17
リリとアイシャが椅子に座り、ローランがベッドに腰かける。
「リリ、先ほどの話の続きですが…」
リリはローランの方を向き、話を聞く態勢だ。
「私はドラゴンの里の、長の孫です。100歳を超えたあたりからでしょうか、結婚しろと周りがうるさくなってきたんです。私はあまり結婚に前向きでなく、のらりくらりとかわしていたのですが、だんだん里の女性たちのアピールが激しくなってきて、ある日夜這いをかけられて逃げ出しました」
ローランは自分が整った顔立ちの上に、里長の孫、つまり次期里長であるという好物件であることを自覚していた。年々あからさまになる女性からのアピールに辟易していたところに夜這いである。貞操の危機を感じて里から飛び出したのだった。
「それで辿り着いた先でリリと出会ったんです」
リリはなるほど、と納得している。アイシャが笑った理由も分かったのだろう。結婚が嫌で里から出たのに、たったの1ヶ月で伴侶を連れて戻るなんて、格好がつかなさすぎる。
「で、なんでリリちゃんと結婚することになったわけ?」
アイシャがニヤニヤしながら尋ねてくる。ローランが黙っていると、アイシャは今度はリリにターゲットを変え、何があったのか聞き出そうとした。
リリは言っても良いのかとローランを窺っている。
ローランは仕方なく経緯を話した。
「アハハ、噓でしょ、事故って…!誰も見てなかったんだから、なかったことにすれば良かったのに」
「え?」
リリには神聖な儀式だからなかったことにはできないと説明してある。ローランはアイシャの一言に焦った。
「どうせ神聖な儀式だから~とか言ってローランがごり押ししたんでしょ?本当はそこまで厳格なものじゃないからね。どうせローランがリリちゃんに一目惚れしたってところでしょう」
一目惚れは大袈裟だが、確かに言われてみればリリと結婚してしまった時、ローランは本当に嫌ならなかったことにできた。だがしなかったということは、少なくとも好意に近いものを感じていたからなのかもしれない。
「ローラン…一目惚れって本当?」
「それは…その、そこまでじゃありませんけど、まぁ嫌ではなかったと言いますか…」
「そ、そうなんだ…」
その場に何とも言えない空気が漂う。
「なんだかアツいわねぇ。窓でも開ける?」
相変わらずニヤニヤしているアイシャを、ローランは睨みつけた。
「それはそうと、里にはお披露目に来るのよね?リリちゃん可愛いから、結婚衣装が似合いそうだわぁ」
「姉上、今回は…」
事情を説明して良いかリリを見ると、こくんと頷いた。
ローランはリリの事情と身を隠すために里に行くことを話した。
「あらま、そうなの?じゃあおじい様にも説明しておくわ。それから魂分けはまだよね?早めにしといた方が良いと思うわよ」
リリがなぜ?と言う顔でローランを見た。
「魂分けをすると、寿命が延びるだけでなく、魔力の増加、身体能力の向上など様々な恩恵があるんです。それに…」
一瞬言いよどんだローランの後をアイシャが続ける。
「それにね、ローランの気配が混ざるから、一発でローランの伴侶だって分かるようになるわ。里にはまだローランの妻の座を狙う子がたくさんいるし、はっきりさせといた方が良いでしょう。遠くからでもお互いの気配が感じられるようになるし」
「そうなんだ…」
リリは納得したような顔をしているが、魂分けをするということは、ローランと同じ時を生きるということだ。まだリリにはそこまでの覚悟はないだろう。
「ちなみにその魂分けの儀式って、どうやるの?前に聞いたときは教えてくれなかったよね」
「あら、ローラン、教えてないの?恥ずかしがるような年齢でもないでしょうに。私が教えてあげようか?」
「姉上は余計なことを言わないでください。ちゃんと私から説明します」
ローランがそう言うと、アイシャはそれもそうね、と引き下がった。
一通り事情の説明も終わったところで、外を見ると太陽が天高く昇っていた。もう昼食の時間らしい。アイシャが美味しい店を知っているというので3人で食べに行った。
昼食中、アイシャは上機嫌でローランの幼いころの恥ずかしい話を暴露し続け、ローランは息も絶え絶えだった。リリが楽しそうにしていたので、強く抗議できなかったのだが。
昼食後、宿の入り口でアイシャとは別れた。アイシャは一足先に里に戻り、ローランたちのことを伝えておいてくれるのだ。
強行軍の疲れもあるので、今日はもう部屋でゆっくりしようということになり、部屋で荷物を整理したり、武器の手入れをしたりとゆったり過ごした。