09
翌朝、リリが起きるとローランは既に起きていて、椅子に座って新聞を読んでいた。リリは洗濯物を受付に持って行こうと思ったのだが、部屋を見回してもかごが見当たらない。
「洗濯物のかご知らない?」
「それなら受付に持って行っておきましたよ。あ、余計なお世話だったでしょうか…」
昨日、荷物を片付けられて怒ったからか、ローランは急に不安そうな表情を浮かべた。
「ううん、ありがとう、助かる」
ローランはホッとした様子だ。リリも流石にこのくらいで怒ったりはしない。むしろ面倒なことを進んでやってくれて助かったと思ったくらいだ。
その後、宿の食堂で朝食を食べると早速ギルドに向かった。もちろんローランも付いてくる。
ギルドに着くとリリは受付に向かう。ローランも勝手知ったる様子で登録受付に向かったようだ。
「おはようございます。依頼の完了報告に来ました」
「はい、リリさんの依頼は…ドラゴンの調査ですね。先方からも完了の連絡が来ています。追加報酬も一緒にお渡ししますね」
顔なじみの受付事務女性から報酬を受け取る。
「リリさん、ドラゴンは討伐したんですか?」
「まさか。追い払っただけだよ」
「そうですか。でも無事で良かったです」
朝早かったため、ギルド内は人の姿がまばらだ。軽く世間話をしていると、ローランが戻ってきた。冒険者登録が済んだらしい。
「リリ、これから昇級試験を受けてきますので、待っていてもらえますか?」
「…じゃあ暇だから見学して良い?」
中級への特別昇級試験は、実戦形式の戦闘試験だ。元冒険者のギルド職員と戦うことになる。
ドラゴン姿のローランとは戦ったが、人間姿で戦っているところは見たことがない。どんな戦い方をするのか、どの程度できるのか確認しておこうとリリは思った。
「リリさんリリさん、そちらの男性は?」
事務の女性から尋ねられる。
「えっと…」
「リリの夫のローランと申します。リリがいつもお世話になっています」
「えぇ!?」
リリが何と答えようか迷っているうちに、またしてもローランに答えられてしまった。案の定、事務の女性は驚いている。
「あの、あのね、違うんだよ?」
「リリさん………おめでとうございます!!リリさんってば可愛いのに浮いた話の一つもなかったから、心配してたんですよ!優しくてしっかりしてそうな方じゃないですか!良かったですねぇ」
いやいや良くない。リリは違うと言っているのに、全然聞いている様子がない。女性がはしゃいでいるうちに、ギルドに数人いた冒険者も近寄ってきてしまった。
「なんだ?え、リリ嬢ちゃんが結婚!?まじか!こりゃめでたい!」
「おお!ついにリリちゃんにも好い人が出来たのか!いやー、おめでとう!!」
などと口々に言い始めるのだから、リリは参ってしまった。
リリは笑顔で応えるローランを睨むと、その腕を取り歩き出す。
「試験受けるんでしょ!行くよ!!」
背後から、照れ隠しかーとか、お熱いねぇとか聞こえてくるが、リリは逃げるように試験が行われる演習場に向かった。
演習場に入ると、既に試験官が武器を持って待っていた。リリは試験官に会釈して隅に立つ。
「ローランさんだね。試験のルールは受付で聞いていると思うが、相手の武器をはじくか、戦闘続行不能状態にした方の勝ち。今回は私に勝てなくても、中級レベルに達していると判断できれば合格だ。何か質問は?」
「魔法は使っても大丈夫ですか?」
「もちろん。魔法も実力のうちだからね」
「分かりました。ではお願いします」
2人が武器を構えると、試験官が「開始」と合図する。
合図とともに、ローランが試験官に向かって走りだす。試験官も予想していたのか、ローランの長剣をさっと避ける。何回か打ち合うと、ローランが後ろに下がった。
「ファイアボール」
ローランの頭上に火の玉がいくつか浮かび、1つずつ試験官に向かって飛んでいくが、試験官は難なく避けていく。最後の1つを避けたとき、試験官の背中が何かにぶつかった。後ろを見ると、いつの間にか土の壁が出来ており、それに背を付ける形になっていた。
「なっ、いつの間に壁が!?」
「アイスアロー!」
試験官がローランを見ると、無数の氷の矢が飛んでくるところだった。試験官が思わず目を瞑ると、カカカカッという音ともに氷の矢が試験官を囲むように背後の壁に突き刺さる。試験官が目を開けたときには、目の前にローランの剣が突き付けられていた。
「…降参だ。ローランさん、君は文句なく合格だよ」
「ありがとうございます」
「はー…私はこれでも元上級なんだが。しかも手を抜いていただろう?」
「バレていましたか。妻に良いところを見せたくて…お恥ずかしいです」
何が妻に良いところを見せたくて、だ!とリリは思いながらローランに歩み寄った。
「お疲れ様」
「ありがとうございます」
さっきまで戦闘していたとは思えない、爽やかな笑顔でローランは答える。顔は良いんだよなぁ、中身はお母さんみたいだけど、と内心思いながら、一緒に演習場から出た。