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  Ch.1.15:美少女と、逃走

「やあ!」

 ユメカはゴーレムの頭の上から剣を振り下ろす。


「グラビティーソード一刀両断!」


 七〇センチしかない剣身からほとばしる衝撃波によるものか、その威力は剣の間合いを越えて発現する。

 頭から胴へと真っ二つに斬り裂くと、巨大ゴーレムは大量の砂となって崩れ落ちてゆく。


――よし、勝利!


 勝利の決めポーズをしたい衝動を抑えたユメカは、クリスティーネを見た。

 小さく細い肩を震わせている。

 ゴーレムは砂山となり町の被害拡大は食い止めたが、爽快な勝利ではなかった。


「マザー……」


 ユメカは剣を収め、クリスティーネの側に行く。

 師匠に見捨てられ、健気にゴーレム達と暮らしていた日々を想像してしまう。

 心は痛み、胸が苦しくなる。


「ごめんね、大切な子を」

「いいえ――」


 ユメカは思わずクリスティーネを抱きしめていた。

 胸に顔を埋めたクリスティーネが、声を殺して泣いた。

 ユメカはクリスティーネを両腕で包んでいた。

 しばらくして、静けさを取り戻した町に、人の声が戻ってきた。

 ハッとしたようにクリスティーネが顔を上げた。


「そうだ。あの男はどこ?」

「誰のこと?」

「あなたの仲間よ」


 クリスティーネの目に怒りが蘇っている。

 しかも、勘違いされている。


「あたしの仲間じゃないけど、トドロキ・ハリケーンなら、逃亡したわ」

「誰それ?」

「黒クリちゃんが追い掛けていた馬車に乗った男よ。ボサボサの髪とヒゲの」

「わたくしが追い掛けていたのは、トキメキ・ストールンって男よ」


「ああ、なんとなく分かってきた」


「何がでしょう」

「あの男、至るところで偽名を使って悪さしてるのよ」

「ではトキメキ・ストールンというのは」

「あなたに名乗った偽名。あたしに名乗ったトドロキ・ハリケーンも偽名だから」

「では、ゴルデネツァイトは、助けられないのですね」


「なに、そのゴルデネって?」


「わたくしの友達です。お師匠様には、誰にも見せてはいけないと言われていたのですが、トキメキ・ストールンと名乗ったあいつを、つい信頼してしまったのです」

「幼女を騙すなんて、最低なヤツね。あれ、ということは、馬車の荷台の木箱がそう?」

「はい。檻だと目立つので、木箱に入れたのでしょう」

「だったら来て。まだあるかも」


 ユメカが手を差し出すと、クリスティーネがその手を握ってくる。


「どこへです?」

「宿屋の厩舎。さっきはそこに木箱が置いてあった」

「本当ですか?」

「とにかく、行ってみよう」


 逃げ惑っていた兵士達が戻ってくる前に、二人は宿屋へと向かって走った。

 人目を避けて裏道を少し遠回りして、宿屋へと辿り着くと、厩舎の戸を開ける。

 だが、置き去りにされていたはずの木箱が消え去っていた。


「おかしいなあ。火事場泥坊かな?」


 クリスティーネが手を開いたので、ユメカは手を放す。

 一人、彼女は厩舎の中に入って行く。

 ユメカは通りを見渡して、耳を澄ませた。


「エーテルよ残滓を示せ」


 厩舎の中からの声に視線を向けると、クリスティーネが虚空に向けて魔杖を突き出した。

 ぼうっと、幽霊のような薄い影が浮かび上がってくる。

 人の姿のように見える。


「誰かが運び去った痕跡があります」

「あいつか?」


 トドロキの仕業かと、ユメカは厩舎の中を見渡す。

 可視化されたエーテルの影が見える。

 簡単にやったようだが、微少な濃度差を強調するのは高度な技術が必要である。

 世界の空間に満ちるエーテルは、人が活動すると消耗した生命エネルギーの残滓となって、周囲より濃く残留する。

 クリスティーネは、魔法の力でそれを可視化したのだ。

 残滓は人が動いた経路に沿って濃淡のある帯のようになっている。まるでシャッター開放で写真撮影したような残像が見える。

 人数は四、五人いるようだった。


「あ、あれか!」


 ユメカはすれ違った馬車を思い出した。

 通りを見ると、厩舎から外に運び出して馬車に乗せ、東の方へと向かった軌跡がある。だがエーテルの残滓は遠くに行くに従って、だんだんとと掠れて見えなくなっていく。

 多くの人が行き交う場所では、多様なエーテルの残滓が混じり合うためである。


「追い掛けよう。まだそう遠くには行ってないはずよ」

 ユメカは厩舎の入口で、手を差し出す。

「ですが――」

 クリスティーネとの距離は遠かった。


 ためらうのも当然だろう。ほんの少し前までは、クリスティーネから敵だと思われていたのだ。心の距離を埋めるには、信頼の実績を積み重ねる必要がある。強引に手を引くのは逆効果になるだろう。

 だから、クリスティーネから手を握ってくれるのを待った。

 そうしている間に、いくつもの足音が近付いてくる。ユメカは外の通りに顔を向けた。町の人々がぞろぞろと集まって来ている。どことなく殺伐とした雰囲気を纏っている。


「ほら、いたぞ」

 誰かが指さし、人々に視線が一斉に向けられた。

 無数の好奇と敵意の視線に、ユメカはたじろいだ。


「どうかしましたか?」


 クリスティーネが出てくると、人々の視線は一斉に黒ローブの幼女に向かった。

 ざわめきの波が敵意と害意を乗せて押し寄せてくる。

 ギラギラとした目つきと荒ぶる呼吸は、メラメラと燃え上がる狂気を招いているようだった。

 ユメカは一歩前に進み出て、クリスティーネを人々の視線から隠した。


「その魔法使いを引き渡せ」

「どうして?」

「町を破壊した、罪人だ。死刑にする」

「事情、分からないんだけど、誰か説明しなさい」

「そいつが、いきなりゴーレムを連れて町を襲ってきたんだ」


「ちがうわ!」

 健気にもクリスティーネはユメカの後ろから姿を見せた。

「わたくしは、ただこの町に来ただけなのに、いきなり矢を射かけられたのです。それに――」


「つまり、戦端を開いたのはあんた達ってことよね」

 ユメカが腕組みして民衆を見渡す。


「そ、そいつがいきなりゴーレムを連れてくるからだ」

「勝手な言いがかりよ。猛獣使いが連れている猛獣を見れば、あんたは襲いかかるの?」

「ゴーレムは魔物だ。何も言わずに迫ってくれば、普通攻撃するだろう」

「わたくしが要求を告げる前に、攻撃されてしまったのです。それでも呼びかけたのですが、誰も聞いてくれなかったのです」


「ああ、確かにこの子のような声を聞いたね」

 群衆の中の老婆の言葉だった。

「耳の遠いばあさんの空耳だろう」

「違います!」クリスティーネが声を張る。

「だが、ゴーレムが暴れて門を破壊したんだろうが」

「マザーはわたくしの身に危険が及ぶと、言うことを聞かなくなり、敵を殲滅するまで動き続けるのです」


「マザー?」

「マザーゴーレムのことです。あの大きなゴーレムです」

「なんだ、やっぱりお前のせいじゃないか」

「ですから、あなた方が攻撃してくるから!」

「だが、その魔法使いが連れてきたゴーレムが町を破壊した」


「いいえ、大魔導師です」

 クリスティーネが小声で否定する。

「どうもこの町の人は短絡的なのかな? 都合良く曲解したがるわね」

 ユメカが一歩前に出た。


「そもそもお嬢さんは何者だ?」

「よくぞ聞いてくださいました。あたしこそ絶対正義の超絶美少女ヤスラギ・ユメカよ」

「知らんなあ」

「かわいいとは思うが、超絶美少女っていうのはどうか」


 発言者にビシッと右手で指さして、ユメカは左手を腰に手を当てる。

「見る目がない節穴の感想なんて、聞く価値ないわ」

「ああ? 節穴だと!」

 いきり立って腕まくりして近付こうした男を、背後に立つ灰色の大男が引き留めた。

「確かに、この美少女殿がゴーレムを倒したのは見たぜ」


「そう。だからあたしに免じて、この子は赦してあげなさい」

「しかしなあ、大損害だし」

「ところでその魔法使いが探していたのが、その自称美少女のいたいけ、もとい、痛々しい少女だろう」


 ユメカとクリスティーネを指さしたのは、ねじ曲がった精神の持ち主らしく、群衆に隠れるようにして立つ、歪んだ顔の持ち主だった。

「言い直すな!」

 ユメカは発言者を見定められず、群衆をにらんだ。

 そのため、クリスティーネが「大魔導師です」と否定する声は掻き消されていた。


「まあまあ、それで、どうなんだね、そこの魔法使いよ」

「だ――」

「だ?」

「大魔導師です!」


 失笑が湧いた。

 見かけが幼いため、大魔導師との自称を民衆は信じていないのだ。

 大人が子どもを軽んじるのは、見た目で人を判断する世の中だという証拠だった。

 ユメカはそんな態度にムカついた。


「で、その大魔導師ちゃんが、探していたのが隣にいる痛い少女というのは、本当かな」

「はい、この人です」

 クリスティーネの正直な答えに、質問した血色の悪い男は嗤った。

「やっぱり。だったら、自作自演だ。こいつらグルだ」

 指さして嗤う態度を、ユメカは腹に据えかねた。

「単細胞思考脳の暴論ね」

 妄言まがいの暴言には、罵言でユメカは応じる。


「ガキが!」

「そう思う?」

「ああ」

「なら、大人な対応見せなさいよ」


 簡単に怒りを剥き出しにするだけに、底が浅い男なのだ。

 本気で相手をする対象ではない。


「そうだなあ。そうしてやる。捕らえて領主様に突きだそう」

「はあ? バカバカしい」

 ユメカがため息交じりに首を振る。

「ガキが、大人を舐めるな」

「汚いから舐めない!」

 ユメカは怒気をぶつけるように言い放つ。


 本気を見せようかと気を放つと、血色の悪い男が一瞬たじろいだが、すぐにその事実を覆い隠すように、より一層に怒りをむき出してくる。


「このガキが、生意気な。少し可愛いくらいで、いい気になるなよ。大人として正しい躾をしてやる」

「少しくらいじゃなくて、美少女なのよあたしは!」

「聞いたかみんな、こいつ頭がイカれてるぜ」


 男は衆目の中で先に手出しする体裁の悪さは自覚しているようで、嘲笑を上げて群衆の賛同を求めるが、追従する者はいなかった。

 多くの民衆は、この男よりも良識的だった。

「今兵士を呼びに行った。もうじき来る」

 群衆の後ろから声が聞こえた。


 恰幅の良い温厚そうな男が一歩、群衆の輪から進み出てきた。

「ともかく、大人しくしなさい。領主様の前で事情を話し、それですべてが明らかになれば正しい処分がくだされる」


「分かったわ」


 ユメカは一度目を伏せると、群衆は安堵の息を吐き緊迫の糸を緩めた。

 だがユメカが理解したのは、彼等が結論を出せない無責任な大人たちだということだった。

 すぐに顔を上げ、剣を抜く。

 群衆に動揺が走る。


「逃げるわよ」

 ユメカはクリスティーネの手を取った。

「え?」

 困惑の声を発したクリスティーネに構わず、ユメカは手を引く。


 東側の通りを塞ぐ群衆に向けて剣を横に払ってみせると、潮が引くように道が開かれた。

 ユメカはゆっくりと歩を進める。

 群衆がジリジリと下がって行く。

 ユメカが人垣の割れた隙間に踏み入れるが、襲ってくる者はいない。


「走るよ」

 クリスティーネに声を掛けるや、ユメカは駆けた。

 手を引くクリスティーネが慌てて駆けてくる。


「逃げるぞ、逃がすな!」


 剣が届かない背後から声が上がる。

 安全地帯からでないと、声を上げることすらできないのだ。

 大通りに出ると、町の兵士や警備する衛士の姿が路地から向かってくるのが見えた。

 ユメカはもっと早く走りたかったが、黒ローブを着たクリスティーネは、走り続けるのが限界そうだった。何度か転びそうになる。


「よし!」


 ユメカはクリスティーネが地を蹴るタイミングに合わせて手を引き上げる。

 ふわりと持ち上げたクリスティーネの腕をくぐるようにユメカは屈んで背に乗せる。

「え?」


 驚いたようだが、ユメカが握っていた手を開こうとすると、クリスティーネは手を放してくれた。

 剣を鞘に収めると、ポニーテールは邪魔になるので、ヘアゴムの位置を変えて髪を肩から前に垂らす。次いで剣を背中に回して両肘で挟むようにして橋のように渡し、その上にクリスティーネを座らせると、前を見据える。


「黒クリちゃん、しっかり掴まってなさい」


 返事を待たずにユメカはダッシュする。

 急激な加速に「ひっ」と小さな悲鳴を上げたクリスティーネは、長い杖を両手で握り締めながら、ユメカにしがみつく。


「行くよ!」

 ユメカは更に速度を上げ、門扉を閉ざし兵士が守りを固めている東門を飛び越える。

 飛ぶように走り、瞬く間に町から離れて夜陰に紛れる。

 嵐のようにユメカとクリスティーネは、イムジム・タウンを去った。

 町から離れると、ユメカは速度を緩めた。


「ねえ、さっきのエーテルの可視化、もう一度できる?」

「ええ、当然です」


 クリスティーネが魔杖を振ると、エーテルの残滓が視覚化する。

 馬と御者台の人と荷台に乗る人々が発したエーテルの残滓が、森へと続いている。


「よし、このまま救出作戦よ」

「あ、あなたと?」

「そうよ。そしてこれから第二章に突入するの!」


 ユメカはクリスティーネを背負ったまま、森へと向かった。

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