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 翌日、午後のお茶の時間にリリはローランを伴って王宮を訪れた。昨日の今日だというのにリリのことは周知されたらしく、王宮内にすんなり通され、離宮に案内される。


(懐かしい…)


 かつてリリが住んでいた頃と変わらない様子に、リリはそっと周りを見回した。離宮には庭園や中庭があるが、今回はそのうちの1つにある東屋でお茶をするらしい。案内された先には、既に母親のメアリとウィルヘルムが待っていた。


「お母様、お兄様、お待たせいたしました」

「リナリア…!立派になって!」


 メアリが立ち上がり、リリを抱きしめた。


「ああ、元気そうで本当に良かった…昨日はずいぶんと無茶をしたようね。でも無事で良かったわ」

「お母様、今までご心配をおかけしてごめんなさい。ようやく会いに来ることができました」


 抱擁を解くと、メアリはハンカチで目元を拭った。


「今は冒険者をやっているんでしょう?この格好は冒険者としての服装なの?」


 リリは今日、あえていつも依頼を受ける時に着ている服装をしていた。王宮に戻るつもりがないこと、冒険者を続けるつもりであることを示すためだ。


「ええ、そうです。これでもそこそこ名の知れた冒険者なんですよ」


 リリの格好が物珍しいのか、メアリはリリを上から下までしげしげと眺めた。姫としてならばこんな格好ははしたないと怒られるところだろう。また、貴族の女性は髪は長く伸ばすのが良いとされているので、ショートカットの女性自体、見たことがないはずだ。

 メアリが満足する頃合いを見計らって、ウィルヘルムから声がかかった。


「リナリア、そちらの男性を紹介してくれるかい?」

「はい。彼は夫のローランです」

「お母様、初めまして。ローランと申します。ウィルヘルム殿、昨夜はリリを…リナリアを助けていただきありがとうございました。素晴らしいタイミングでした」


 ローランの言葉にウィルヘルムは首を傾げた。


「お兄様、ローランは昨夜のドラゴンです」

「…何だって?」


 普通の人間はドラゴンが人間の姿に変身できることを知らない。王家の人間ですら、この国のどこかにドラゴンたちの住まう里があるらしい、とかろうじて伝え聞いているくらいだ。

 ウィルヘルムは昨夜のドラゴンと目の前のローランが結びつかないらしく、しばらく言葉を失っていた。

 一方でメアリはドラゴンに対する知識がほとんどないので、そういうものかと受け入れたらしい。


「ローランさんはドラゴンに変身してリナリアを助けて下さったの?」

「いえ、ローランはドラゴンが本当の姿で、私に合わせて人間の姿に変身してくれているのです」


 リリの言葉にメアリはそうなの、と納得したようだ。ウィルヘルムは衝撃からまだ立ち直れない。

 そこでローランが進み出て言った。


「お母様、ウィルヘルム殿、結婚のご挨拶が遅くなり、申し訳ございません。また、もう1つ謝らなければならないことがあります」


 謝らなければならないことって何だろうとリリも首を傾げた。


「私はリナリアに、あるドラゴンの秘儀を行いました。それは人間の寿命をドラゴンと同等に延ばすというものです」

「…ドラゴンの寿命は長いのかい?」

「はい。平均で500年は生きます」


 メアリとウィルヘルムは言葉を失った。リリの寿命が知らぬ間に延ばされていたのだ。それは自分たちが死んだ後もずっとリリが生き続けなければならないということ。ドラゴンと共に生きるにしたって、リリは人間だ。自分の姿が変わらないのに、周りの親しい人間が老い、死んでいくのは辛かろう。


「それは…リナリアも望んだことなの?」

「そうです。お母様、私がローランに頼んだのです。ローランと共に生きたいと」


 リリの言葉にメアリはそう、と呟いた。


「リナリアが納得しているなら、わたくしから言うことは何もありません。どうか幸せになってね」

「お母様…ありがとうございます」


 ウィルヘルムもメアリと同じ意見のようだ。特に何も言うことなく、リリを優しい瞳で見つめていた。


「さあ、ずっと立ち話というのも疲れるだろう。座ってお茶にしようか」


 ウィルヘルムの合図で侍女たちがお茶の用意を整えていく。リリとローランも引かれた椅子に座ると、温かい紅茶が目の前に置かれた。

 それからはリリがどうやって冒険者になったかや、どんな生活をしているのか、ドラゴンの里についてなど、様々な話をして過ごした。

 時間はあっという間に過ぎ去り、気付けば夕陽が差す時間になっていた。


「まあ、もうこんな時間?少し肌寒くなってきたわね。ねぇリナリア、しばらく泊まっていってくれるんでしょう?」


 リリはローランの方を見た。


「久しぶりの再会なんですから、心ゆくまでお話ししてはいかがですか?」

「良いの?」

「もちろん。私は夫ですから、リリのいるところが私の居場所です」


 そうしてリリたちは離宮に1週間ほど滞在した。話題は尽きず、リリとメアリは離れていた間を埋めるように毎日話をした。公務の間をぬってウィルヘルムが参加することもあった。

 リリは他のきょうだいたちにも会うことができた。もっともさすがに全員と仲が良かったわけではなかったから、会わなかったきょうだいもいるし、既に嫁いだり領地を賜ったりして王都を離れている者とは会えなかったが。

 1週間の滞在を終え、王宮を離れる日、メアリとウィルヘルムが見送りに来てくれた。


「もう行ってしまうのね…」

「はい。お母様、冒険者には級があって、一番上の特級になると王家から指名依頼が来るんですよ。もし私が特級になったら、冒険者のリリを指名してくださいね」

「リナリア…ええ、ええ、きっとそうするわ。でも時々は顔を見せに来てちょうだいね」

「もう追われる身ではありませんから、手紙も書きます。だからお母様、泣かないで」


 リリははらはらと涙をこぼすメアリを抱きしめた。


「ごめんなさいね、笑顔で見送ろうと思っていたのだけれど」


 メアリもリリを抱きしめ返す。

 ローランとウィルヘルムはそれを黙って見ていたが、ふとウィルヘルムがローランに話しかけた。


「ローラン殿、妹のことをどうか頼みます」

「ええ、お任せください。リリの笑顔は私が守ります」


 2人が固い握手をしている間に、メアリはハンカチで涙を拭いた。


「それではお母様、お兄様、行ってまいります」


 リリは晴れやかな笑顔を見せると、ローランと並んで王宮を後にした。





「リリ!顔は洗ったんですか!?」

「今から洗う!」

「回復薬はちゃんと鞄に入れましたか?」

「入れた!」

「財布は持ちました?」

「持ったってば!もう!あんたは私の母親か!?」

「違います、伴侶です!」

「じゃあ伴侶らしくしてよ!!」


 ここはとある王国のとある街。今日は朝から依頼が入っており、少し寝坊したリリはバタバタと準備をしながらローランと言い合っていた。

 リリが顔を洗いに行こうとすると、なぜかローランがドアの前に立って行く手を阻む。


「な、何?」


 リリが怪訝な顔で問いかけると、ローランはリリの腰に手をまわし、ぐいと体を近付けた。

 そのまま顔が近づいてきて、ふに、と唇が触れ合った。


「…なんで今キスしたの?」

「伴侶らしくしてと言ったので」

「いや、言ったけど!言ったけどそういうことじゃない!」

「じゃあどういうことです?」

「…っもう!分かってるくせに!言葉の綾ですー!」


 リリがぐいとローランの胸を押すと、ローランは抵抗せずに離してくれた。ぱたぱたと部屋を出て行ったリリを、ローランは目を細めて見送った。


「さてと、今日も忙しくなりそうですね。リリといると飽きなくて良いですけど」


 リリが戻ってきたらいつでも出られるように準備して、ローランはベッドに腰かけて待った。

 今日はどんな世話を焼かせてくれるんだろうか、と思いを馳せながら。

拙作を最後までお読みいただきありがとうございました。

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