Ch.4.46:霊光と、美少女
ディリアは苦い顔をしている。
ユメカにはその心理が分からない。
ただ、固執する想念が向かう先が閉じているのは分かる。
無意味な物はすぐに手放せばいいだけだと思うが、握り締めた理念が先走ると離そうとしても手を開くことすらできなくなるのだろうか。
「まだだ、まだ終わらんよ」
「それ、負けフラグじゃない」
「またそのような妙な言葉を使う」
「あんたが勉強不足なだけよ」
「まったく、これだから転生人は困るのだ。異界の知識をひけらかして自慢し、教えを請うても教えられぬと隠蔽する」
「ていうか、ネットスラングとかだから、教えるのに膨大な時間と手間がかかるからよ」
「ほれみよ。ああだこうだと教えぬ理由をごねて、隠蔽し続けるのだ」
「ていうかさあ、幼馴染みと思い出の『あの花』について話そうとしても、記憶の中にあるだけで名前を知らないから、他の人と共有できない感動っていうのがあるのよ。思い出の場面と状況と経緯と関係のすべてを正しく教えるのは、かなり難しいのよ」
「世迷い言などに、聞く耳持たぬわぁ!」
ディリアが魔杖を向けてくる。
会話をしていても、何か都合が悪くなれば断ち切って力に頼ろうとする。
力を持つからこそ、屈服させて己を押し通そうと思ってしまうのだ。
逆に言えば、議論を続けられない弱さに無自覚なのである。
その弱さを断ってみせると、ユメカはグラビティーソードを構える。
「オネーサマ!」
「大丈夫。あたしは絶対勝利の美少女剣士ヤスラギ・ユメカだから!」
緊張に震えるクリスティーネの声に、ユメカは余裕の笑みで応える。
ディリアはさっきの強烈な魔術を使おうとしているのだ。
それでも一度見た技なら、どうにかできる自信がある。
何の解決にもならない無意味な力なら打ち砕ける。
「灰燼に帰せよ! 【消滅の魔光】!」
光った。
押し寄せる強烈な圧を感じる。
エナとの戦いも役に立っている。
あのビームのような技を体験していなければ、反応が遅れただろう。
「魔法斬り!」
瞬時にユメカがグラビティーソードを一閃する。
強大な閃光は、剣に斬り裂かれて弾け、光の粒子となって消え去った。
何事もなかったように、静寂が訪れる。
「バカな! ありえん」
「さあ、どうする?」
「いいや、次だ、まだ次がある。魔力チャージ!」
ディリアが玉座の前に魔杖を突く。
巨大な魔法陣が現れ、魔力がディリアに集まっていく。
さすがはホームグラウンドの魔王城だけあって、色々と仕掛けをしてある。
クリスティーネと違って瞬時に集められる魔力の総量が足りないと自覚しているからこそ、魔杖や装飾品に嵌め込んだ魔石だけでなく、魔王城にも膨大な魔力を溜め込んでいたのだ。
それでも、ユメカにしてみれば恐れるべきことではない。
「無駄よ。降伏しなさい」
「ええい、黙れ。私は最強なのだ」
「まあ、条件を付ければそうでしょうね」
「うるさい黙れ! 得体の知れぬ奴め。私の最大の魔法、魔術と魔法を融合した最大奥義によって、お前たち悪魔を葬ってやる」
「本気? 困ったなあ」
「這いつくばって命乞いするなら許してやる」
「しないわよ」
「ならば、死ね。魔力展開、そして魔力招集」
玉座に埋め込まれていた魔石が光を放ち、周囲の床に魔力が注がれる。
床石が割れ、魔石が飛び出した。
ディリアの周囲を魔石が回り出す。
外世界と隔てる異界の門が開き、膨大な魔力がディリアを包む。
吸い上げられるようにディリアの体が宙に浮く。
その周囲を数百の魔石が、人工衛星のように周回している。
見る間にディリアの姿が巨大化していく。
牙を剥き出し、長く爪が伸びる。
生まれ変わった強固な肉体を周囲の床石が形を変えて覆い、鎧となる。
蝙蝠のような羽根を生やした、魔人、いや魔王の姿となった。
身長は二〇メートルくらいある。
「ぐぁっはっはっはーっ。死ね、死ね、死ね!」
魔王となったディリアが玉座から飛び降り、拳を突き出してくる。
ユメカはグラビティーソードの反重力を使って大きく飛び退いた。
玉座の間の床が破砕され、クレーターのように陥没する。
巨大化したために生じる動きののろさがあるが、その隙を突く攻撃をユメカはためらった。
単に勝つのは簡単だが、殺さずに勝つのは難しいのだ。
「ああなっても、中身人間なのよね」
「【神聖なる光の一閃】!」
突如背後から声が聞こえた。
同時に一筋の光条がユメカの頭上を越え、魔王ディリアの胸部に直撃する。
ドガーン。
激しい衝撃と共に魔人ディリアが吹っ飛び、玉座を崩しながら倒れた。
誰が放ったのか声で分かる。
だが、山を削る威力を持つ技なので、殺してしまったのではないかと焦った。
振り返ると、玉座の間の入り口で、勝利を確信するように、大技を放った残心の姿で聖剣を構えて立つ金髪少女の姿がある。
「エナ! どうして?」
「真実を伝えに来たのですが、もはや不要だったようですね」
「それよりエナ、あなたは――」
「礼には及びません。これはその、言うなれば借りを返しただけのことですから」
「何も貸してないから返さなくていいんだけど、殺しちゃった?」
「並の悪なら、聖剣の力の前に平伏して滅びるでしょう。それも神の裁き」
ガラッ。
石が転がり落ちる音がして振り向けば魔王ディリアが床に手を突いて体を起こそうとしていた。
「あら、しぶといですね。ですが効いています。次で終わらせましょう」
「待って、エナ」
「なぜです?」
「ああ見えても、元人間で、黒クリちゃんの師匠だからよ」
「魔人、いえ、名実ともに魔王となったのです、もう人ではありませんよ」
「それでも、魔力と融合して魔王化しただけだから、どこかに人の要素があるはずなのよ」
「あなた知らないのかしら。清涼な水に泥水を混ぜたら、もう二度と清涼な水は取り出せないのですよ」
「違うよ。世の中には濾過とか蒸留とか還元とか、方法があるのよ」
「まったく、また妙な言葉を使うのですね。訳が分かりませんし、わたしにはできません」
「うん。だから、あたしがやる」
「聖騎士のわたしを差し置いて、そんなことされたら、悔しすぎます」
「そんなどーでもいいこと、気にしないの!」
「気にします! 聖騎士のわたしにできないことをするあなたは、何者なのかと思ってしまいますから」
「そんなの、初めから言ってるじゃない」
「え?」
「あたしは、正義の美少女剣士ヤスラギ・ユメカ!」
「そ、そうでしたね。分かりました。少しだけ手を貸しましょう」
エナが聖剣を掲げて神への祈りを始めた。
そうしてる間に魔王ディリアが立ち上がり、吠えた。
グォォォォッ!
玉座の間に反響し、轟音が響き渡る。
「不意打ちとは卑怯な。だが、聖騎士だと? まさかお前は――」
「さあ魔王、真実をさらけ出しなさい! 【真実を表す光】!」
エナが水平に構えた聖剣を突き出す。
聖剣から柔らかな光が放たれ、立ち上がった魔王ディリアを照らす。
悪し魔王の肉体の中に、微かな光の塊が見えた。
「それが魔王の核です。おそらく人の心」
「ありがとうエナ。だったらできる。あたしならできる」
「わたくしもオネーサマをサポートします」
クリスティーネの言葉に大きくうなずくと、ユメカは魔人に向かって走った。
大きく跳び上がり、剣を大上段に構える。
突然、周囲に鮮やかで美しい光が華となって輝いた。
空中でちらと見る。
クリスティーネが天に向けて突き出した魔杖が光っている。
魔法陣を描く応用でエフェクト演出してくれたのだ。
覚えていてくれたのだと、ユメカの心は喜びに満ちる。
気合いは更に高まり、想い描く理想が明確になる。
「グラビティーソード、【神聖独尊閃光斬】!」
たああああぁ!
頭上から剣を振り下ろす。
グラビティーソードが強烈な光を放つ。
神秘の光が魔王ディリアを包み込み、光と共に砕いてゆく。
ユメカは着地すると、崩れた玉座を見つめる。
光に掻き消された魔力の残滓のように、人影が残っていた。
魔王の力を失ったディリアである。
その姿は人形のようであり、玉座の瓦礫の奥へと落ちてゆく。
「お師匠様!」
足音を聞いてユメカは振り返る。
クリスティーネが駆け寄ろうと一歩踏み出して、立ち止まっていた。
ためらうその複雑な心理はよく分かる。
悪いことではない。
ユメカは振り向いて剣を鞘に収めると、手を差し出す。
「行ってみよう、黒クリちゃん」
「はい、オネーサマ」
駆け寄ったクリスティーネが差し出してきた手を握り締める。
「待ちなさい。わたしにも見届けさせなさい!」
エナの声にユメカは視線を上げて入り口の方を見る。
「いいけど、殺しちゃダメよ」
「そうですか。悪に止めを刺さないのでしたら、わたしは見なかったことにします」
エナが背を向けた。
「ありがとう、エナ。気を遣ってくれて」
「ふん」
一瞬立ち止まったがエナは振り返らずに城の外へと歩いて行く。
「じゃあ、行こう」
ユメカはクリスティーネと手を繋ぎ、玉座の瓦礫へと走った。




