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  Ch.1.11:美少女と、襲撃

 痛、ててててて。


 わざわざ声を出しながら、用心棒の二人がよろよろと立ち上がった。

 一人は腹を押さえ、もう一人は顎をさすっている。


「だらしないぞお前ら。高いカネを払ってるんだ」


 宿屋の主人の目は欲の色に染まっていく。

 金貨だけで終わらせようという消極的勝利は捨て去ったようである。

 ユメカが宿屋の主人の気色悪さに怯えたので勘違いされたのだ。


「いやいや、旦那が傷物にするなって言ったからで」

「思いの外じゃじゃ馬だっただけで」

「手加減はするな。だが、顔は傷つけるなよ」

「お決まりの負けパターンじゃない、それ」

「何を言っているのだ小娘が。お前も舐めずり回してくれる!」


 宿屋の主人は再びレロレロと金貨を舐め回す。


「部屋を壊したお前には、躾が必要だな、レロレロ」


 うえ。


 気持ち悪さに鳥肌が立ち、ユメカは後退る。

 一秒たりともこの場にいたくなかった。


「仕方ない。そのお金は預けて置くわ。いずれキレイに耳揃えて倍返ししてもらうから」

「分かってないようだな」

 用心棒が腰に吊していた鞭を手にした。


 ビュン。


 鋭く空気を斬り裂いて、床を打つ。

 ビシッと激しい音が鼓膜を斬り裂くような鋭さで響いた。


「大人しく、武器を渡せば、手荒なまねはしないぜ、ひっひっひ」

 舌なめずりしながらもう一人が短剣を手に近付いてくる。

「素直に従えば、優しく快楽を味合わせてやるよ」

「本当? 優しい紳士なら、あたしは好きだけどね」


 ユメカは気色悪いと後退る。

 狭い部屋なので、すぐに壁際に追いつめられてしまい、肩をすくめる。


「どうだ、もう後はないぞ」

「大人しく武器を渡せば、痛い目には遭わないぜ」

「そう? じゃあ、しっかりと受け取りなさい」


 ユメカは鞘に収めたままの剣をベルトの留め具から外し、横にして放り投げた。


「はっはっは。ようやく素直にな――」


 ズシン、バキバキバキ。


 空中にあるユメカの剣を片手で掴んだ用心棒の腕が、そのまま床に引き落とされた。

 剣と腕が床板を割ってめり込む。

 すぐに右手に持っていた短剣を床に放り投げ、持ち上げようとするがびくともしない。


「お、おい、何やってんだお前」

「ど、どかしてくれ。て、手が潰れる」

「あ? 情けない」


 鞭を持つ用心棒は屈むとごつい右腕で持ち上げようとする。

 持ち上がらず、鞭を床に置き両手で掴む。

 顔を真っ赤にして持ち上げようと力を込めるが、ユメカの剣は一ミリも持ち上がらない。


「お、おい、早くしろ」

「だ、ダメだ。びくともしない」

「何を遊んでやがる。領主様推薦の用心棒だろうが」

「そうじゃねえよ、旦那」


 左手を床と剣に挟まれた用心棒は顔を苦悶に歪め、床に踏ん張って板用心棒も力尽きて床に座り込んでしまう。


「あら、重かったかしら」


 このまま手が潰れてしまうのは可哀想だ。

 近づいてユメカは軽くひょいと片手で剣を拾い上げる。

 用心棒の二人は、口をあんぐりと開けた。


「どこかに引っかかっていたんだろう」

 宿屋の主人は常識的な解釈を持ち出したが、用心棒の二人は明らかに違うと理解していた。


「な、なんなんだ、お前は」

「絶対正義の美少女剣士ヤスラギ・ユメカよ!」

「は?」


 三人の男は言葉を失ったようである。

 美少女に見とれてうっとりしているのだろう。


「じゃ首根っこ、じゃなくて、金貨洗って待ってなさい」


 ユメカは、ぱっと見を翻すと、窓から飛び降りる。

「追え」という声は聞こえてこなかった。

 道路に降りたユメカは、先程いた部屋を見上げる。


「ああ、ばっちかったぁ。あんな所にいると精神が汚染されるわ」


 飛び降りた窓を見上げるが、一人として顔を出してこない。

 玄関から誰も追いかけてくる様子もない。

 情けないと、ユメカは背を向けて歩き出す。


「弱い男って、嫌い!」


 ユメカは宿に隣接する厩舎の中を覗き込んだ。

 トドロキ・ハリケーンの荷馬車と馬はないが、荷台にあった木箱は残されていた。

 重荷を捨てて逃走したのだ。


「あいつめ、どこ行ったんだ。見付けたら三倍返しだ」


 微かに振動を感じた。

 だんだんと揺れが大きくなってくる。

 地震とは違う。

 ズシンと、低く鈍い音がすると少し遅れて地面が揺れ、建物が軋む。

 寝ていた鳥たちが騒ぎ出し、鳴きながら上空を飛び交う。

 西門の方の空が少し明るい。


「何だろう――」


 ユメカは表通りへと向かって走り出す。

 十字路で、唐突に馬車が曲がってきた。

 危うく轢かれそうになり、ユメカは屋根の上に飛び退いた。


「危ないじゃない、裏通りは徐行しなさいよ!」


 ユメカの抗議の声を置き去りにして馬車は走り去る。

 慌てて逃げてきたようだった。

 屋根の上から見渡せば、西側から逃げてくる人の流れがある。


「逃げろ、魔物だ」


 どこかから叫ぶ声と半鐘を叩く音がする。

 西側を見れば、丸太を束ねた門扉が閉じられている。

 その向こう側に、篝火に照らされた巨人の姿があった。


「新劇場の巨人、ていうアトラクションじゃないよね」


 エキストラの演出が大げさすぎる。

 武器を持って防衛に向かおうとする鎧を装備した兵士が、逃げてくる多くの町民に行く手を遮られている。


「魔導師がゴーレムで襲ってきたぞーっ!」


 ユメカはじっと門の向こうから迫り来る巨人を見つめる。

 篝火に照らし出された巨人の頭の上に、小さな人影が見える。

 不釣り合いに長い杖を持っている。

 間違いなく、クリスティーネ・シュバルツだった。

 宣言通り会いに来てくれたようだが、それにしては周囲の反応が大げさである。

 とは言え、いきなり巨大なゴーレムを連れてくれば、当然の結果だろう。


「他人事にはできないわね」


 西門へ向かって屋根の上を駆ける。

 門に近付くと、逃げ惑う人々がまばらになる。

 ユメカは表通りへと飛び降りた。


「ああ、美少女殿、いいところに」


 ユメカは声に振り向く。

 路地の間を駆けてくる、灰色の服を着た大男の姿があった。

 狭い路地を壁に肩をぶつけながら、無頓着に手を上げて大きく振っている。


「えっと誰だっけ?」


 ユメカは首を傾げた。


「いやあ、よかった。美少女殿。探していたんだよ」

「悪いけどあたし、サインはしない主義なの」


 馴れ馴れしい態度はあつかましいと、ユメカは手を振って歩き出す。

 美少女だからといって、誰彼構わず愛想を振りまく趣味はないのだ。


「サイン? なんだか知らんが、そうじゃない」

「そもそもあんた誰よ」

「酒場で会ったじゃないか」


 立ち止まってユメカは記憶を辿る。

 無意味に因縁を付けてきた灰色の大男がいた記憶はある。

 だが名前も職業も知らない相手は、ユメカのしてみれば路傍の石だった。

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