13
ぱちり、と目が覚めた。カーテンの隙間から弱い朝日が差し込んでいる。まだ朝早いようだ。
リリが起き上がって隣のベッドを見ると、美しい顔の男が眠っている。起きていると少しきつめに見える顔も、こうして眠っていると幾分か和らいで見える。
シーツに散らばった銀髪が朝日に反射して輝いていて、手を伸ばしてそっと一房手に取ると、さらさらと零れ落ちていった。そういえば昨夜、ちゃんと乾かさないと髪の毛が痛むとか言っていたような気がする。ローランはいちいち女子力が高すぎるのではないだろうか。
しばらく眺めていると、ローランが身じろぎして目を覚ました。
「おはよ」
「…おはようございます」
寝起きでかすれた声が存外に艶っぽくて、ドキリとする。
「顔、洗ってくる」
リリはベッドから降りるとそそくさと顔を洗いに行った。
顔を洗いながら、なんだかヤバいな、と思う。こまごまと世話を焼いてくれるローランにかなり気を許している上に、ふとした瞬間にドキリとしてしまうのだ。しかもローランはイケメンである。破壊力が半端ない。
顔を洗って戻ると、ローランもちょうど戻ってきたところだった。
「依頼は完了したんですよね。エルールの街に戻りますか?」
「うん」
「戻りはどうします?また飛んで帰りますか?」
「そうだね、ローランが嫌でなければ」
ローランに抱きかかえられて空を飛ぶのは、かなり気持ちよかった。こんな経験ができる人間は、そうそういない。できれば日中に飛んでみたいが、さすがにそれはできないだろう。
「では今夜戻りましょうか。それまではどうしますか?」
「うーん、特にやることないし、午前中は町をブラブラしようかな。午後からは昼寝だね」
「では私は裁縫道具を買ってきて繕い物でもします」
ということで、宿で朝食を食べた後、2人は別行動した。市場で店を冷かしつつ歩きながら、そういえばローランと出会ってから初めての別行動だなと考える。たったの数日行動を共にしただけだが、既にリリはこれが夫婦の距離感なら悪くないかも、と思い始めていた。
何しろローランはまめな男で、しかも距離感も近すぎず遠すぎず、リリのことを尊重してくれる。面倒臭がりなリリにはちょうど良いのかもしれない。ドラゴンという点に関しては一考の余地ありだが、だからこそ逆に信頼できるともいえる。これが見ず知らずの人間だったら、何か裏があるのではと考えるところだ。
そんなことを考えながら午前中はのんびり過ごし、昼食を食べて宿に戻る。
「おかえりなさい。服は直りましたよ」
ローランがリリの破れた服を広げる。裂けていたところは綺麗に直され、遠目には全く分からなくなっていた。本当に器用な男である。一体いつどこで裁縫など習得したのだろうか。
「ありがと!私だけだったら捨ててたから、助かる」
リリは服を受け取ると鞄にしまった。
「じゃあ後は昼寝して、夜に備えよっか」
「そうですね」
そうして2人は揃って昼寝をし、夜には町から少し離れたところからエルールに向けて飛び立った。
翌朝、2人はエルールの街から少し離れたところに降りて朝食を食べ、人々が動き出す時間帯になってから街に入った。
ギルドに直行し、依頼完了の手続きを行う。
「リリさんこれ…ずいぶん早くないですか?」
「え?」
「カルザスだったら馬車で片道3日くらいかかりますよね?もう行って帰ってきたんですか?」
「あ、えっと…行ってきました」
「どうやって?」
ヤバい。往復で1週間はかかる依頼なのに、3日くらいで帰ってきてしまった。まさかドラゴンに抱っこされて飛んでいきましたと言うわけにもいかず、リリはどうしようかとかなり焦っていた。
ローランに助けを求めようと後ろを振り返ると、いつの間にかすぐそばに1人の冒険者の男が立っていた。
「ヴィドー!」
「よう嬢ちゃん。結婚したんだって?ちょっと詳しく話聞かせてくれよ!」
ヴィドーは30歳くらいの上級冒険者で、たまにリリが臨時パーティーを組むことがある男だ。ちょっとチャラい感じがするが、根は優しく懐に入れた者に対しては情が厚い、信頼できる人間だ。
「ほら、あっちで自称旦那も尋問受けてるぜ」
リリの腕を掴んで連れて行こうとする様子に、受付の男性が声を上げる。
「ちょっとヴィドーさん、リリさんはまだ手続き中ですよ」
「んあ?討伐部位は揃ってんだろ?依頼も早くこなして大助かりじゃねぇか」
「ですが…」
「嬢ちゃんは依頼をごまかしたりしねぇって。今回も早馬でも使ったんだろ。ほれ、早く報酬寄越しな」
ヴィドーの言葉に受付の男性も渋々報酬を用意する。リリは、寄越しなって…と呆れて受け取りながらも、助かったと内心ホッとしていた。
そのままローランが男たちに囲まれている一角まで連れていかれる。
そういえばカルザスに行く前も囲まれてたなと思いつつローランを見ると、やはり夫であると堂々と受け答えしていた。
「おーおー、やっかまれてるなぁ。ま、ぽっと出のどこの馬の骨とも分からん男に搔っ攫われちゃあ皆黙ってねぇわな。嬢ちゃん人気あったし」
「え?そうなの?」
リリには男性からアプローチされた記憶が一切ないのだが。
「そうだぜ。でも嬢ちゃんそこそこ強いだろ?嬢ちゃんより弱い男は誘いづらかったんだよ」
「ふーん…」
てっきりリリはモテないのだと思っていたので、ちょっと嬉しいような恥ずかしいような気持ちだ。
「あっ、リリ!リリからも何とか言ってください!皆さん信じてくれなくて」
ローランがこちらに気付き、ちょっと眉根を下げて言う。
リリはどうしたものかと迷った。まだ結婚については認めていないが、悪くないなぁとちょっと思い始めているのだ。そこに恋愛感情はないのだが、恋愛と結婚は別物とよく言うし。
「結婚したつもりはないけど、一緒の部屋には住んでる、かな」
リリがそう言うと、男たちは大袈裟なほどに驚き、嘆いたりローランに掴みかかったりと忙しい。
結婚の噂は既にギルド中に広まっているらしく、ものすごく注目されている。中には拍手までしている女性までいる。
リリは面倒臭くなってきて、ローランの腕を引くとギルドから連れ出した。ずんずん歩くリリに付いてきながら、ローランが尋ねる。
「リリ、次の依頼は見なくていいんですか?」
「うん。今回の依頼の報酬が良かったから、2~3日お休みにしようかと思って。はい、これローランの分の報酬」
「ありがとうございます。ところでリリはお休みの日はどんなことをするんです?」
「んー、買い物したり、図書館に行ったり…街の近くの湖に行ったり」
そう言いながら、リリは今回の休みはどうしようかな、と考える。最近は本を読む機会が少なかったから、読書に勤しむのも良いかもしれない。
「ローランはどうする?」
「そうですね…とりあえずエルールの街の探索でしょうか。どこに何があるのか全く分からないので」
「じゃあ案内しようか?」
リリが提案すると、ローランは目を丸くしてリリを見つめた。
「嫌だった?」
「まさか。意外だったもので」
「案内くらいするよ!別にその、ローランのことが嫌いなわけじゃないし…」
「そうですか!」
嫌いじゃないと言っただけなのに、ローランは嬉しそうに顔を綻ばせた。その笑顔にドキリとして、リリはこれだから顔のいい奴は…と思った。
一晩中飛んでいたので今日は休むかと尋ねれば、リリが大丈夫ならこれから案内してほしいと言う。それなら宿に荷物を置いてからということになり、2人は宿に向かった。
夕方まで街を案内すると、さすがにリリも疲れてきた。広場のベンチで少し休憩することにして座り、なんとなく噴水を眺める。
「こうしていると、デートみたいですね」
「デートぉ!?」
ローランのセリフにリリは驚いた。そんなつもりは全くなかったのだ。だが言われてみれば、そうかもしれない。今なんて屋台で買ったクレープを食べているし、傍から見ればデートしているカップルに見えるかもしれない。
「私たちは全部すっ飛ばして結婚してしまいましたから、たまにはこういうのも良いですね」
「…」
たまにはどころか、まだ出会って数日ですけど。と喉元まで出かかって、リリは結局言うのをやめた。ローランが嬉しそうで、水を差すような気がしたからだ。
リリは黙々とクレープを食べた。
その後も街を案内して回り、夕食を食べてから宿に戻る。シャワーを浴びて部屋に戻ると、ローランに手招きされて椅子に座らされる。どうやらまた髪を乾かしてくれるらしい。
リリは黙ってタオルを渡した。どうせ自分では適当に拭いて終わりなのだ。ローランがやりたいというならやってもらおう。それに優しく拭かれるこの時間が、リリは結構気に入っていた。
髪を乾かし終えると、今日はさっさと寝ることにした。体力がある方だと言っても、夜中に移動してそのまま活動していたのだ。リリは眠くなっていた。
「リリ、今日はありがとうございました」
「どういたしまして」
「おやすみなさい」
「ん。おやすみ」
そうしてリリは眠りについた。




