序 一、目覚める
序
少年は目を醒ました。
どこまでも広がる青い海、視線の先には一本の地平線しか見えない。
真夏の入道雲に照りつける太陽、乱反射する海、むあっと来る暖かい風・・・ここはどこだろうか、そして俺は生きている・・・。
一、目覚める
私立高校二年生に通う磯部雄太は、11月21日、日本時間の午後12時の飛行機に搭乗し、親友、友人、クラスメイト、そして同じ二学年の仲間とともに機上の人となった。
修学旅行である。行先は、ハワイ、オアフ島、名目は学校が提携する姉妹高への短期留学だった。しんし、実際のところは、ただの観光旅行であることは、先生も生徒も暗黙の認識をしている。
そんな中、はじめての飛行機に雄太は興奮していた。
隣でウトウトしだした友人を無理矢理に起こし、やれCAの容姿のこと、機内食の不味いこと、それを食べたので、料理代は別請求されるかだの、何故、空の上でビデオ鑑賞や音楽が聴けるかなど驚きを次から次に言いはじめた。
友人は、はじめはしょうがなく頷いていたが、その後、無視をきめこんで寝たフリをした。
ひとしきり、言い終わると、雄太は窓に顔を近づけ、目の前の雲や、横に見える尾翼、下界に広がる大海に、おいおいと友人の袖を引っ張り、しきりに感動し話し続けた。
そんな雄太に、ついに友人は「あたりまえだろ!」とキレると、イヤホンを耳にかけ、毛布をかぶり顔を背けた。
「・・・・・・」
彼は友人のつれない態度に、むっつり顔をしかめ口を真一文字に閉じる。
それまで雄太一人で起こしていた喧騒が途端に静まり返った。
まわりを見れば、みんなのほとんどは毛布にくるまって仮眠して、起きている連中もイヤホンを耳にし音楽を聴いていたり、ビデオ鑑賞をしている。
そんな最中、
「くすっ」
と、笑い声が聞こえた。
彼は声が聞こえた方を振り向く。小説を両手に持ち、今は顔を隠す波戸加奈が雄太を見ていて笑っていたのだった。
「・・・・・・!」
慌てて視線を窓に戻す雄太、自分を見て加奈が笑った。彼の心はドキリとした、密かに思いを寄せる彼女の笑顔を見たのだ。
その瞬間、耳をつんざく激しい爆音が聞こえ、生徒の悲鳴があがった。続いて爆音爆発とともに衝撃、真っ赤な炎が目の前に飛び込んでくる。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
雄太の意識は深い底へと暗転する。
・・・思いだした。
オーソドックスなやり方であるが、ほっぺたをつねってみる。が、痛みはあんまり感じなかった。そこで、おもいっきりビンタをしてみた、今度は痛かった。
どうやら、死んでいないし、夢でもないらしい。
「そうか・・・助かったのか・・・」
あれだけの爆発と衝撃、飛行機は墜落したのだろうか、雄太は自分の身体に痛みがないか確認する。なんともない無傷だった。自分で思うのもなんだが、奇跡としか言いようがない。
(ところで、ここは?何時何分何曜日?)
彼はデジタル腕時計を見てみる。
「えっ!」
思わず凍りつく、液晶には何も映っていないのだ。爆発の衝撃で壊れたのだ。
(耐久性で、名を売っていた機種なのに・・・)
雄太は心の中で呟いた。
(他のみんなは!)
彼は立ちあがろうとするが、途端にぐらついて転びそうになる。
周りを把握する一面の海だ。ゴムボートに乗り、海上を漂っている。
(ボートは飛行機に搭載されたものだろうか、誰が自分を乗せてくれたのだろうか)
漂うボートには彼一人。
(生存者はいるのか?)
あれだけの爆発、そして恐ろしい高度からの落下だ。
雄太の楽観的な頭で考えても機上していた人が、自分を助けてくれたとは到底考えられなかった。
(では誰が?)
ここは洋上である。
(大型船が通りかかって助けてくれた・・・いや、ゴムボートに乗っけて、ハイサヨナラなんてない)
考えても答えがみつからない。
すると、一番の疑問に気がついた。
(俺はなんで生きているんだ・・・)
当然の疑問だったが・・・。
(まぁ・・・考えるだけ無駄か)
雄太は持ち前の楽天家ぶりを発揮すると、ごろりと仰向けに寝転ぶ。
ボートが揺れる。
(なるようにしかならん)
倒れ込む彼の逆さまの視界に、想像通り広がる海、海、海にうんざりと目を閉じようとしたが、
(人だ!)
波間に漂う人の姿を発見した。
ボート上からは、わずかに人影が見える。
だが、雄太は確信めいたものがあった。
(あれは、彼女だ。生きている!)
雄太は猛然と海に向かってダイブした。
が、目で見る海とは違い、実際は思ったより波の動きは激しい。
泳ぎが得意な彼でも海・・・洋上では勝手が違う。
子供の頃、足の着く浅瀬で泳いだ経験はなにも役に立たなかった。
それでもわずかであるが、彼女に近づいていく。
間違いない加奈だった。
彼女の長い髪が波間に揺らめいている。
それまで険しい表情だった雄太の顔が自然と綻ぶ。
瞬間、海水を飲み込んでしまい、激しくむせる。それでも、必死に彼女を目指す。
ついに、彼は彼女の腕を掴んだ。そのままぐいっと抱きしめる。
加奈の目は閉じられている。救命胴衣を着ていて、袋は大きく膨らみ、海中で立ったまま、顔だけぽっかりと浮かんだ格好だ。
(・・・まさか)
雄太は、うまく自由の利かない右手で軽く加奈の頬をつねってみた。全く、応答がなかった。
「くそっ!」
今度は、自分を現実の世界に戻したビンタを彼女にしようとした時、
「・・・う、う~ん」
と、反応があった。雄太は加奈を激しく揺さぶった。
ぱちり、彼女の目が開く。
「えっ、えっ、え~!」
事態を飲み込めていない彼女は、彼に抱かれていることにまず驚いた。
じたばたと暴れる彼女、だが、思うように自由が利かない。
激しく暴れたおかげで、したたかに海水を飲み込んだ。
「・・・・・・うみっ」
加奈はようやく事態に気づいた。
「・・・あの」
「とにかく、話はあとで、ボートに戻らないと」
しかし、ボートは波に流されて小さくなっている。
雄太は加奈を引っ張り、必死に泳いで、なんとかボートへ戻った。