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  Ch.2.1:追跡と、美少女

 森に入ると、ユメカは走る速度を緩めた。

 奥へ進むに従い、可視化されたエーテルの残滓は輪郭が曖昧にぼやけてくる。

 動植物から発散されるエーテルの残滓に紛れたのだ。


「もう、魔法での追跡はできません」

 背中のクリスティーネに、ユメカは笑みを向ける。

「大丈夫よ。轍の跡があるし、天才美少女の直感だってあるんだから」


 森の中には道筋がある。

 別の町へ通じる道か、食料や薪を取るための生活用の道などに分岐している。

 しかも、昼間でさえ鬱蒼と繁る薄暗い森の夜は、星明かりさえ届かない闇だった。


「わたくしの杖を光らせましょうか?」

「ゴルデネちゃんをさらった連中に気づかれるから、やめましょう」

「ですが、何も見えないくらい暗いですし」


 何の手掛かりもないと、迷子になるのは必至なのだ。

 クリスティーネの意見は、もっともである。

 とはいえ、そういう常識はユメカには通じない。


「平気よ。絶対美少女のユメカ=アイなら、為せば成る、見ようと思えば見えるのよ!」

「ウソよ」

「本当だよ。信じる者は救われる。でも信じただけじゃ救われない」

「なんのたとえ話?」

「あたしのありがたい格言よ」

「変な人ですね、あなたは」


 ユメカはニヤリ口元を緩めた。

「分かったわ」

 ちらと横目でクリスティーネを見る。


「また変なことを言うのですね」

「違う違う。黒クリちゃんのことよ」

「わたくしが、なにか?」

「真っ暗闇の森の中が恐いんでしょう」

「なっ! そ、そんなことありません。わたくしはずっと、森の中の家で生活してきたのですから」

「でも、ゴーレム達が一緒だったんでしょ」

「うっ。それは、そうですが――こ、恐くなんてないもん!」

「じゃ、このまま行くよ」


 ユメカは上辺の言葉を信じることにした。

 森の奥へと、道を駆ける。


「あ、待って、ゆっくりゆっくり。ぶつかるぶつかる」

「平気よ。向こうに光が見えた」

 道を逸れ、茂みを飛び越えようとユメカがジャンプする。


 ガサッ。


 横に広がる木の枝に、クリスティーネの魔杖が掠める。

「ほら!」

「あ、ごめん。あたしの感覚に杖を含めるの忘れてた」

「だから言ったじゃ――わ!」


 ユメカが着地と同時に大きく腰を落としたため、その落差にクリスティーネは慌てた。

 そのまま腰を落として駆け、茂みの影に隠れる位置でユメカは足を止めた。


「きゅ、休憩かしら?」

「なに、疲れた?」

「い、いえ。わたくしはおんぶされていましたから。それより、あ、あなたが疲れたのでは?」


 むしろ、クリスティーネの息が乱れている。

 無意識に息を止めていたようだった。


「あたしは平気よ。それより、見付けたわ」

 一〇〇メートルほど先に焚き火の火が揺れているのが見える。

 クリスティーネが魔杖をにぎる手に力が込めるのが分かった。

「降ろすよ」


 ユメカがしゃがむと、クリスティーネの足が地面につき背中が少し軽くなる。

 椅子代わりにしていた剣をどかすと、クリスティーネが足に力を入れる。

 一瞬よろけたが、魔杖で体を支えている。

 振り向いて顔を合わせるとよろけたのが気まずいのか、クリスティーネが目を逸らす。

 照れ隠しする可愛い妹キャラはウェルカムだった。

 お姉さんになった気分がして、ユメカの心が熱くなる。


「なるべく音を立てずに近付くよ」


 ユメカはヘアゴムの位置を戻してポニーテールにすると、ゆっくりと茂みから道に出る。

 馬車が通っただけあって道幅は広いが、広葉樹が多いらしく落ち葉が積もった柔らかい地面が、少し踏み固められた状態のようである。

 半分ほど近付くと道端の木の幹に姿を隠す。

 少し先に、伐採によって開けた場所で焚き火を囲み、切株や切り倒した木の幹などに座る五人の男たちが見える。酒を飲んでいるせいのか、声高に話す声が聞こえる。

 脇に幌馬車があり、荷台に例の木箱がある。

 間違いないと、ユメカはクリスティーネを見た。

 目には憎悪が宿り、魔杖を握る手が力んでいた。


「一体何者でしょう」

「分からないけど、厄介だなあ」

「どうしてです? 絶対無敵なら勝てるでしょう」

「う~ん。でもねえ、相手は人間だから」

「人間なんて、わたくしのゴーレムちゃんよりずっと弱いのよ?」

「でもさあ、血がドバーッと出るから、ばっちいじゃない」

「ま、まあその点は否定しませんが、では、わたくしがやります」

「殺す気?」


 ユメカはクリスティーネの目を見た。

 迷いのない純粋な輝きは偽りのない本気を表しているが、それでいて殺戮をした者に見える陰は見当たらなかった。


「当然です。わたくしのゴルデネツァイトを攫ったのですから」

「だめよ」

「ではやはり、あなたもわたくしの敵、あいつらの仲間なのですね」

「そういう敵味方という二元論は、よくないよ」

「ですが、敵は滅ぼせ、ですわ」

「昔話をしてあげる」

「あとにして欲しいわ」


「まあ聞いてよ。むかしむかし、自分の気にくわない他人は殺せという考えの魔獣のようなヤツがいたんだよ。自分に賛同してくれる仲間を守るため、少しでも刃向う相手や気に入らない人を殺して殺して殺しまくった。そして最後には、誰もいなくなったのよ」


「よく、分からないわ」

「黒クリちゃんは、人を殺したことある?」

「まだないけど、できるわ!」

「できるかできないかじゃなくて、やるかやらないかなの。ゼロと一は絶対的な違いがあるから、一を積み重ねれば二になり三になり増えていくけど、ゼロはゼロなの。分かる?」


 ユメカはクリスティーネの目を真っ直ぐに見つめ続ける。

 クリスティーネの表情は困惑したようであり、言葉にできない不満にむくれているようでもあった。感情的な反感を抱きながらも、感覚的に拒絶しきれずに迷っているのだ。直情的に行動するのではなく、理性的な賢い子だと分かる。


「では、【禁断の獄舎(ヘルプリズン)】で閉じ込めるというのなら、どうでしょう?」

「すごいね、黒クリちゃん。【禁断の獄舎(ヘルプリズン)】が作れるんだ」

「ふふふふっ。わたくし大魔導師ですから」

「それなら、誰もケガしないで済ませられるかな。よし、あたしヤツらの注意を引くから、全員まとめて閉じ込めて」

「分かりましたわ」


 ユメカはクリスティーネに信頼の想いを込めて頷くと、一人木の陰から道に戻って焚き火の明かりを目指して歩いた。

 道に積もる落ち葉を踏みしめる音が静かな森に響いた。焚き火を囲む男達が警戒心をマックスにしたのが分かる。

 一人が火の付いた枝を一本手に取り向けてくる。

 ユメカは構わずに足音を立てて近付く。


「誰だ?」

 誰何すいかの声にユメカは足を止めた。


「旅人よ。焚き火の明かりが見えたから、つい、来てしまったけど、邪魔なら向こうに行くわ」

「女か?」


 男たちが顔を見合わせながら、口元に笑みを浮かべるのが見える。

 焚き火の揺れる火が照らし出す男達の顔に、燃えていきり立つ情欲の色が浮かび上がる。

 男たちの言葉と漂う酒気にユメカは眉をしかめる。


「美少女よ」


 ユメカの言葉は男たちにためらいの雰囲気を生み出す。

 だが、すぐに熱した風に吹き払われてしまったようである。

 長い夜の暇を持て余し、酒の肴に花を愛でるか玩具で遊ぶか、と妄想したのだろう。


「一人旅かい?」

「そうよ」

「なら、もっと火の側に来るといい。夜の森は危ない」

「そんなに危ないかしら?」


 ユメカが闇影から進み出て焚き火の明かりに姿をさらす。

 男たちを警戒するように焚き火を間に挟むように近付いたのは、クリスティーネの正面を開けるためである。

 それにしても、男たちの視線は気色悪い。

 舐めるように足先から蛇のように足に絡まり這い上がってくる。腰のくびれに沿って撫で、胸元を愛でるように二周し、顔に頬ずりするようだった。最後に満足げな息とともに「おお」という低い声が吐き出され、空気を奮わせた。


「夜の森には魔獣が出るからな」

「狼の群れと出くわすのと、どちらが安全かしら?」

 ユメカは怯えるフリをして、一歩下がった。


「いやあ、嫌われたかなあ」

「お前の強面のせいだ」

「ヒッヒッヒ」

「違いない」


 男たちは酒の入ったカップを手に、不快指数を上げる笑い声をばらまき、飲み、注ぎ足す。

 酒臭い息が撒き散らされ、ユメカは窒息しそうになり息を止めた。


「狼の群れなんてここにはいないさ。俺らは善良な羊飼いだからな」

「そうそう」

「さあさあ、おねーちゃん、もっと火の側に――」


 一人が立ち上がり、近付いてくる。

 ユメカは左手で剣の鞘を持ち、正面に見せた。

 瞬時に、男達の表情が凍り付き、笑い声は静止する。

 放った殺気に敏感に反応した男達は只者ではないと、ユメカは次なる反応を待った。


「んん? それは一体なんのマネかな、おねーちゃん」

「護身用よ。それと――」

 ユメカは五人の男を見回す。

「あたしはあんたらの『おねーちゃん』じゃないわ。でも、もし年下ならあたしに従いなさい」

「はっはっは。ちげーねえ。悪いねえお嬢さんの名前を知らないから」

「あーはっはっはっは――っ。それはお互い様なのだ」

 負けじとユメカも高笑いする。

「面白い女だ」

「違うわ、美少女よ」

 間違いを指摘するように、ユメカは発言者を指さした。


「いいねえ、そのノリ。一緒に飲まないか」

 リーダー格らしい男が、酒の入ったカップを差し出してくる。

「その前にあんた達、そこに並びなさい」


「お、ナニしてくれるんだ?」

「自己紹介よ。並んでくれないと、おじさん達の顔の違い、見分けられないから」

「おじさんとはひどい。これでも俺らは全員二〇代なんだぜ」

「美少女から見れば、大人の男はみんなおじさんなのよ!」

「言うねえ。ならお嬢さんも今日から大人の仲間入りしなよ」

「じゃあ、並んで並んで」


「じゅ、順番か?」

 男達は誰が一番かを争うように一箇所に集まる。

あせらない、あせらない」

らされると、おじさん爆発しちゃうよぉ」

 バカ笑いが湧いた。

「準備ができたわよ」

 ユメカは声を大きく言い放つ。


「な、何が始まるんだ?」

「す、ストリップか?」

「いいぞ脱げ脱げ」

「残念ながらあたし、もう一肌脱いだのよ」

「へ?」

 男達が唖然とした瞬間、森の奥から声が響いた。


「――地の底に沈みし監獄よ、今こそ出でてその者を捕らえよ」

 森の奥で光の輪が輝く。

 魔法陣の発現である。

「【禁断の獄舎(ヘルプリズン)】!」

 男達を取り囲むように地面から鉄格子が突き出し、鳥籠のように天井で弧を描き閉じる。


 だが、両脇の二人が瞬時に転がり出て逃れていた。


「おっと危ねえ。もう一人いたのか」

「理由を聞いていいかな、お嬢さん。女子供をなぶるのは趣味じゃないが――」


 檻の中に閉じ込められたリーダー格の男は、仲間の一人に目配せする。

 合図を受けた男が腕まくりして鉄格子を握り締める。

 力を込めると太もものような腕の筋肉が盛り上がり、鉄格子を押し広げてしまった。


 魔法が発現する直前に逃れたのはともかく、【禁断の獄舎(ヘルプリズン)】鉄格子を素手で曲げてしまう豪腕は完全に予想外だった。

 ユメカはその怪力に驚きながらも距離を取り、剣を抜く構えを見せる。

 抵抗される前に全員を捕らえるという作戦は、失敗だった――。

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