。細かい違いは適当に置き換えて理解することね」

「大人をバカにした罰だ。ゆっくりと大人の階段をエスコートして登らせてやろう」

「できるかしら?」

「小生意気な口を、ナニで封じてやろうかなぁ?」


 リーダー格の男が動いた。

 明確な殺意はないが、明瞭な害意が感じられる。圧倒的な力の差を見せつけようという魂胆が丸見えだった。ユメカが構える剣を弾き飛ばそうというのだ。

 だからユメカは、嗤った。

 リーダー格の男は逆上し、剣を大上段に構えると、振り下ろしてくる。


「ウェイトリフレクション!」


 ユメカは真正面から打ち合うように、神剣グラビティーソードを振り上げる。

 ドゥオンと鈍い音が響く。

「な、なにぃ!」

 弾き飛ばされたリーダー格の男は地に倒れ、痺れた自分の手とユメカを交互に見比べる。

 男が持っていた剣は、見えない衝撃によって森の奥へと飛んでいった。

 降伏勧告するように、ユメカは不敵な笑みを向ける。

 だが、残りの男達は逆に剥き出しの闘志を放ち始めていた。


「おいおい、情けねえなあ。飲み過ぎだろう」

 一人の言葉に、嘲笑の混じった不敵な笑いが湧く。

 その男ともう一人がユメカの前に進み出て、あとの二人はクリスティーネの方に向いた。


「厄介だなあ」


 ユメカは手加減していたが、それでも圧倒し過ぎたために、力の差ではなく男のミスだと受け取られてしまったのだ。

 それでもユメカは、戦いを迷っていた。


「そ、そうか。その剣だな。魔力を秘めた特殊な剣だったわけだ。だが、武器の特殊機能を使って勝って嬉しいか!」


 ユメカは呆れると同時に、バカバカしすぎる発想に力が抜けた。

 事実を目の当たりにしても受け入れようとしないのは、理想と現実のギャップを認めたくないからなのだ。特別な道具を使おうが、修練で身につけた技を使おうが、策を使おうが、勝ちは勝ちで負けは負けであることに変わりはない。


「別にぃ」

 ユメカは相手をするのも億劫だというように息をはく。


「邪道を使った勝利など、価値はないのだ。恥じ入って謝るなら赦してやろう」

「どーでもいいわ、そんなこと」

「ああ? 反省が足りんようだな」

「あたしは絶対無敵だから、負けないのは当たり前よ。それに、邪道が正道かって話なら、美少女に剣を向けるのが邪道なのよ!」

「ふ、もういい。女だ子供だと手加減していればこうだ。見逃してやって曲解された流言を広められたら俺たちのメンツに関わる。皆いいか捕獲は諦めろ」


「ですが隊長、少しもったいないですぜ」

「欲張ると死ぬぞ。とんだじゃじゃ馬だ」

「なら、あっちのチビは?」

「好きにしろ。ノロマな魔法使いなど、造作もない。が、油断するなよ。杖を奪え」

「分かってますよ」


「ああ、もう。イライラしますわ。そのようなゴミ虫、わたくしが浄化してあげます」

 クリスティーネが呪文の詠唱をすべく、杖を構えた。

「させねえよ」

 鉄格子を押し開いた怪力男がクリスティーネへと駆けた。

「それはあたしのセリフだ」


 ユメカは地を蹴って一気に距離を詰めると、横合いからドロップキックを食らわす。

 怪力男はゴロゴロと藪の中へと転がった。

 ユメカの正面に立っていた二人は、反応できずにいた。


「大丈夫?」

 ユメカが見たクリスティーネは、驚いたように目を見開いている。

「はい。ですが――」

 魔杖を前方に向けた。

 残りの男達が剣と槍を持って駆けてくる。

「風圧!」

 ユメカはグラビティーソードを横に薙ぎ払う。

 剣が斬り裂いた空間に吹き込む異界の風のように、突風が吹き出して男たちを吹き飛ばした。


「大気に満ちし怒りの炎よ、無数の矢となり放たれよ。【煌めく火箭(ファイヤアロー)】!」


 クリスティーネが魔法を使った。

 空間に突如として燃える矢が現れ、男達へと襲いかかる。

 一瞬、クリスティーネが彼等を殺すつもりなのかとユメカは焦ったが、そうではなかった。追い払うように五人の男たちへと火箭が飛んでいく。


「一旦撤退だ。この装備では勝てん」


 男たちは逃げ去ってゆく。

 【煌めく火箭(ファイヤアロー)】は男たちを追ったが、森を燃やす前にクリスティーネが魔法効果を消し去った。


「やれやれ。しつこそうだから、また来るかもね」

「ですから、灰にしてやれば良かったのです」

 不服そうなクリスティーネを見て、ユメカは微笑む。


「えらい!」

 ユメカはクリスティーネの頭を撫でた。

「ななななな、なんでです!」

 あわてて飛び退いたクリスティーネが、撫でられた頭を抑える。


「殺さなかったから、えらいのよ」


「たたたた、ただ、おおおお」

「お? なに?」

「あ、あなたが手加減してから、マネただけです」

「うん。えらい。黒クリちゃんは、えらくて、すてきだよ」


 ユメカは離れたクリスティーネに近づいて抱きしめる。


「ちょちょちょちょちょ、こ、困りますわ」

「あ、ごめん。痛かった」

 ユメカは腕を緩めた。

「い、いいえ。そうではなく――」


 頬が赤いようなので、苦しかったのだろう。

 ユメカはクリスティーネの肩に手を乗せて顔を見る。

 少しぽわっとしているが、目に力はある。


「よし、黒クリちゃんのお友達を助けよう」


 ユメカは馬車に向かう。

 荷台に上り木箱の蓋を切断する。

 中から金色の毛並みをした、猫のような虎のような生物が現れた。

 聖獣オケニークである。


「ゴルデネツァイト!」

 クリスティーネが聖獣に抱きつくと、聖獣が顔をすり寄せる。

「ゴルデネちゃんは、動けるかな?」


 ガウゥゥ。


「少し弱っているみたいです」

「困ったなあ。あたしは筋肉美少女隊じゃないから――」

 聖獣は担げないのだ。

「平気です。ゴルデネツァイト、魔石の中でお眠りなさい」

 クリスティーネが魔杖の先端を向けると、七つの魔石の一つへと、ゴルデネツァイトが光と成って入って消えた。


「おお、すごい」

 まるでポ○モンのようである。

 感心したユメカだが、すぐに現実に立ち戻り、剣で馬車の車輪を両断して壊した。

 男たちが戻ってきても馬車を使えなくするためである。


「少し移動しよう。あの悪い大人達が戻って来るかもしれないから」

「はい」

「じゃ、乗って」

 ユメカはしゃがんでクリスティーネに背中を向ける。

「ですが――」

「あたしより速く走れる?」

「いいえ――」


 クリスティーネは渋る素振りを見せたが、意外にもがしっとユメカの背中に乗った。

 わきまえのある賢い子なのだ。

 夜闇に包まれた森を再びクリスティーネを負ぶってユメカは駆けた。

 男たちがいた野営地から離れると少し速度を落としたが、ユメカはまだ走り続けた。


「あ、あのう――」

「なに?」

「どうして助けてくれたのです」

「あたしが正義の美少女剣士だからよ」

「それだけ?」

「そうよ」

「ですが、わたくしのゴーレムちゃんたちを倒して、ゴルデネツァイトを攫ったあの極悪人を助けたじゃないですか」

「あれは、あたしの正義の血がうずいたのよ。悪を倒せと真っ赤に燃えるあたしの髪が閃いたのよ」


「よく分からないです」


「う~ん。つまりね、ちょっとストレスが溜まっていたから、人助けついでに無双して、報酬ももらえればラッキーみたいな感じで」

「それでわたくしのゴーレムちゃんたちを」

「また作ればいいんでしょ?」

「形は作れますが、個性は継承できないのです」

「――ごめん。大切な友達だったんだね」

「はい――」


 ユメカは急に苦しく足が重くなり、立ち止まった。


「降ろしていい?」

「はい」

 クリスティーネを背中から降ろすと、ユメカは屈んで真正面からみつめる。

「困ったなあ。どうすれば償える? 赦してくれる?」

「赦すってなんですか?」

「ええと、何だろう」


 ユメカは腕組みして考え込んだ。

 感覚として理解していたが、言葉にして意味を伝えたことはなかったからである。


「謝ったのを、受け入れることかな」

「もう、受け入れました」

「本当♡ ありがとう!」

「では、それから復讐すればいいのですか?」

「え?」


 ユメカはクリスティーネに魔杖を突き付けられ、動揺した。

 冗談を言っている雰囲気ではなかった。

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