01
「リリ!顔は洗ったんですか!?」
「今から洗う!」
「回復薬はちゃんと鞄に入れましたか?」
「入れた!」
「財布は持ちました?」
「持ったってば!もう!あんたは私の母親か!?」
「違います、伴侶です!」
「じゃあ伴侶らしくしてよ!!」
朝からやんややんやと言い合う2人は、これでも夫婦だ。
リリはまだ若い女性であるが、上級冒険者としてそこそこ名を馳せている。だがちょっとものぐさなところがある。その伴侶のローランは、ひょんなことからリリの伴侶となったドラゴンだが、今は人型をとってリリと一緒に暮らしている。
これは2人が結婚して、冒頭のような会話を繰り広げるようになるまでのお話。
その日、上級冒険者のリリは、そこそこ大きい街の冒険者ギルドで、依頼の張り出されている掲示板を眺めていた。ちょうど多くの冒険者が依頼を受けに来る時間帯なので、周りはガヤガヤと騒がしい。
リリは弱冠22歳という若さの上に、女性のソロで上級になったということで、そこそこ名の通った冒険者だ。
冒険者には初級、中級、上級、特級の4つのレベルがあり、初級は駆け出し、中級はそこそこ、上級は名前が知られ、特級は国からの依頼を直々に受けるレベルの実力だ。
リリが1枚の依頼書に手を伸ばす。それはこの街から馬車で1日の距離にある小さな村からの依頼で、ドラゴンを目撃したから調査してほしいという内容のものだった。もし追い払えたら追加報酬も出るようだ。
ドラゴンはあまり人を襲わない。何故なら人と同じく知能が高く、理性的だからだ。知性がなく人間を食べるために襲ってくるモンスターと違い、ドラゴンは会話ができる。人間から手を出さない限り、襲ってくることはまずない。
とはいえ、ドラゴンはその巨体と畏怖を覚える見た目から、多くのか弱い人間からは恐れられていた。会話ができることもあまり知られていない。
(ドラゴンは討伐しようとすれば、上級が数人がかりでやっと倒せるかというところだけど、調査するだけなら私だけでもできそう。よし、この依頼に決めた)
リリは依頼書を剥がすと、受付に持っていった。正式に依頼を受けると、いったん宿に戻って出かける準備をする。着替えや携帯食料、回復薬などを鞄に詰め、準備を整えると、宿の女将に依頼で数日留守にすることを伝えた。この宿は1か月単位で借りており、代金は前払いしてある。この街で活動するための拠点だった。
目的地の村に行くという商人に話をつけ、荷馬車に同乗させてもらう。途中の宿場町で1泊して翌日、小さな村に到着した。近くに森があり、村の中央を小川が流れている。宿屋も申し訳程度のものが1軒あるだけで、いかにも田舎の静かな農村という感じだ。
リリはとりあえず詳しい話を聞くために、依頼主である村長の家に向かった。
「ドラゴンの調査依頼を受けたリリと申します」
「…お嬢さんがかい?」
「ええ、これでも上級冒険者ですよ」
胡乱な目で見られるが、リリは笑顔で返した。女性であること、また若いことから疑われたり軽んじられることはしょっちゅうだ。いちいち反応していては、逆に疑いを強めてしまい、面倒なことになるのを承知していた。
「ドラゴンの目撃情報について、詳細を教えていただけますか?」
村長は納得したのかしていないのか、よく分からない顔をしつつも、詳細を教えてくれた。
曰く、近くの森に薬草を取りに出かけた村人が、森の中にある泉で水浴びをするドラゴンを目撃したという。幸いその日はドラゴンに気付かれることなく村に戻って来られたが、村人たちからしてみれば、よく行く森にドラゴンが住み着いては生活に支障が出る。
ドラゴンがあまり人を襲わないことは知られているが、その詳しい生態までは知られていない。こちらから手を出さなければ大丈夫と言われたところで、ドラゴンがいる森でのんびり薬草集めや木材の切り出しができるわけがなかった。
「とりあえず依頼は調査ということでよろしいですね?」
「ああ、ドラゴンの討伐依頼はお金がかかるからのう。まずは調査してもらって、穏便に去ってもらう手段を探ってほしいんじゃ」
「分かりました」
リリはドラゴンに話が通じるのであれば、どこかに行ってもらえないか頼んでみようか、と考えていた。
実はリリは過去にドラゴンと相対したことがあるのだが、そのドラゴンは理性的で、戦わずに済んだのだ。今回も話し合いができるのならば、それが一番良いだろう。