03
「…?」
リリがドラゴンを振り返ると、ドラゴンは小刻みに震えて口をパクパクさせていた。
「あ、あ、あ…貴女は!自分が何をしたか分かっているんですか!?」
「え?」
「つ、翼に触れるなんて!」
何を言っているのだろうとリリが考えていると、ドラゴンが畳みかけるように言った。
「異性のドラゴンの翼に触ることは、結婚するということなんですよ!?」
「…は?」
目を点にしたリリに構わず、ドラゴンは話し続ける。
通常、ドラゴン同士の結婚はお互いの翼を触りあうことで成立する。だがどちらか一方がそれを拒絶した場合、決闘で結婚を決める場合がある。結婚を申し込んだ方が相手の翼に触れば結婚できる、逆に結婚を拒否した方が相手の逆鱗に触れれば結婚は成立しない。
「えー…っと、つまり私はあなたに求婚して、決闘の末、勝利して結婚することになったと?」
「そうです!なんてことしてくれるんですか!!」
いやいやそんなことを言われても、とリリは思った。そもそもドラゴンの結婚の儀式?なんて知らなかったし、今回のことは完全に事故である。
「私だって結婚とか困るし…そうだ!事故だったし、誰も見てなかったんだから、なかったことに」
「それはできません」
「なんで?」
「ドラゴンの結婚の儀式は神聖なものです。他に誰も見ていなかったからといって、なかったことになどできません。とにかく、結婚は成立してしまったんです」
まじめな口調で語るドラゴンに、リリは融通が利かないなぁと頭をガシガシかいた。
リリだって世間的に言えば結婚して子供の1人や2人、産んでいてもおかしくない年齢である。そのうち自分も恋愛したり、結婚することもあるのかなと漠然とは思っていたが、まさか事故でドラゴンと結婚してしまうとは…。いやそれ以前に、ドラゴンと結婚って生活はどうするのだろうか?まさかリリがドラゴンに合わせて洞窟とかで寝起きしなければならないのだろうか?
「いや、ナイから。ドラゴンと結婚とかありえないし。そもそも人間とドラゴンなんて種族も違うし無理でしょ」
「いいえ、ありえなくないです。数は少ないですが、人間と番うドラゴンは一定数いますよ」
「はぁ?」
「ドラゴンは長命ですから、子供ができにくいのです。そこで子供ができやすい人間と結婚して、子供を作るドラゴンもいます。ドラゴンの力が強すぎるのか、生まれる子供は皆ドラゴンですが」
リリはちょっと待て、と思った。体長3メートルもあるドラゴンと人間で、どうやって子供を作るのだ。どう考えても無理があるだろう。
「ドラゴンは人型にもなれますから」
ドラゴンの一言に、リリはまたはぁ?と声を漏らした。見ていてくださいと言うと、リリが見ている前でドラゴンはみるみるうちに縮んでいき、人型になった。
リリの目の前には、腰まである銀髪をさらりとゆらす、少しきつめだが整った顔をした青年がいた。20代中頃だろうか。程よく筋肉がついており、均整の取れた美しいスタイルである。
ただし全裸だが。
「ちょっ!!!服!服を着て!!」
リリはさっと顔を背け目をつむった。冒険者歴7年で上級であるリリはそれなりの修羅場も潜ってきたし、大抵のことでは動じないが、さすがに今回は平静を保っていられなかった。
「あ!ふ、服…!着てくるから、ちょっと待っててください!」
ドラゴンは焦った声で言うと、どこかへ走り去った。
気配が去ると、リリは未だバクバクしている心臓を押さえてその場にしゃがみこんだ。見てしまった。うわぁ、見てしまった…。
しばらくそうしていると、今度はちゃんと靴音を鳴らしてドラゴンが戻ってきた。一般的な男性が着ているような、生成りのシャツに茶色いズボン姿だ。
リリは遅まきながら、さっさと逃げるべきだったと思ったが、後の祭りだった。
「お待たせしました」
「いや、別に待ってたわけじゃないけど。それよりなんでドラゴンが人間の服なんか持ってるわけ?」
「私の父は人間です。幼いころは人間の町で暮らしてましたし、今でも時々町や村に出てるんですよ」
「ふーん…でも人間の姿になれるからって言っても結婚はしないから」
「いえ、するしないではなく、もうしたんです。私だって困ってるんですよ」
じゃあなかったことにしてよ、とリリは再度言ったが、ドラゴンは首を振るばかりだった。
「とにかく、結婚してしまいましたし、私は決闘に負けたので、貴女に付いていきます」
そう言うと、ドラゴンは大きめの麻袋を背負い直した。着替えるついでに荷造りもしてきたのだろうか。
全く退く気のないドラゴンに、リリはため息をついた。
「はぁ…面倒くさ…もう付いてくるのは勝手だけど、私は結婚したつもりはないからね。間違っても手を出したりしないでよ?もし変なことをしたら殺すから」
「なっ!同意も無しに手を出したりしません!」
「あっそ」
リリはそう言うと、ドラゴンに背を向けて歩き出した。ドラゴンはリリの後を付いて歩く。