表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/109

  Ch.1.12:美少女と、元凶

 確か灰かぶりの騎士だとか呼ばれていた大男の存在をユメカは思いだした。

 とはいえ、正直なところ顔は覚えていないので、別人がなりすましていたとしても分からない。そもそも名前も知らないモブキャラに興味はないのだが、かといって目の前の大男がウソを付いている雰囲気はない。

 結局の所ユメカにとって、真偽はどうでも良かった。


「美少女殿に証人になれと指名されたのに、忘れられてしまったとは、俺は影が薄い存在だ。がーはっはっは」

「名前を知らないのに指名なんてできないわよ」

「それもそうだな、あーはっはっは」

「そんなことより、何の用?」

「ゴーレムが襲ってきたんだ。美少女殿ならどうにかしてくれるだろうと、探してた」

「襲ってきたって、一方的に?」


 クリスティーネには人に迷惑を掛けないようにと伝えたのだ。

 それなのに襲ってきたのなら、教育的指導が必要になる。


「唐突に攻めてきたので、皆大騒ぎだ」

「唐突に?」

「異常な振動を聞いたと報告を受けた衛兵が偵察に行き、巨大ゴーレムの襲撃を知ったんだ。だから、守りを固めて待ち受けて先制攻撃をしたらしい」

「良かった」


 ユメカは安堵の息をはいた。

 悪い子じゃないというクリスティーネに対する見立ては間違っていなかったのだ。


「いやいや良くない。あの巨大ゴーレムを足止めできなかったのだからな。しかも巨大ゴーレムがチビゴーレムを生み出して攻めて来たもんで、酒場にいた傭兵連中が駆り出された」

「あんたは、町の事情通?」

「傭兵の端くれみたいなもんだ。だが、領主直属の騎士が駆けつけるまで時間を稼げと言われたらそれは、使い捨てにされるようなもんだから、無視だ無視」

「ふうん。あんたは戦わないんだ」

「巨大ゴーレム相手に戦える訳がない。だがあのクソ重い剣を軽々扱える美少女殿なら、どうにかしてくれるだろうと思った訳だ」

「自分で戦いもせずに、美少女のあたしに頼んで、あんたの名前は廃れないの? 名前知らないけど」

「俺は勝ち馬に乗る男なのさ」


「あたしは馬じゃないし、それ言っていて、恥ずかしくない?」


「美少女殿の美しさに俺は、負けたのさ」

「キモい。それにあたし弱い男は嫌いなの」

「だったら、夜の褥で鍛えてくれ」

「ひとりでイッてなさい」


 ユメカは歩き出した。

 早足にしても、大男は悠然と並んで歩いてくる。

 ユメカは視線を前方に向けた。

 燃える西門の明かりで、不気味に巨人の姿が浮かび上がっていた。

 だが、ゆらゆらと燃える炎は、板塀から上がっている。


「あれ、火事よね?」

「ゴーレムが撒き散らしたせいだ」

「ゴーレムが火を放ったの?」


 そんな能力がゴーレムにあるとは聞いたことがない。


「兵士がゴーレムを倒そうと油を撒いて火を付けたんだが効果なくて、逆に火だるまになったゴーレムが塀に取り付いたせいで、燃え移ったのさ」

「それって――」


 言いかけてユメカは口を閉ざした。

 町の兵士たちの、戦術ミスでしかないのだ。


「今の状況は? ゴーレムは動かないのね」

「矢を射かけて足止めをしている。町の兵士も必死だよ」

「おかしいと思わない?」


 どう見ても、様子が変である。

 ゴーレムは、町を壊そうと進入してくるのではない。

 兵士たちは矢をつがえ射かけているが、ゴーレムは防御態勢なのだ。

 そこへ、ガシャガシャと鎧の音が近付いてきた。

 振り返ると、渋滞を抜けた兵士が駆けてくる姿が見える。大男の話を踏まえると、彼等は騎士になるのだろう。そのまま、門へと向かっていった。


「もう、どうして話を聞いてくれないのよ!」


 ユメカの耳に、微かに声が届いた。


「ゴーレムの頭の上の子、何か言ってるよ」

「強迫だよ。攻撃を止めないと町を破壊するとか」

「先に攻撃仕掛けたのはどっちなのかな?」

「強敵に対しては先手必勝。守備兵は勇敢に戦っている」


 脅威を目の前にして攻撃という解決策しか見いだせない兵士達の無策の結果だとユメカは思う。

 バカバカしく愚かな対応なのだ。

 火に油を注ぐように、脅威に向かって挑発して余計な災厄を招いたなら、無能と罵られるべき失態である。


「あ!」


 ゴーレムの額の近くで、何かが爆発した。

 頭の上に立つ小さな人影が、爆風に煽られて足を滑らせ、ゴーレムから落ちるのが見えた。


「危ない」


 ユメカはとっさに走っていた。

 ユメカダッシュ、である。

 疾風を越えて駆け抜ける。

 燃える板塀を飛び越え、黒ローブの小さな少女を受け止めた。間違いなく、昼間会ったクリスティーネだった。身を固くして衝撃に備えていたクリスティーネが、目を開けた。

 矢の届かない巨大ゴーレムの後方まで離れると、ユメカはお姫様抱っこしていたクリスティーネを下ろした。

 背後から聞こえる破壊音と怒号や悲鳴を、目下ユメカは無視してクリスティーネを見つめる。


「ケガはない?」

「あ、あなたは」

「そう。昼間会った――」

「恐喝強奪魔!」

「違うわよ。正義の美少女剣士ヤスラギ・ユメカよ!」

「ど、どうして?」

「痛いところは無い? 黒クリちゃん」

「ち・が・う! クリスティーネ・シュバルツよ!」

「やっぱり黒クリじゃない」

「あなた耳が悪いのかしら」

「いや、耳はいい方だから。ついでに言えば顔は更に良くてスタイルも抜群」

「悪いのは頭のようね」

「やっぱりそう思う?」

「何? 自覚あるの?」


 驚いたようにクリスティーネは目を見開く。


「だって、ずっと美容院行ってないし」

「え? 何ですって?」

「だから、カリスマ美容師にカットしてブローしてセットしてもらってないから」

「意味不明!」

「まあそれは置いておいて、なんというか、あんた黒いでしょう」

「銀よ」


 クリスティーネはフードを取って、長く輝く銀色の頭髪を指さす。


「目も悪いのかしら。この艶やかで輝く髪の色さえ、あなたには眩しすぎるのではなくて?」

「いや、服のことだから」

「服? どういう脈絡で服の話になるにょ」

「にょ? 今『にょ』って言った? かわいい!」

「揚げ足取らないでくださる。『なるのよ』というのを、そう、簡略化しただけですのよ。ホホホホホ」

「だから、あたしも略したんだよ。黒服の腹黒い真っ黒黒助のクリスティーネを、意訳して黒クリ。いや、省略してかな」

「わたくしのは、真っ白のど新品です。でも、大事なところはピンクよ」

「なんの話?」


 ハッとしたようにクリスティーネは頬を赤らめ、視線を逸らす。


「か、関係ないわ、あなたには」

「そう? じゃあ、あれ、どうにかしなさいよ」


 ユメカは振り返って暴れるゴーレムを指さす。

 箍が外れたのか、制御されなくなったためか、巨人ゴーレムは屈んで門と板塀を殴り壊していた。燃える板塀の破片が周囲に飛び散り、火の粉を避けるように兵士達が逃げ惑う。一方では、果敢にも巨人ゴーレムに油の樽をぶつけ火を放ち、燃やそうとしている。だが油が燃える程度の熱量では、土人形のゴーレムにはまるで効果がない。

 子ゴーレムたちもぞろぞろと板塀を越えて町へと入り、近くの建物の破壊を始めている。

 早くゴーレムを止めないと、町は廃墟にされそうだった。


「もう目的は達成しましたから、後は報復です。復讐です。殲滅です。やられたらやり返します。一〇〇倍返しです」


 随分と危ない過激な思想だった。

 事情と理由によっては、教育的指導が必要だとユメカは心を決めた。


「その前に教えてよ。そもそも、どうしてこうなったの?」

「全部、あいつらが悪いのよ!」


 クリスティーネが幼い顔に似合わないきつい眼差しを町の兵士たちに向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ