05
モソモソと携帯食料を食べ始めると、ローランがあっ!と声を上げた。
「ちょっと待ってくださいと言ったじゃないですか!」
「え?なんで?」
「せっかくスープを作ってるのに」
ん?とリリは首を傾げた。まさかリリにもスープを分けてくれるのだろうか?
「当たり前じゃないですか!むしろなんで分けないと思ったんですか?」
「いやー、だってあんたが勝手に付いて来てるだけで、他人じゃない」
「は、ん、りょ!どこの世界に自分の分しか食事を用意しない夫がいるんですか!」
「はぁ…」
伴侶といわれても、そもそもリリはそれを認めていないし、たまたま行先が一緒になって同行しているくらいの気持ちなのだ。だから当然食事も各々で、と思っていた。
「分けてくれるなら頂くけど、私は自分の分しか持ってないから、何もあげられないよ?」
「別に見返りが欲しくてやってるんじゃありませんから」
ならなぜ?とリリは再び首を傾げた。
「夫だからです」
「そうそれ、伴侶とか夫とか言ってるけど、あれは完全に事故だったじゃない?あんただって不服なんでしょ?なのになんでこんな、普通の夫婦みたいに振る舞おうとするわけ?」
リリは心底不思議でローランに尋ねた。出会ったばかりの他人なのに、いとも簡単に伴侶であることを受け入れ、そう振る舞うのは違和感しか感じない。
「人間には理解できないかもしれませんが…ドラゴンにとって、儀式は神聖で絶対なんです。決闘で負ければ絶対服従ですし、結婚すれば生涯お互いだけを伴侶として大事にする。事故だったとしても、決闘で翼を触られて貴女に負けた時点で、私は一生貴女のものですし、それを不服に思うことすらありえないんですよ」
「うーん…理解できないけど、とりあえず重いことだけは分かった」
リリはちょっとげんなりして言った。ローランの言うことが正しければ、リリは一生ローランにまとわりつかれるということだ。正直、面倒臭いという感想しか出てこない。
「私に恋人がいたり、結婚してたらどうするの?」
「えっ………いるん、ですか?」
「いやいないけど。これから好きな人とかできるかもしれないじゃん」
「ドラゴンの文化に浮気というものはありませんが、人間が時に平然と浮気や不倫をするのは知っています。ですが浮気は許しません」
いや許しませんって言われても、とリリは思った。ローランはリリと夫婦であることに何の疑問も困惑も抱いていないようだが、リリは未だにローランとは赤の他人のつもりである。今のところ恋人も好きな人もいないが、今後どうなるかは分からなかった。
しかしこれ以上話しても平行線のような気もして、リリは会話を打ち切った。ちょうどスープも出来上がったようだ。ローランが椀にスープをよそって手渡してくるので、ありがと、と言って受け取った。
スープを一口飲むと、じんわりとお腹に温かいものが広がる。
「美味しい」
「でしょう?余裕がある時は、野宿でも美味しいものを食べたほうが良いに決まっています」
自身もスープに口を付けながら、ローランは少し誇らしげに言った。
「ドラゴンなのに料理上手とか…」
自炊をほぼしたことがないリリは、なぜだか負けたような気分になった。
ローランはスープの出来に満足したのか、今度はパンをちぎって食べている。リリはそれを横目に見ながら、携帯食料と温かいスープの食事を終えた。
食事を終えると、早々に休むことになった。その分明日は早めに出発する予定だ。
リリが先に寝て、途中で見張りを交代することになったので、リリは毛布を出すと横になった。赤の他人、しかもドラゴンで男相手に無防備すぎるかもしれないとは思ったが、不思議と警戒心は抱かなかった。むしろ安心すら感じていることにリリは内心首をかしげながらも、あっという間に眠りについた。
夜半に起きて見張りを交代し、日が昇るころにはまたローランが起きだしてきて、昨日のスープの残りを温め始める。
言葉少なに朝食を終えると、ローランは魔法で水を出して椀や鍋を洗い、魔法で風をおこして乾燥させ、魔法で土を掘り起こしてたき火の後を消した。
「昨日も思ったんだけど、ローランはちょっとしたことにも魔法を使うね」
ローランは飲み水を出すにも火をおこすにも、魔法を使っていた。リリは魔力が多い方ではあるが、土を掘り起こすのにまで魔法は使わない。朝からいちいち魔法を使っていては、いざという時に魔力が足りなくなる可能性もあるのだ。
「ああ、私はドラゴンですから、人間よりも魔力が多いんです。魔力が枯渇する心配はまずありません」
「ふーん。便利だねぇ」
リリは真似する気はないが、こうしていろいろと率先してやってくれるのは非常に助かる。ローランとの旅路は予想外に快適なものになりそうだった。