プロローグ
プロローグ
「公爵令嬢エルドラ! 私はそなたとの婚約破棄を申し付ける!」
舞踏会にて声高らかにそう宣言する王太子リチャード。隣には男爵令嬢マリアがおり、身体を半分預けるようにしてリチャードにもたれかかっている。
リチャードはそんなマリアの肩を抱きつつの、先ほどの一言であった。
エルドラは状況が呑み込めず、思わず婚約者であるリチャードの顔をまじまじと見つめてしまう。
今宵は元来、エルドラとリチャードの結婚の日取りを発表する大切な夜会になるはずであった。
それがあろうことかリチャードは近頃入れあげている男爵令嬢にべったりとしており、ファーストダンスどころかまだ一度も自分と踊ってすらいないのだ。
そもそもエスコートの時点でエルドラは蔑ろにされ、今宵のパートナーは兄ディビットに頭を下げてお願いをした次第なのだ。
その上でのこの体たらくである。
「何をおっしゃっているのか、分かっておいでですか……!」エルドラは震える声でどうにかそう、リチャードに言葉を返す。
「それはこちらの台詞だエルドラよ。そなたが陰でこのマリアを色々といたぶっていた話は全て聞いているぞ! その上で何をのうのうと私の婚約者面をしている! 恥を知れ!」
エルドラはもはや何を言ってよいかもわからなくなった。無言のままただただ口を開け閉めするくらいしかすることが思いつかなかった。
そんなエルドラの脇にすっと並び立つ男があった。
誰あろう、第二王子のヘンリーである。
「兄上! 兄上はご自身の王太子としての立場をお捨てになるおつもりか!」
リチャードは鼻で笑った。
「何を言っているヘンリーよ。私は変わらず王太子であるぞ。そしてこの隣にいるマリアこそが真の王太子妃なるぞ。」
「兄よ!」ヘンリーは顔を上に向け、大仰に片手でその目を覆ってみせた。
エルドラとしても、もうどうしようもないのだと諦めるしかなかった。この方はエルドラとの結婚にどれほどの重い意味があるか、この歳になってもまるで分かっておられないのだ。
ここで王城の大広間に入口から波のようにざわめきが起こり、それからまるで海を二つに割るかのごとく、人々が左右に分かれ、二人の人物が間を通って中央へと歩み寄ってきた。
誰あろう、国王カールとその妻、王妃メアリーであった。
にやにやした表情の王太子リチャードは傍らに縋る男爵令嬢をことさら強く抱き寄せながら、そんな国王へ嬉しそうに言葉をかける。
「おや? 父王よ。良いところにおいでなさった。ちょうど今、ここにおる愚かなエルドラと婚約を破棄し、このマリアめを新しい婚約者として迎え入れるところなのです。父王に置かれましてはこの場でご承認いただきたい。
よろしく頼みます。」
顔を真っ赤にした国王カールは、唾をまき散らさんばかりの怒鳴り声を上げた。
「この大馬鹿者がぁーっ!」
その後、貴家を勘当された元男爵令嬢マリアは北の山奥の修道院へと連れて行かれ、生涯そこから出てくることはなかったそうだ。といっても彼女の生涯は数年程度であったようで、裏でなにがしかの処理がされたであろうことは想像に難くない。
また、元王太子リチャードは去勢されたうえでこれまた山奥の開拓村へと流され、こちらは50年あまりの人生を送ったようだ。
村は白ブドウが特産となり、リチャードは白ワインをつくるワイナリー経営者の一人として晩年はそれなりに名を博したようだが、最後はひっそり一人で命を失い、見送るものも少ない寂しい葬式であったらしい。
後を継いだ第二王子ヘンリーは賢王と称され、その妻エルドラも賢妃として二人で手を携え長き太平の世を王国にもたらした。
三人の子宝にも恵まれ、いずれも強く賢く美しく育ち、王国の未来は明るいものと誰もが信じるものであった。
こうして幸福のままヘンリーとエルドラは生涯を終えるはず……であった。
それがどういう訳だか、かつての王太子リチャードが死に戻り二度目の生を得ることにより、そのすべては失われてしまった。
こうしてリチャードにとっての地獄の二週目が始まったところから、本作品の物語は幕を開けるのである。