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08

「リリ、リリ!起きてください。夕飯にしますよ」


 リリはローランの声で起こされ、ごろんと転がりながらうっすらと目を開けた。目の前に黒いズボンが見え、目線を上げるとローランが見下ろしていた。


「んー…わざわざ起こさなくても良いのに」

「そのまま寝てたら夜中にお腹が空いて目が覚めますよ」


 仕方なく起き上がって靴を履こうとすると、靴下を履いていないことに気付いた。寝起きでぼんやりする頭で、脱いだっけ?と思いながら靴下を探す。


「夕飯の前にシャワーと着替えに行ってください」


 ローランを見ると、白いシャツに黒いズボン姿だった。そういえばさっきまで生成りのシャツに茶色のズボンだったよな、と考える。ローランは既にシャワーを浴びたらしい。

 タオルと着替えを渡され、宿の共用の風呂に向かおうとしてハッとする。


「え、着替え…なんであんたが私の着替えを用意するわけ!?」

「リリが寝ている間に荷物を片付けましたから」


 何でもない風に返され、リリは置いてあったはずの荷物を探すが、部屋のどこにもない。まさか下着まで勝手に片付けたのだろうかと焦ってクローゼットを開けると、案の定丁寧に畳まれた服がしまってあった。もちろん下着もきれいに整列している。

 乙女の下着を勝手に…!と羞恥に駆られたリリはキッとローランを睨んだ。


「ちょっと!勝手に片付けないでよ!普通下着まで勝手にしまう!?」

「リリが寝ている間、暇だったので。別に良いじゃないですか、夫婦なんですから」

「良くない!夫婦じゃないし、人の荷物を勝手に漁らないで!この変態!!」


 リリは怒りながら部屋から出ると、音を立ててドアを閉めて風呂に向かった。

 まったくローランという男は、夫婦と言えば何をやっても良いと思っているのだろうか。

 ああ腹立たしい、と思いながらシャワーを浴びていたが、温かいお湯で髪を洗って体を洗い流してすっきりするとだんだん怒りすぎたかな、という気がしてきた。リリに無断で荷物を片付けたのはやりすぎだと思うが、たぶん善意でやってくれたのだろうし…。

 シャワーを止めて体を拭き、新しい服を着る頃にはリリの怒りはすっかり消えてしまっていた。面倒臭がりなリリは、負の感情も長続きしないのだ。

 部屋に戻るとローランは椅子に腰かけて、窓から外を眺めていた。すっかり暗くなった街並みに、店の明かりが行き交う人々を照らし出している。


「あの、ローラン。さっきは言い過ぎた。ごめん。あと片付けてくれてありがとう」

「いいえ、私の方こそすみませんでした。浅慮でした」


 お互いに謝ると、沈黙が降りる。

 リリは先ほどまで着ていた服を部屋に置いてあるかごに入れた。この宿は服の洗濯サービスをやっていて、かごに洗濯物を入れて受付に持って行くと、洗濯しておいてくれる。有料だが、リリは自分で洗濯するのが面倒で、いつも頼んでいた。


「外、見てたの?」

「ええ。この街は活気がありますね」


 リリもローランに近づき、窓から外を眺める。リリにとっては見慣れた風景だが、ローランはここ20~30年はドラゴンの里で暮らしていたらしく、久しぶりにこんなに人間がいるのを見たと言った。


「リリ、髪がまだ濡れてます」


 ローランはそう言うと、リリの手からタオルを取り、後ろに回ってそっと拭いてくれた。最後に魔法で残りの水分を飛ばし、ショートカットの髪を手櫛で整えてくれる。

 リリはローランの手が存外に心地良くて、なされるがままになっていた。まだ出会ったばかりなのに、気を許しすぎている気がするが、優しい手つきに振り払う気が起きなかった。

 ローランの行動はなんというか、そう、母親みたいだな、と思った。子供の世話をする母親。異性というよりも母親のようだから、気を許してしまっているのだろうか、とリリはぼんやり思った。

 宿の食堂で夕食を取って部屋に戻るが、まだ寝るには少し早い。リリはローランが片付けた荷物を確認したり、買い出しが必要なものを書き出したりしてから、街に着いたときに買っておいた新聞を読み始めた。ローランは長剣やナイフを取り出すと、手入れを始める。

 新聞を読み終えると、リリはそろそろ寝ようかと支度を始めた。それに気付いたローランも、武器を片付け始める。


「そういえば、明日はどうするんですか?」

「明日はギルドに行って依頼の完了報告と、次の依頼探しと、買い出しかな。ローランはどうするの?」

「私も付いて行きます。冒険者登録したいので」


 リリはまさか、と思った。


「もしかして私の依頼に付いてくるつもり?」

「そうですけど」

「えー、なんか保護者同伴みたいだからやめてよ」

「ほ、保護者!?」


 なぜかショックを受けているローランをよそに、リリは依頼なら私と別々に受けてよ、と言った。


「…夫たるもの、妻のサポートをするのが当然です。それに私は昔冒険者をやっていたこともありますし、役に立ちますよ?戦力だって上級レベル以上ですし、野宿の際の食事も作ります」


 野宿の食事は魅力的だが…。


「でも登録したって最初は初級でしょ?初級と上級じゃ受けられる依頼が違うじゃん」

「級を上げるには一定数の依頼をこなした上で試験を受けるんでしたっけ?でも確か、特別試験に合格すれば、すぐに中級に上がれますよね。更に上級の同行者がいれば中級でも上級の依頼を受けられたはず」


 リリはむむ、と唸った。確かにそういう制度があるが、まさかローランが把握しているとは思っていなかった。分が悪いと見るや、リリは会話を打ち切りベッドに横になった。考えても仕方ないことは考えない。とりあえず明日の自分に丸投げだ。

 リリは目を瞑った。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


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