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  Ch.4.50:美少女は、未来を拓く

 聖獣のゴルデネツァイトが嬉しそうに周囲を走り回っている。

 ユメカとクリスティーネとエナは、魔王城の外で会話していた。

 ユメカは、先に行ったはずのジョンを見なかったと聞かれたので教えたのだが、相変わらずエナはすぐには信じてくれなかった。

 こういう時、頭の中のゴッドはエナに真実を教えてくれないようである。


「そんなウソ、信じられません」

「本当だよ」

「ジョンがそんなことできるなんて、わたくしも知りませんでした」

「ですから、ウソなのです」

「いえ、わたくしはオネーサマを信じます」

「まあ、百聞は一見にしかずだからね」


 ユメカはもう一度やってみることにした。

 すぐに呼ばなかったのは、勘違いされたくなかったからである。

 何度も呼んで会いたがっていると誤解されるのは、お断りなのだ。

 だが、呼ぶ理由があれば別である。

 相手がジョンでも、きちんとお礼を言わなければならないのだ。


「ジョン、カムヒア」

 ユメカが囁く。


 ワオーン、ワンワンワン。

 ジョンが魔王城から駆けてきた。


「あ、本当です。ジョンが来ました」

「ね、なんか知らないけど、声が届かないはずなのに、呼べば来るようになったのよ」


 ユメカの前で急停止したジョンは、腕を組んで偉そうな態度をしている。

 相変わらずにやけて緩んだ顔をしている。

 見慣れたせいか、どことなく憎めなかった。

 とはいえ、面と向かってお礼を言うのは、照れくさくもある。

 ためらっていると、ジョンが両手を差し出してきた。


「マイハニー、ご褒美くださいワン」


 先に求められるとその気が失せてしまう。

 ユメカは素直にお礼を言いたくなくなった。

 前のめりになって求められると、少し距離を置きたくなるものだのだ。

 拒絶するようにジョンを見て、別の気がかりなことを思いだした。


「ジョン、お城の中にマーリャって言う売らないジジイがいるはずなんだけど、出てこないから、捜してきなさい」

「マーリャなら、さっき会ったワン」

「え? そうなの?」


 ユメカは真偽を確かめるように、魔王城に視線を向ける。

 破壊された扉の所に、マーリャの姿が見えた。

 予想外に早期解決してしまい、他に用事が思いつかなかった。

 ユメカは溜め息交じりに諦め、すべきことに立ち向かうことにした。


「そっか。じゃあ、ジョン、シッダン」


 ジョンが犬座りする。

 ユメカはその頭の上に手を置いて撫でた。


「今回はちょっと助かったわ。ありがとう」

「クウン」


 ジョンが気持ちよさそうに目を細める。

 だが、調子に乗って手を舐めようとしてきた。

 慌ててユメカは手を引いた。


「何するのよ!」

「マイハニーに誓いのキッスを。手が嫌なら口に――」


 ジョンが立ち上がり両手を広げ、抱きつこうとしてくる。


「調子に乗るんじゃない!」


 ユメカはワンステップ助走を付けて、ジョンの頬を殴り飛ばす。

 ビューン。

 ジョンが魔王城を越えて飛んでゆく。


「おお、柵越えホームランだ」


 ジョンの落ち行く先を見てからユメカは振り返った。

 唖然としているエナと目が合った。


「ユメカ! あなたは怪力美少女でしたか。あの男、死にましたよ」

「違うわ。正義の美少女剣士よ。でも――」


 ユメカはエナを見つめて微笑む。


「なんです?」

「名前、呼んでくれたね。ありがとう」

「は? な、なんでお礼なんて言うのです。ただ、そこにお二人がいるから、名前を呼ばないと区別付かないからです」

「そっか。でも、それでも嬉しいよ」


 ユメカはクリスティーネに袖を引っ張られた。


「なに?」

「オネーサマ。ところでこの人、誰です?」

「そうだった。紹介するね。この子はエナ。ちょっと変な子だけど、本質的には優しくていい子だよ」

「なんですか、その紹介の仕方は」

「まあまあ。それでエナ、この子があたしの大親友の、黒クリちゃん」

「黒クリ?」

「美少女大魔道士クリスティーネ・シュバルツです」

「へ?」

「オネーサマから、美少女ナンバーツーの地位を頂いておりますので」


 クリスティーネは誇るようにすました顔をしている。


「あ、そうなのですか。ではわたしも正式に名乗らせて頂きます。わたしは聖騎士のシーラ・デ・エナと申します」

「聖騎士って、まさかあの森の?」

「はい。生き残ったのはわたしだけのようです。アダセン殿に聞きましたが、同志を殺したのは、彼等とディリアだったそうです」

「そうですか。お師匠様も――」


 クリスティーネが右脇腹をさすっている。

 ユメカはその仕草に気づいたが、本人は無意識のようだった。

 事実を知り、真実を感じ取ったのだろう。


「そんなことよりユメカ。あなたは、あのジョンって男を殴り飛ばして殺したその行為を、どう釈明するのです?」

「あいつは、ギャグキャラだから死なないのよ」

「は? 死なない? そんな冗談通じません」

「疑い深いなあ」

「わたしのゴッドが頭の中で囁きました。あの男は死んだと」

「しょうがないなあ。ジョン、カムヒア」


 ワオーン、ワンワンワン。


 城の向こうから砂塵が舞い、駆けてくる人影。

 ジョンだった。

 と、思った時には、ユメカの隣に現れた。

 再びジョンが腕組みをして偉そうに立っている。

 態度だけでなく背も高いため、見上げざるを得ないのが少し疎ましい。


「マイハニーが呼んでくれれば、いつでもどこでもすぐに見参!」

「あら、本当に生きていた? わ、わたしのゴッドはなぜ――」


 エナが驚いているのも無理はない。

 ユメカもジョンの未知の能力に驚いているのだ。


「あんた何者なのよ?」

「オレに興味津々なんて嬉しいなあ、マイハニー」


 ジョンが肩を抱こうと手を回してくる。

 そんな気安い行為を決してユメカは許さない。

 それは絶対条件である。


「気安く触るんじゃない」


 ユメカは方に回してきた手を取ると、くるりと回して投げ落とした。

 ぐへ。

 ジョンが背中を打って呻いた。


「さっきはお姫様抱っこさせてくれたのに。でもこれも絶景」


 ジョンが寝転んでユメカのスカートの中を覗こうともぞもぞと頭を動かしてくる。

 相変わらずのゲスだった。

 そんな行為を改めればマシな人間になれるのにと、ユメカはにらむ。


「人の弱みにつけ込んで、勝手に抱き上げたくせに」

「マイハニーは嬉しそうだったワン」


 ボコッ!


 ジョンの顔面に、クリスティーネの魔杖が落ちた。

 うげぇ、とジョンが動きを止めた。


「ジョン、わたくしの許可なく、オネーサマに変なことした罰です!」


 木魚のようにクリスティーネは魔杖を何度もジョンの頭の上に打ち下ろす。


「違う違う、そうじゃ、そうじゃないって」

「あーっ! 思い出した!」

「どうしました、オネーサマ」


 クリスティーネが手を止めてユメカを見上げた。


「おお、マイハニー。忘れてたなんて、仕方ないなあ。オレへの感謝の気持ちなら、ディープキスでいいんだぜ」


 ジョンが寝転がったまま両手と口を突き出してくる。


「しないわよ」

「またお預けだと、家出するかもしれないワン」

「そんなことより、ジョン。あんたあたしを抱き上げた時、胸触ったよね」

「嫌だなあ。触ってないさ、マイハニー」

「嘘を付くんじゃあない! あたしが弱っているところに、どさくさに紛れて触ったよね。正直に言えば、赦してあげるわ」

「ふ、不可抗力ってもんがあるわけで」

「つまり触ったよね!」

「ちょ、ちょびっとだけ」

「やっぱり触ったんじゃないか!」

「でも横チチだからセーフだし」

「アウトかセーフはあたしが決めるのよ!」

「さ、先っちょだけだから。指の先っちょだけなら触ったことにならないから」

「そん訳ないだろーっ!」


 ユメカはジョンを蹴り上げる。


 ありゃあ――っ。


 天高く跳んだジョンが奇妙な声を上げながら落ちてくる。


「ウソつきは、修正してやる!」


 ユメカは落下してきたジョンのボディーに、全力ストレートを放った。

 ジョンはくるくると回転しながら魔王城の背後に聳える山を越え、空の彼方へと飛んで消えていった。


「ジョンは星になるのよ」


 ユメカは手で庇を作ってジョンの飛び行く先を目で追った。

 だが、空の彼方は遠過ぎたようである。


「――あ、落ちた。やっぱり駄犬ね」

「あのう、ユメカ。あの人が死なないのは変ですけど、殴り飛ばすのはヒドいのでは? 一応、助けてくれたのですよね?」

「あいつは犬だから、フリスビーを投げて取ってこさせるようなものなのよ。レクリエーションよ。まあ、一人二役だけどね」

「また妙な言葉を使いましたね」

「そう? だったら、レクリエーションジョン、略してレクリエージョンよ!」

「オネーサマ素敵です」

「そう。それはもう当然なのよ。なぜならあたしは、天下無双の絶対美少女剣士ヤスラギ・ユメカなのだ!」


 ユメカは天を指さして宣言する。

 クリスティーネは納得して拍手してくれる。

 エナは呆れたと言いたげな表情をしながらも、諦めて納得してくれたようだった。

 誰がどう思うとも、事実は事実でしかない。

 言葉では否定できても、事実は揺るがない。

 誇っているのではない。

 純然たる事実をユメカは言葉にしたのだ。

 人々が魔王と恐れた存在を倒した事実は誰にも消し去れないからである。


 あとは、これで世界が丸く治まるようにと願うのみ。


 そんな未来を、ユメカは夢想した。




(第一部 了)

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