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  Ch.4.45:無双と、美少女

 ユメカはジョンの存在を脳裏から追い払うと、クリスティーネを見つめた。

 俯いているクリスティーネは、おそらく困惑と迷いの中にいる。

 苦しみ抜いた心を想うと、辛くなる。

 ユメカにとっても苦しみである。

 腰を落とし、包むようにクリスティーネを抱きしめる。


「ありがとう、黒クリちゃん」

「オ、オネーサマ、あの、わたくし――」

「それと、ごめんね」

「い、いいえ。悪いのはわたくし――」

「あたしも悪かったから」

「そんなことありません。オネーサマはずっと――」

「あたしは、聖騎士を殺してないよ」

「はい。信じます」

「黒クリちゃんも刺してないよ」

「はい。ごめんなさい、疑って。わたくし、わたくしは――」

「うん。大丈夫。黒クリちゃんが信じてくれたから、元気もパワーも確変して無限大の大当たりになったよ」


 ユメカは抱きしめていた手を緩め、クリスティーネを見つめる。

 泣きそうな顔をしている。

 こんなに心を苦しめたのは、師匠のディリアなのだ。

 それでも笑おうとしている健気さに胸が熱くなる。


「ええと、オネーサマ、その意味は?」

「あとはあたしに任せてくれたら、どーんとオッケーなのよ!」

「はい。ですが――」

「でも、黒クリちゃんがサポートしてくれたら、完璧大勝利が約束されるわ」

「はい!」


 クリスティーネに輝く笑顔が蘇った。

 もう一度、今度は強くクリスティーネを抱きしめる。


「よし、一緒に戦おう!」

 ユメカは振り返って玉座にふんぞり返るディリアを見すえる。


「感謝してほしいものだね。感動的な再会を邪魔しなかったのだから」

「そう? ありがとう、気が利くのね」


 ユメカは笑顔を向ける。

 美少女の笑顔は疚しい心を破壊する力があるのだ。


 くっ。


 ディリアの顔が怒りに歪む。

 自分で要求しておきながら感謝すれば怒りを露わにするのだから、困った人である。

 余裕があると見せておいて挑発し、動揺する相手を嘲笑いたかったのだろう。

 マウントを取りたがる心理の裏側は、弱さの表明である。

 弱いから常に自分を上に置かなければ不安になる。

 高み至ろうとして地に落ちるイカロスのような存在なのだ。


「さあ、これから真実を解き明かそうか」

「させんよ。ここにいる全員、始末してやる」

「物騒な発言ね。でも要するに、魔王の正体はディリア、あんただってことでいいの?」

「違うな。私は魔王などと、自称したことはない」

「自称してないけど、そう呼ばれてしまったのね」

「同情など無用だ」

「してないし、しないし、思ってもないし」

「ふっ。憎たらしいヤツめ。だがもう終わらせよう。我がしもべども現れよ。【異界の侵略者(アナザービースト)】!」


 虚空から産み落とされるように、何十個もの光の繭が落ちてくる。

 すぐに繭が破られ、魔獣が現れる。

 大蜥蜴、巨大ダンゴムシ、巨大蟻。

 すべては昆虫を素体とした魔獣だった。

 異世界から魔獣を召喚したと見せて、周囲の虫や動物などに魔力を注ぎ、魔獣に変容させているだけなのだとユメカは気づいた。


「これは、タースなんたらの魔術」

「教えたのは私だ。奴はそれを発展させたようだが、私は更にその上を行くのだ」

「ふうん。細かいことはどーでもいいけどね」


 ギギギギギィ。


 さらに、玉座の間の両側の壁が開き、中から無数の魔獣が出てくる。

 フェンリル、ケルベロス、ジャイアントエイプに石のゴーレム。

 広いとは言っても、屋内である。

 自由に動き回るには狭い空間だというのに、ドラゴンやワイバーンまで現れた。

 数を揃えて心理的に圧倒しようという狙いが見え見えだった。


「でもさあ、魔法攻撃は終わりなの?」

「ふふふふふ、そうではない。今は魔法など必要ない。数こそ力なのだ」

「いいえ。お師匠様は内なる魔力が切れて、外世界の魔力を共鳴させられないのです」

「おお、なるほど。チャージ中は使用できないんだね」


 チッ。

 舌打ちが天井に響く。


「クリスティーネめ、余計なことを。だが、悪魔の力の根源たる剣はここにある。無力を嘆きながら、この魔獣どもに蹂躙されるがいい」

「あたしの剣はあたしの物。そこにあっても、あたしの物なのよ!」

「違うな」


 ディリアがグラビティーソードを踏みつけた。


「あたしの剣を踏むな!」

「私の足元にあるなら、私の物だ。どうしようと私の自由だ」

「来い、グラビティーソード!」


 ユメカはグラビティーソードに想いを向け、手元に飛んでくるのをイメージする。


 ヒュッ!


 グラビティーソードが飛んでくる。

 ユメカがパシッと掴み取る。

 剣を踏みつけていたディリアがよろけた。

「バ、バカな?」

「おお、ジェダイのようだ」

 ジョンが目を輝かせて喜んでいる。

「違うわよ。リターン・オブ・ザ・グラビティーソードよ」


 ユメカは鞘の金具をベルトのフックに掛ける。


「語呂が悪くね?」

「いいの! あたしが良ければすべて良しなのよ!」

「なんとも横暴に聞こえるが、とにかくすごい魅力だ」

「ジョン、あんたは巻き添えにならないようにさがってなさい」

「じゃあ、オレはマイハニーのバックから攻めるぜ」


 ジョンが立ち上がってサムアップしてくる。

 ユメカは突っ込みの代わりにジョンに向けて剣を抜き払う。

 ジョンが仰け反って躱したが、そのまま倒れた。


「まったく呆れたヤツ。こんな緊迫したシーンで、変な妄想膨らませるんじゃないの!」

「マイハニーなら、こんなのピンチじゃないだろ」

「そうよ、そうだわ、そうなのよ。あたしは絶対無敵の美少女剣士ヤスラギ・ユメカ。だからあたしは絶対、魔獣を無双する!」

「ええい、化けの皮剥がしてくれる。魔獣ども、畳みかけよ!」


 ユメカは斬り込んだ。

 剣を一閃。

 先頭を来た魔獣が光となって消える。


「バカな。魔獣が光になって消えるだと」

「ですからお師匠様、わたくしはそう言いました」

「あ、ありえん。なんなのだ、その剣は」

「神剣グラビティーソード!」

「なぜ光になる」

「そういう物だからよ」

「分からん。なぜだ。お前何者だ」

「まだ覚えていないの? あたしは絶対正義の無敵美少女剣士ヤスラギ・ユメカだ!」

「ええい魔獣ども、一斉に押し倒せ。ぶっ潰せ。抹殺せよ」


 魔獣がユメカに迫る。


「これまで溜め込んだストレスを、百倍にして発散してやる!」


 ユメカは魔獣の群れに斬り込む。

 背後の魔獣は気にしない。

 クリスティーネが魔法ですべて倒してくれると信じているからである。

 ユメカはただ、前へと突き進む。

 ユメカの斬撃は、舞うように美しい。

 剣を振るう毎に光が散り、彩りを添える。

 剣が起こした風に当たった魔獣さえも、光に換えてしまう。


 何十、何百、何千と、壁の奥からわらわらと湧いてくる無数の魔獣。


 魔獣化した昆虫たち。

 地を駆ける魔獣、フェンリルにリザードにケルベロス。

 巨大な魔獣、ジャイアントエイプやゴーレム。

 翼竜のような魔獣、ドラゴンやワイバーン。


 あらゆる物すべてを、ユメカの剣は光に換えて消滅してしまう。

 斬撃の有効範囲すら、自在だった。

 広い舞台のすべてを使って舞い踊るように、あらゆる魔獣を光に換えて消し去った。

 斬撃を逃れたのは、数えるほどしかいない。

 生き残った魔獣は、隠し扉の奥や、玉座の間の入口から外へと走り去っていく。

 本能的に恐れて逃げて行く魔獣を追い打つ考えはユメカにはない。


「あーすっきりした」


 剣を握る腕を持って上に伸ばしてストレッチを始める。

 あんぐりと口を開け、ディリアは茫然としている。

 体をほぐし終えると、ユメカはディリアに剣先を向けた。


「さあ、どうするディリア。降参する?」

「そのような虚言など、チビリもせんわ」


 ディリアの笑いが玉座の間に響き渡る。


「下品な奴!」


 クリスティーネに掛けられたあらゆる悪影響を絶ち斬る。

 そう決意して、ユメカは魔王ディリアを見つめた。

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