二、この世界は
ボートに戻った2人、雄太は知りうる限りの現状を話した。
「そう」
加奈はうつろな目でぼんやりと呟いた。
それは仕方のないこと、機上で起こった出来事はにわかに信じがたいこと、だが一瞬にして、親友、友人、クラスメイトを同級生、先生を失ったかもしれないのだから、さらにはいつ家族の元へ戻れるのか、ひょっとしたらここで死んでしまうかもとい恐怖が頭をもたげる。彼女はそう思うと絶望が込み上げてくるのだった。
涙が滲む瞳で、むやみにピーカンの空、静かな海を見つめて気持ちを落ち着かせようとするが心穏やかにはいられなかった。
物事を深く変えず楽観的な雄太と加奈は違っていた。
彼は憧れの加奈が生きていたこと、2人っきりという現状に喜びを感じていて、今に起きた災難を心の奥にしまいつつ、ポジティブ転換しつつあった。根が単純なのである。
「あのさ、波戸さん」
「はい」
加奈はゆっくりと雄太を振り返って見る。
「なんとかなるよ」
彼は、にっこりと笑ってみせる。
「・・・そうでしょうか」
加奈はうつむく。
「多分、うん」
「・・・多分なんですか・・・」
なんの根拠もない雄太の励ましに、加奈は小さな溜息をついた。
そして、彼女は明るく振舞う彼を、無性に許せなくなった。
「見てください。この貧相なゴムボート・・・もし嵐が来れば、すぐ転覆しそうだし、食料も・・・水だってないじゃないですか!」
小さなボートには2人だけ、しかもオールすらもない、冷静に考えれば絶望だけだった。加奈は続けて思いの丈をぶちまける。
「みんなはどうなったのか、私達はは家に帰れるのか、でもこのままじゃどうしていいのか・・・わかりません!」
「大丈夫だって」
雄太は笑い続けている。
「なんで、そんなに楽観的になんですか!」
彼女は行き場のない怒りを彼にぶつける。
「・・・なんでって言われても・・・」
雄太は加奈を励ますつもりで言ったのに何故、彼女が怒っているのか理解できずに困惑して言葉に詰まる。
なお怒りの収まらない彼女は、
「そんなんだから、お友だちにも愛想つかされるんですよ」
機上での出来事を言った。
「なっ、それは波戸さんには関係ないだろ」
「それは・・・そうですけど」
怒気をはらんだ雄太の言葉に、加奈は少しずつ我に返る。
重苦しい沈黙が訪れる。
長い間の沈黙は耐えられないとばかりに、雄太が口を開こうとした瞬間、ザァーという滝音のような音が聞えた。
「・・・波戸さん、聞こえた」
「ええ」
加奈はこくりと頷く。
言っている間にも、その音は大きくなっていく。
「船じゃないよね」
明らかに違うと彼女は首を振る。
「ここ、海の真ん中だよね」
「・・・うん」
加奈はこくりと頷く。
その音は轟音へと変わっている。
「空はお天気、雨も嵐でもない」
雄太は首を傾げる。
海の先を見つめていた彼女は顔を青ざめながら、
「地球って丸いんだよね・・・」
突飛もないことを言い出した。
彼は彼女に、
「何言っているんだよ。地球は丸いに決まっているでしょ」
と、真顔で返す。
加奈は雄太の言葉は一切耳に届いていない、一点を見つめたまま彼の袖を強く引っ張った。
「ほら!ほらっ!見てっ!地平線!」
ぐんぐん地平線が近づいてきている。
「えっ・・・迫っている・・・どういうこと?」
雄太は息を飲んだ。
「とにかく漕ぐんだっ!」
ボートは地平線へと流されていく。
2人は必死でボートを漕いだ。
しかし、オールもない手漕ぎでは、自然の意志には逆らえない。仮にあったとしても何の役にも立たない。
ボートは加速し、地平線の切れ間へと進んでいく。
ふと、雄太は授業で習ったことを図説された絵とともに思いだしていた。
昔、天動説というのがあって、地球のどこかには行き止まりがあると信じられていた話を。
海もろとも底へ真っ逆さまに落ちて行く2人・・・再び意識は暗転した。