中学以来疎遠だった幼馴染がネット小説サイトで親しく交流しているラノベ作家さんだった件
何番煎じかわかりませんが、書きたかったので書きました。
楽しんでいただけますと幸いです。
「「えっと、ひょっとして……」」
「「鈴岡さんがリンヒさん?」」
俺、東誠也と、俺が非常によく知っている女性──鈴岡星那の声が重なる。
でも、俺には──おそらく、彼女も──目の前のことを現実として受け入れることが出来ない。だからか、自然と口が動く。
「「鈴岡さんがリンヒさん?」」
俺の口も彼女の口もさっきと全く同じ言葉を紡いだ。だけど、俺も彼女も「うん」とも「すん」とも言わない。でも、彼女の質問自体が何よりも雄弁に、今、起きていることが現実であると突きつけてくる。
どう考えたってもう一回聞いたところで答えは変わらない。俺はどうしたらいい? 頭がうまく回らない。でも、目を逸らすのは失礼だよねと変な方に頭は回っているのか、顔は合わせたまま。
彼女のくりっとした栗色の丸い瞳は困惑で揺れている。きっと、俺の瞳も彼女から見れば同じような挙動を示しているのだろう。
割とどうでもいいことを考えてたら、少し余裕が出てきて、彼女の顔をしっかり見れるようになった。
少し茶色みの掛かった肩まで伸びる黒髪。丸くて大きな瞳に、二重。そして、少し丸みを帯びた優しそうな輪郭……。
結論はやはり変わらない。100%が150%になったが、それだけ。視覚も、聴覚も、若干、変態っぽいけど嗅覚も、彼女が俺の幼馴染である鈴岡さんだと訴えてきている。
一体全体、どうしてこうなった。そりゃ確かに、いつかは鈴岡さんと疎遠になる前──小学校高学年くらいの、普通に喋れるくらいの関係性に戻れればいいなとは思ってたけど!
んなこと思ったらまた動揺してきた。いや、まだ慌てるような時間じゃない。そんなこと言ってる場合じゃない気しかしないが、OK、OK。ちょっと、ちょーっと落ち着こう。
少し整理しよう。ついさっきまで俺は、ネット小説サイトにラノベを上げてる作家同士、オフ会しよう! ってなって、相手さんを待ってた。そして、出会い頭にさっきの会話を鈴岡さんとした。これから導き出される結論は──
俺が大好きな異世界ハーレムもののラノベ──『隕石に衝突されて異世界転生、ツキがないと思っていたけど星はあったようです』──の作者さん、リンヒさんが目の前の鈴岡さんであるってこと
俺の書いているラノベ──『私が好きになった人は全員、性格が核地雷並みに終わってるらしいので、婚約とか全部まとめて他人(主に両親)にぶん投げることにします』──を読んで、俺に「この小説、大好きなんです!」と言ってくれたリンヒさんが、目の前の鈴岡さんであること
だ。実に単純明快。だけど、待って。意味が分からない。何でわかるのがこれなの!? 普通もっとこう……なんだろう、別のことが分かるもんじゃないの!? オフ会ってこういうもの? ネットで知り合った人が既に知ってる人でしたーっていう……。
んなわけあるかーい! 普通に考えてそんなわけがない! この広いネットの世界で、親しくさせてもらってる人が知り合い──もっと言えば幼馴染って、どういう確率!?
…求められるし、求めてみようか。インターネットは広いと言っても、基本的に日本語話者としか交流してない。だから、日本語話者を雑に1億と見積ろう。そんで、俺の幼馴染って言える人は目の前の鈴岡さんくらいだから……1/1億だな。宝くじが当たる確率って確か1/1千万だから、宝くじが当たるよりなお確率が一桁低い! やった! じゃぁ、ない!
「何か言わなければ」と思うけれど、そんな言葉が思い浮かぶ度、「今更どの面下げて言うんだ」という思いが口を縫い付ける。
プルルッ、プルルッ
無音の空間を電話の音が切り裂く。ポケットから振動を感じられる以上、俺のスマホが鳴ってる。こんなこと言うのもなんだが、助かった。
「ごめん、出る」
「あ、どうぞ」
「ごめん、ありがとう」
オフ会しに来たのに、一切話題も振らないくせして、電話にだけはいっちょまえに出ることを許してくれて。
「おにぃ!ヘルプ!ヘルプミー!」
突然、耳に飛び込んでくる俺の妹である春香が俺に助けを呼ぶ声。迷う理由はない。
「ごめん!春香が、助けてって!」
「え!?あ、あぁ、春ちゃんが……わかりました。行ってあげてください」
「本当にごめん!」
会いに来たのに、喋りに来たのに、ほとんどそんなことしないままで。
残された鈴岡さんの顔も碌に確認せず、踵を返して走り出す。
「春香!場所は!?」
「家!」
「わかった!すぐに戻る」
それさえ分かればいい。電話を切ってスマホをポケットにねじ込む。走りながら喋るのはタイムロスに繋がる気がする。
赤信号で止められるのさえもどかしい。家の方角から煙は上がっていないから、火事というわけではなさそうなことだけが救い。
何で春香が困っているのかは分からない。だけど、頼むから無事でいて欲しい。そんな純粋な気持ちの裏側に、同じくらいの存在感で「心を整える余裕を作るきっかけをくれてありがとう」そんな感情がある。
一心不乱に走っていると、ようやく目の前に家が見えた。窓が割れてるとか、家のドアが開きっぱなしとか、ぱっと見の違和感はない。いつもの俺の家。だが、安心はできない。
ドアに手をかけて、勢いよく引く!
ガンッ!
無情にも硬い音が響いて、ドアはビクともしない。ちゃんとカギ閉めて出てきてたか! どうでもいい時にカギ閉め忘れるくせに、なんでこんな時にちゃんと閉めてんだ! くそっ、鍵、鍵……。あっ。
見つけたと思ったら、銀色の鍵が俺の手から滑り落ちて、キンと甲高い音を立てる。もう! こんなことしてる場合じゃないのに! 急いで拾
ガチャッ
しゃがんだ俺の目の前で勢いよくドアが開く。音に反応して顔を上げようとする俺の頭に、ゴッっと鈍い音を立てて、ドアが激突。
ッーーーー! いったい! 跳ね転びまわりたいほど痛い! いや、それより、
「大丈夫か、春香!」
「大丈夫。そんで、ごめん」
声をかけながら飛び込もうと思ったけど、声を聞きたかった妹はドアの後ろにいて、聞きたかった言葉をくれた。ほっとして、体から力が抜けて座り込みそうになる。けど、我慢。本当に無事かどうか確認せねば。触診はさすがにやばいから、見るくらいしかできないが……。
「確かに、大丈夫そうだな」
「もー、おにぃ。心配しすぎ。触診はやばいとか思ってるんだろうけど、舐めるように見るのも、わたしじゃなきゃ、ヤバイと思うよ?」
え……。待って、舐めまわすように見たつもりは微塵もないんだけど。
「おにぃ、ショックを受けないで。わたしなら大丈夫。いろんな意味で。そもそも、さっきのはおにぃをこっちに戻す口実だったからね! …うん? ぎゃー!おにぃ、ちょっと顔がやばそう!」
口実って何ぞやって聞こうと思ったけど、春香の様子がそれどころじゃない。がっちり腕を掴まれて引きずり込まれるように家の中へ。
「ちょ、待って。痛い。色々ぶつけてる!」
あ、駄目だ。聞こえてない。慌てて俺があちこちにぶつかってることに気づいてない。リビングまで俺を引っ張ると、俺を椅子に雑に座らせてキッチンへ。
鍵取ろうとしたときにぶつけた頭が一番痛いけど、ぶつけまくったせいで他も微妙に痛い。
「おにぃ、頭に保冷剤まくねー。ぐるぐるぐるーっと。他に痛いところない?」
「色々痛い」
「心?」
「それもあるけど、普通に体が痛い」
「え!?大丈夫!?」
めっちゃ心配してくれてるけど、頭以外は大体春香のせいだよ? …お兄ちゃんだから言わないけどさ。
「大丈夫だね。耐えられないくらいではない」
痛いってのは言っとかないと、春香なら感ずいちゃう。だから、言うしかなかった。けど、心配はさせたくない。
俺がやらかしたせいで打った頭が一番痛いから、耐えられる。その頭は既に春香が保冷剤で冷やしてくれてるから、もうちょいでマシになるはず。
「タオルしてるとなかなか冷えないけど、タオルがないと今度は冷たくて痛い!ってなるよな。ほんと、めんどくさいから、あんま頭は打ちたくない」
「あ゛ー」
ねー。って感じの反応を期待してたのに、返ってきたのは地獄の底にいるゾンビみたいな声。
「どうした?」
「失敗したなぁ……。呼び戻すにしても「助けてー!」って言ったらおにぃなら慌てるに決まってたのに」
そういうと春香はキッチンの方に行って、隅っこで小さくなる。え。待って。
「春香。気にしないで良いから!てか、聞きたいことあるから!一緒に座ろ?」
「え。申し訳なさ過ぎてただでは戻りたくない」
そう来たかぁ。なら、
「お茶が飲みたい」
「わかった!」
言った瞬間、立ち上がってテキパキ動く春香。ほんとに気にしないで良いのに……。
「氷はいるー?」
「少し入れといて」
「あいー!」
元気な声が返ってきた。割といつもの調子。これで安心かな。
「どうぞー!」
春香はことっと俺と自分の分を置くと、俺の前の椅子に座る。
「聞きたいことって何ー?」
「口実って何?」
「え?さっきも言った……いや、言ってないか。おにぃ、さっきは急いで帰ってきて、慌てすぎて鍵を落として、拾おうとしてしゃがんでるとこに、わたしが戸を開けて思いっきりぶつけたんだし」
見てなかったはずのによく鍵を落としてたの分かるな。
「そりゃね。おにぃですし。てか、ほんとにごめんね。まさかあそこまで早く帰ってくるとは思ってなかったから……」
「そりゃな」
今日、春香にはネットの友達と会うって言ってた。だから人と一緒にいるってわかってるはずなのに、助けを求めてくる。そんなの、ただ事じゃないだろう? だけど、そんな理屈っぽい言葉なんていらない。
「お兄ちゃんだからな」
「はぁ……、おにぃだねぇ。このシスコン」
言ったら春香が呆れたような顔をした。だけど、その顔はちょっと緩んでる。春香も人のこと言えないぞ、このブラコンめ。
「で、何で電話なんてしてきたんだ?」
「おにぃだったら、ネット上での友達に会いに行ってくる!って出てったんだから、会えたとか、まだ会えてないとかの連絡はしてくるはず。なのに、それがなかった。だから、何かあったんじゃないかな?と考えたの。まぁ……電話したら察したね」
うん? あぁ、電話は切ってなかったな。そりゃ、わかるか。
「そうだよ、ネットの友達に会いに行ったら鈴岡さんだったんだよ……」
「だよねー。あ、氷もいい感じで溶けてるだろうし、お茶、飲んでよー!」
「そうだな。ありがと。もらう。お前も一緒に飲むか?」
「そーする」
二人して冷えた麦茶を飲む。何だかんだで出てから一度も、水分を取ってなかったから、体に染み渡る。
「せーちゃん以外の知り合いならうまくさばけただろうけど、せーちゃんだとおにぃはきついよねぇー」
「ほんとにな」
本当になんて声をかけていいのかが分からなかった。だって、昔の関係をぶち壊したのは他でもない俺だ。
理由はきっとありふれたもの。小学校高学年くらいから中学生にかけて、男子はなんだか女子と一緒にいるのが小恥ずかしくなってくる。それと同じ年ごろくらいに、男女が一緒にいると揶揄われるようになってくる。そして、小学校から中学校に上がるに伴って、学校環境が変化する。
俺とせーなが疎遠になったのはそれらがうまく組み合わさってしまったから。
小学校から中学校に上がる時に、小学校の友達の大半が別中学になった。だから、俺とせーなが幼馴染だと知る人が少なくなった。自然と一緒にいると揶揄われることが増えた。それと同時期くらいに鈴岡さんと一緒にいるのが何だか恥ずかしいように感じるようになってしまった。
運が悪いと言えば悪いんだろう。だけれども、決定的に駄目だったのは、中学に上がる前、俺がやってしまった鈴岡さんの──幼馴染の呼び方を「せーな」から今みたいに「鈴岡さん」に変えてしまったこと。
そのせいで、学校で二人きりでばったり遭遇した時も、交わされる言葉は前のような親しみの感じられるものではなく、丁寧な、悪く言えば疎外感を感じさせる、そんなモノになってしまった。
「中学生の時なら会ってもなんもなかったかもしれないのにね」
「中学?あぁ、傷が深くなりすぎないうちに……ってか?それは買い被りだ」
呼び方を変えたあの時点で、昔の関係は決定的に破綻したんだから。
「んー、そんなことはないと思うんだけどなぁ……」
「だとしても、俺の側が無理だぞ」
春香が言ってる根拠が分からんが、これだけは言える。だって、「幼馴染に小説書いてることがバレた。なんか小恥ずかしい!」って気持ちが追加されるんだぞ? 無理ゲーすぎる。
「無理無理無理のカタツ無理?」
「とかいう冗談が言えないくらいには無理じゃないか?」
あんときの俺は、今とあんま変わんないかもしんないが、ガキだったからなぁ。あー、
「本当に、中学生の時の俺を殴りたい……」
俺がぼそっと漏らすと、春香は目の前で困ったように笑っている。
「おにぃがせーちゃんとの関係を元に戻したいと思ったのって高校のときだっけ?」
「あぁ、高一の一学期だ」
俺と鈴岡さんの──せーなとの関係が尊くて得難いものだと、ようやく気づいたのはそのころ。
「確か……、『初めまして、こーくんの彼女の希子です!こーくん、まだ中間テストも終わってないのに、あたしが終わったからって、こうやって会いに来てくれてるのー!やーさしー』『そりゃな、だって、俺ら小学校入学するときに、結婚の約束しただろ?』って友達に言われた時だっけ?」
「お前、妙に声真似上手だな……」
お前が今真似した俺の親友にも、その彼女にも会ったことないはずだろ?
「まじで?それはマジで偶然。そんで、」
「それ以上はやめてくれ」
それは俺の黒歴史。現在大絶賛生産中だが、過去に作ったものを掘り起こすのはやめてくれ。頼むから。
俺が鈴岡さんと元のような関係に戻りたいと、そう思ってしまったのは春香が今言った言葉を聞いた。ただそれだけが理由じゃない。
その言葉を聞いて、幼いころの思い出が走馬灯のように思い出された。その中に幼稚園の時、結婚の約束をしたことを思い出してしまった。子供の頃の「結婚」の言葉の重みを分かっていない、「結婚」が「ずっと一緒に居ようね」程度の意味でしか理解できていない頃の約束。
だのに俺はそれを流せなかった。それに連動するように、「俺とせーなの方が結婚の約束をした日は早い」と思ってしまった。そこまでいったら止まらなかった。自分でも自覚していなかった鬱憤でも溜まっていたのだろうか?
兎も角、すぐに「幸谷と希子さんと違って、俺とせーなは一緒の高校に通っている」とまで思ってしまった。
ここまで考えが至ってしまうと、もう駄目だった。
これが、俺が元の関係に戻りたいと思った顛末。なのだけど、
「……何で俺、こんな話を春香にしたんだ」
「さぁ?わたしに手伝って欲しかったんじゃない?わたしからしたら「あ、やっと?」って感じなんだけど」
なんか口に出てるぅぅぅ!
「出てるねぇ。とまぁ、おにぃ。こうなった以上は仕方ないよ。おにぃがどうしたいか?それをまず第一に考えよ?」
「んなことわかるだろ?」
言ってることはもっともだ。だけど、そんなの決まってる。不慮の事故があっても変わらない。
「出来れば、せーなと元の関係に戻りたい。いや、それさえ無理でも、ちゃんと話せるようになりたい。今のままだと辛い」
何が辛いかと言われるとうまいこと口に出来ない。けれど、どうしようもない焦燥感みたいなものがずっと俺の胸を焦がしてる。
「じゃあ、普通に電話すりゃいいじゃん。あんとき、携帯持ってなかったとはいえ、固定電話は知ってるでしょ?」
「今更!どんな顔をして!話せばいいってんだ!」
っ! 自分でもびっくりするくらい大きな声が滑り出て、がたっと机が揺れた。
「あっ。ごめん……」
「んーん、いいよ。わたしもちょっと浅はかだったかもしれない」
そういうと春香はちょっと困ったような顔でこちらに頭を下げてくる。謝られても困る。今のはほんとに俺が悪いんだから。
「わかってたけど、こりゃー重症だねぇ」
「それは俺もわかってる。ごめんな、こんな情けない姿を見せて」
そして、それに付き合ってくれて。……あ。
「そういえば、俺がやらかしてから、春香、お前……。晴喜にちゃんと会えてるか?」
晴喜はせーなの弟。俺の幼馴染でもあるが、同学年の春香の方が親しかった。昔、よく家に姉弟揃って来ていた頃、俺とせーなが遊んでいる時、春香と晴喜はよく一緒に遊んでいた。
だけど、俺がやらかしてから、ぱたりと家に来なくなってしまった。
「それは大丈夫、ばっちりだよ。せーちゃん共々、電話とかチャットとかで連絡取れる態勢にはあるぜぃ!」
そっか。それはよかった。俺のせいで妹たちのつながりまでブツリと切れてしまうのは申し訳なさすぎる。春香には俺みたいな気持ちにはなって欲しくない。
「その気持ちはありがたいけど、わたしとはる君の関係っておにぃとせーちゃんとの関係とはまた違うからねぇ……。会えなくなったら寂しいけれど、そういうのじゃないからなぁ」
嘆息するようにいう春香。そういうのじゃないって……じゃあ、
「どういうのなんだ?」
「んー、なんて言ったらいいんだろ。わたしとはる君って、おにぃとせーちゃんの付き合いがあったから、それこそ生まれた時から顔を合わせてるんだよね。だからほぼ家族みたいなもんなの。それに、わたしはせーちゃん。はる君はおにぃのほうによく懐いてたからね。んー、なんて言ったらいいんだろ?」
うまいたとえが見つからない。そんな顔で目を部屋の中に滑らせる春香。少し待ったところで大げさにポンと手を叩いた。
「こう……わたしにとってはる君はせーちゃんの付属品で、はる君にとってわたしはおにぃのおまけ。うん!これだね!だから、おにぃとせーちゃんとの関係とは違う!そんな感じ!」
「そうなのか?」
「そうなの」
きっぱり言い切る春香。俺にはよくわからん感覚だ。でも、晴喜って、俺に懐いてたのか。春香とよく遊んでたように見えてたんだけどなぁ。
「えぇ……。あ。あー。もしかしなくても、おにぃ。まさか自分の気持ちに気づいてない?」
??? どういうことだ?
「なん……だと。おにぃ、まさか鈍感系主人公だったの?おにぃ。おにぃが抱いている気持ち。それってなーんだ?」
突然クイズが始まった。この気持ちは……何なんだろう? 会いたいけど、やらかしてるからそれを言えない。うぅん……。
「おうふ。マジか。マジか。マジかぁ……。お、おにぃは……いや、せーちゃんもか。やべぇな。マジで。こりゃ駄目だわ。急いではる君と会議せねば。ラインにおくっとこー!うわっ、反応はやっ!?」
なんか自己解決してスマホ弄り出した。
「あ!おにぃ、昼ご飯は予定通り即席麵食べるから気にしないでいいよ!おにぃも食べるなら勝手に取ってって!お湯はポットに入ってる。今日はシーフードの気分なのでそれは置いて行ってくれぃ」
「了解」
昼ご飯はリンヒさんと一緒に食べる予定だったからなぁ……。何の用意もしてないや。適当に漁って食べよう。賞味期限の一番近いのは……醤油か。じゃあ、これで。
お湯を注いで、コップにお茶を足して部屋へ。三分待てば食べられるが、その三分が暇。というか、食べたらどうしよう。こんな早くに帰ってくるはずじゃなかったから、何も予定がない。
小説を書く……のは、今の精神状態だと止めた方がいいな。タグにハッピーエンドって付けてるのに、バッドエンドにかっとぶ流れを作ってしまいそうだ。
なら、ゲームでもするか。最近出た狩ゲーやりたいけど、買えてないしなぁ。大作ゲームのキャラがいっぱい出てる格ゲーでもするか。
ボタンをぽちぽちと押して、ネットにつなぐ。操作するのはいつもの人。このキャラが出てるのは、この本体で出たシリーズ初作品。飛び道具やカウンターはないけど、4つくらいの武器を扱えて、リーチが長くて撃墜力もある。
……んだけど、なんか今日は攻撃が当たらない。あっ。ほぼダメージ受けてないのにコンボ喰らって即死した。マジか。今のは普通、避けなきゃ駄目なのに。
っ、ボタン入力しくじった! そんな隙があったら、あぁ、もう! 容赦なく痛撃くらってる! 弓で牽制し…あ。押しすぎた。ボタンを押しすぎたら出るこの技は出が遅い。だから、カウンターなんて簡単に決められる。
案の定、カウンターされて場外。うん、完敗した。ラーメンがギリギリ出来るかできないかの時間で負けるとかやばすぎる。今、ゲームしちゃだめだわ。
今更、電源を切っても相手さんの勝ちは揺るがないだろうけど、「切断されました」みたいなメッセージを表示させるのも忍びない。ちゃんと勝利画面を見届けてから電源オフ。
さらに元気がそがれたけど、食べるか。いただきます。普通だったら、今頃は喋って盛り上がってただろうになーなんて思うと、ちょっとやるせない。ほんと、何でリンヒさんが鈴岡さんだったんだろ。
ハーレムもの書いてる人だから男だと思ってたのに。いや、今回のケースだと相手さんが女性だと思ってても結果は変わってないか。
気分は憂鬱だけど、ラーメンはいつもの味を提供してくれる。少し安っぽいけれど、温かくて美味しい。手軽でまた食べたくなる味だ。
んー、食べたらどうしよう。この調子だと他のゲームやっても変わらないだろうし……。動画でも見ようか。
食べながらパソコンを付けて、PINを入力。ローディング画面に入ったから、黙々食べる。食べながら操作したら行儀悪いから、さっと食べきろう。
……あ、頑張ったけどロード終わるのが早かった。時間競ってるわけじゃないけどさ。ご馳走様。
ごみの処理は後回しにしないでさっさとやろう。部屋から出てキッチンに……行こうと思ったけど、春香が盛り上がってる。何をしてるかは分からないけど、電話してるのかな? 声が廊下まで聞こえてきてるけど、なんだか楽しそう。
うんうん、楽しそうで何より。お兄ちゃん、嬉しい。
汁をシンクに捨てて、カップはごみ箱へ。当たり前だけどまだ楽しそうに喋ってる春香の声を聞きながら部屋に戻る。そして、完全に起動したパソコンでメールを開……あ。つい、いつもの癖でやってしまった。
チャットツールだと本垢と間違えた時に身バレするリスクが高いし、手軽すぎて送っちゃまずい情報まで送るかもしれない。
小説投稿サイトさんのシステムをやり取りに使わせてもらうのは、サイトさん側に申し訳ないような気がして駄目だった。
だから、メール。メールなら捨て垢は作りやすい。それに、本垢とは別の会社さんでアドレスを作って、そのアドレスはその会社さんのツールでしか使わないことにしていれば、よほど油断していない限り、気づける。
その上、チャットより送る敷居が少し高いから、最終確認もする。だからさらに誤爆率も下がるし、そうやって注意深く見直していれば、変なこと言っていないか十分に確認する時間も生まれる。
メルアドを教える時だけは、サイトさんの直接やり取りできる仕組みを使わせてもらったけど。サイトさんに「ここは出会いの場じゃねぇよ。よそでやれ」的なこと言われないかドキドキした。
そんな感じだから、このアカウントを知っているのはリンヒさんだけ。だから、開くつもりはなかった。だってそこには、昨日までのリンヒさんとのやり取りが残っていて、やり取りが一部とはいえ、否応なく目に入ってくるから。
だのに、開いてしまった。今、表示されているメールは全てリンヒさんのもの。そして、その一番下は今日、リンヒさんと会うことになったきっかけのメール。
『このぎゅうぎゅうの満員電車の描写、ものすごく上手……というか、実体験そのものって感じですが、やはりイースさんも満員電車に乗っておられますか?』
『はい、そうです。千京川線です』
『本当ですか!?私もです!』
俺もリンヒさんも互いに個人情報を曝している。だけどこれは、誰でも見れることのない、1対1の空間で、この人なら騙されても仕方ない。それくらいの信頼関係があるからこそ。
そして、一度、共通の接点が見つかったからには、止まらなかった。もっと互いのことが知りたくて、「これ以上はマズいかな?」という心理的障壁がずるずる下がっていった。
『私の最寄は銀桜台駅なのですが…』
『ほんとですか!?イースさん!私もです!』
乗る電車だけじゃなくて、駅まで一緒。それを聞いた時、運命的な一致に心が躍った。……リンヒさんが鈴岡さんだったのだから、当然なのだが。
だが、この時の俺はそんなこと知らない。だから、テンションがやたらあがったのは覚えてる。好きな小説を書いている人が、俺が書いてる小説に感想をくれる人が、同じ町に住んでるなんて! って。
もう、あのころには戻れない。ほんと、俺はこういうことばっかりだ。そう思うと目の前がにじむ。俺は一体、何がしたいんだ……。
ピロン
!? 鳴るはずのない音──リンヒさんからメールが来た音がした。恐る恐る顔を上げると、確かにメールボックスの一番上に、メールが来ている。
このまま自然消滅するかと思っていた。だから、メールが来てくれたことは喜ばしい。喜ばしいのだけれど、今度はその内容が分からなくて怖い。
リンヒさん──鈴岡さんはなかったことにしていつも通りの会話に持っていこうとしているのだろうか。それとも、このやり取りもやめようって言ってくるのだろうか。鈴岡さんは義理堅いから、後者も普通にあり得る。
いや、タイトル見れば予想は付くよな? こわごわとタイトルを見ると、「今日」とだけある。…判断できない。中身は何なのだろう? すぐに開かないと。頭ではそう思っているのに手が震える。
ゆっくりマウスを動かし、最上段の件のメールの上へポインターを持ってくる。すってーはいてーすってー。……よし!
勢いをつけて左クリックで開封! したはいいが、目を閉じちゃったせいで見えない。…目を開かないと見えない。当然の摂理。でも、目を開きたくない……いや、既にメールは開いちゃったんだ。えぇい、ままよ!
目をぱっと見開いて、目に飛び込んできた文字を読む。あれ? 思っていたのと違う……。けど、最悪を避けれているのか、避けられていないのか判断に困る。
何しろ、書かれているのは、『先ほどの場所で待っています』という一文だけ。
だが、この一文によって、俺は動かざるを得なくなる。女の子ってわかっている相手を、待たせ続けるわけにはいかないから。待ってるせいで犯罪に巻き込まれたら、後悔しかしない。
「おにぃ!」
「!?どした?」
「着替えよ!」
……はい? 何でいきなり飛び込んできた春香がそんなことを言うの?
「おにぃ、出かけに行くんでしょ!」
「そうだけど……何でわかった?」
一言もそんなこと言ってないはずだけど?
「色々策謀したから!さ、恥ずかしくないように着替えるよー!」
エヘンと胸を張ると、じゃあ早速と言わんばかりに俺の部屋に入ってくる。よくわからんが、折角、やってくれるって言ってくれてるんだから、手伝ってもらおう。
「相手は「せーちゃんでしょ!これとこれね!」…はっや」
何で知ってる? って聞く時間すらない。当然ながら、いつもみたいに相談する時間もない。まぁ、俺の趣味に反するわけじゃないから、大丈夫なんだけどさ……。
「ほらほら着替えて!」
「あ、あぁ、わかった」
なんだか春香の押しが強い。せかされるように服を着替える。異性がいるが、気にしない。いつものことだし、妹だ。
「うん!ばっちり!かっこいいよ!」
着替え終わると、春香が鏡を見せながらそう言ってくれる。…うん、春香を疑う気持ちなんて微塵もないし、着る前から大丈夫だと思ってた。だから、俺から見ても大丈夫だ。
頭の保冷剤が不格好だから、はずして行かなきゃ駄目だけど。外しても……違和感ないな。よし。
「外していいの?」
「あぁ、大丈夫。服共々ありがとな。行ってくる」
玄関に向かいながらチャックとシャツを確認。大丈夫。よし、行くか。
朝方通った道を、朝方と同じ人に会うために歩く。朝方は「どんな人が来るかな?」というワクワク感があった。でも、それはとうに消えた。今あるのは「何を言われるのだろうか?」という不安と、もしかしたらという期待と、一歩を踏み出す覚悟。
待ち合わせ場所の時計台が見えてきた。でも、鈴岡さんはいない。「待ってます」って言ってたはずなんだけど……。俺と同じように晴喜に服装について言われてるのかもしれない。
鈴岡さんなら「待ってる」って言った以上、来ないって不義理はしないだろう。そういう意味で安心して待っていられる。
けれど、それはこっちの予期しないタイミングで来るかもしれないってこと。なんだか怖いな。空でも見ていよう。そうしてれば、声をかけられるか顔を下げない限り、鈴岡さんには気づかない。
空は青くて、雲がところどころに浮かんでいる。なんとなく4月らしいような、らしくないような、そんな空模様。雲が一つもないわけでもなく、どんよりとした雲に覆われているわけでもない。
だけど、雲が少し浮かんでいるだけでだいたいが青い。だから、きっとうまくいってくれる。そう信じたい。
……ずっと見てたら首が少し痛くなってきた。よし、降ろすか。今度は大丈夫。
すっと目線を戻すと、いつの間にか道を渡り切った鈴岡さんと目が合う。
っ!? いや、大丈夫。いける。覚悟は決めた。こうやって足踏みするのはもうやめだ。
深く息を吸って、鈴岡さんの方へ。彼女も一瞬、不安そうな顔をしていたが、キッと表情を引き締めると、俺の方に歩いてくる。
そして、二人とも言葉を発さないまま、互いの距離が2 mくらいにまで縮まる。そこで、二人の足が止まる。
足を止めたのがそろったのは完全に偶然。だけど、だからこそ、今はこの距離が限界。そんな気がする。
「ごめん」
頭を下げると、不思議なことに鈴岡さんも「ごめんなさい」と頭を下げてきた。その「ごめんなさい」に、俺と同じく色々な意味が籠っているのだろう。だけれども、彼女が何故そう言っているのか俺には理解できない。
「えーと、ごめん、鈴岡さん。俺には何で鈴岡さんが謝ってるのか分からん」
「私も。私も何で東君が謝ってるのか分かってない」
締まらないなぁ……。でも、何だか中学校に上がってすれ違ってしまった俺たちらしい気もする。
「「え、あ、どうぞ」」
謝ってる理由を聞こうとしたら思いっきり言葉が重なった。このままだと延々とどうぞどうぞってなりそうだから、こっちから説明させてもらおう。
「俺のは、『さっき会ったのにそうそう帰ってごめん』ってのと『中学校に入ってから、露骨に距離を取ってg』「それはあんたは悪くない!悪いのはこっち。私なの!」……」
鈴岡さんが彼女にしては珍しい大声で否定する。俺が驚いていると鈴岡さんも自分自身の声の大きさにびっくりしたのか目を丸くしている。
「どういう意味?」
「それは私が!ちゃんとやってれば!」
「いや、無理だよ。鈴岡さんが頑張っても、」
「そんなことない!」
「いや、あの頃の俺だと…「うるさーい!」…」
何故か鈴岡さんが頑なだ。
「あの時、私が変に意地なんて張らなきゃよかった!」
心の底から叫ぶように言う鈴岡さん。その声にはどこか悲壮感が含まれている。だからか、なんとなく、どういう意味か、鈴岡さんが何を求めているか分かった。鈴岡さんは……、俺みたいに相手から責められたいんだ。そうやって、心のケリをつけたいんだ。
だからこそ、これ以上は口を開かせてはいけない。俺に鈴岡さんに非がないと思っている以上、何を言ったって彼女は自分で自分を傷つけるだけになってしまう、
「せーな」
「ッー!」
「せーなァ!」
顔を強張らせ、悲しそうな顔をしたせーなの腕を掴んで引き寄せる。
「うわっ、ちょっ……」
何か言っているけれど、動くなら今しかない。せーなを引き寄せるだけじゃなくて、そのまま抱きしめる。
すぽっと俺の腕の中にせーなが収まる。小学校の頃はこうやっても俺の顔と同じくらいのところに頭があったはずなのに、随分小さくなってしまっている。それが否応なく過ぎ去った歳月を突き付けてくる。
だけど、せーなから伝わってくるぽかぽかした温かさは変わらない。せーなは逃げようと思えば逃げられた。だのに、目を丸くしてはいるが、振り払ったり叫んだりせず、俺の行動に付き合ってくれているということは、せーなも俺と同じ考え。そう思ってしまって間違いないはず。
「すまなかった。俺が中学校に上がった時、恥ずかしいからと露骨に避けてしまった」
「私も、ごめん。それはこっちもだったの」
素直に謝罪の言葉を交わして、受け入れあう。頑なに自分が相手よりも悪いと主張して、自爆するくらいなら、そっちの方がいい。
ちゃんと謝れた。それが嬉しくて、心の中でほっと安堵の息を吐く。だけど、謝っただけ。それ以上の言葉が続かない。かつてなら、すぐに言葉が出てきて会話が続いただろうに、脳が活動を停止しているかの如く、言葉が出てこない。
そして、それは鈴岡さんも同じらしい。無言のままどこか気まずい空気が流れる。
「とりあえず、どっかでお茶しながら話す?」
さすがにここで立ちっぱなしだと邪魔だろう。
「え、えぇ、そうね。そうしましょ」
「目の前にあるところでいい?」
駅前だからか目の前にカフェがあるし。まぁ、駄目って言われても他に案なんてないんだけど。
鈴岡さんはコクっと頷くと、腕の中から脱出して歩き出す。……マジで会話が続かない。気まずくはある。だけど、以前ほど気まずくはない。大して変わらないかもしれないけど、俺にはそれが嬉しい。
微妙な距離を保ったままカフェに到着。カランと小さくなる鈴の音を聞きながら、店員さんに指を二つだけ立てて人数を伝えると、席に案内されて二人きり。
……座ったんだから、話す努力をしないと。せっかく着いてきてくれたのに、無言のままは申し訳なさすぎる。
謝罪はさっき済ませた。なら、今、言うべきは、ちゃんと俺の望みを伝えること。
「鈴岡さん。ものすごく都合のいい話かもしれないけど……。今回の件をきっかけに、前みたいに家に遊びに行ったり、あだ名で呼んだりしていい?」
自分でも自覚できるくらい、言ってる途中にどんどん言葉が小さくなっていった。覚悟は決めたはずなのに、口がうまく動いてくれない。
鈴岡さんは無言だ。恥ずかしくて、顔を下げてしまったから彼女の顔は見えない。見えないからこそ、怖い。
「ごめん、虫が良すぎたよね」
「待って!」
大きな声に驚いて顔を上げると、鈴岡さんと目があった。けど、すぐにふっと目線を逸らされてしまった。彼女の顔を見れたのは一瞬。だけど、鈴岡さんの目元が赤くなっていた気がする。
「えっと、何も言わずに最後まで聞いてほしいの」
横を向いたまま言う鈴岡さん。でも、彼女の瞳はちらちらとこちらをうかがっている。俺と同じで怖いんだろう。それがわかるからこそ、すぐに頷く。
「私も、元の関係に戻ることは嫌じゃない。むしろ、望むところ。なのだけど、あんただけがそうやって私に許可を取りに来るってのがやっぱり嫌。だって、私の方にもああなった原因はあったもの。さっきみたいにそれをわかって欲しい。わたしがそう思っている理由は、たぶんあんたは分かってないと思う。でも、今はさっきのように私の謝罪を受け取って欲しいの。そして、私も前のように貴方の家に遊びに行きたいし、あだ名で呼びたい。この私のわがままを許して欲しいの。そして、許してくれるならうんって言って欲しい」
「うん」
迷う必要もない。確かに、俺から見てると俺の方が悪いとしか思えないから、鈴岡さんが悪いと思ってる理由は分からない。だけど、鈴岡さんがそういうなら、受け入れることに否はない。
そう思って即答したのだが、何故か一瞬だけ、彼女の顔が曇った。何かミスった? ……何をミスったか分からん。
「で、なんて呼べばいい?」
また一瞬、鈴岡さんの顔が曇った気がする。ごめん、気が利かなくて。
「さっき、せーなって言ってたじゃない。それでいいじゃない。私も、昔みたく呼ぶから」
「ありがと、せーな」
「ん。よろしい」
せーなは満足げに頷くと、メニューを二人の間に横向きに開く。少し見にくいけど、これなら二人同時に見れる。
うわ、ここ紅茶はホットかアイスの二種しかない。コーヒーはめっちゃ種類あるけど……、コーヒーより紅茶の方が好きなんだよなぁ。一瞬で何飲むか決まった。
「決まった?」
「あぁ、そっちは?」
ピンポーン
答えると同時、ベルが鳴る。せーなも決まっていたらしい。ベルがなってちょっとすると、ゆっくり店員さんがやってきた。そういえば、喋ってる間は店員さん一回も来なかったな。気を遣ってくださっていたのだろうか。
「アイスコーヒーを」
「俺はアイスティーをお願いします」
「ご注文は以上ですか?」
二人そろって頷くと、店員さんが引っ込んでいく。さて……と。
「じゃ、せいくん。今日の本題済ませましょ。あまりに意外過ぎたからぶっ飛んじゃったもの」
「本題?」
何かあったっけ? せーなとうまいこと昔の関係に戻る以上に大事なこと……あ、あぁ!
「そうだな。そっち、しよっか」
……思いっきりジト目で見られてる。
「仕方ないだろ、せーなの方が大事なんだから」
リンヒさんも大事だけど、やっぱり、ネット上の人。リアルで付き合いのあるせーなには負ける。同一人物だけど。
「こほん、えっと、結局、せいくんがイースさんでいいのよね?」
せーなは一瞬、顔を真っ赤にしたかと思うと、誤魔化すように咳払いして聞いてくる。ちょっと顔が紅いままなのはツッコまないのが優しさかな?
「うん、いいよ。で、せーながリンヒさんでいいんだよね?」
「そうね」
確認終了。普通だったら互いの書いた作品の中身の話にシフトするんだろうけど、どうやって話を振っていけばいいのやら。全然知らない人だったらガンガン褒められるけど、なまじ面識あるだけにこそばゆい。
けど、今更だな。なんか今日だけでかなり恥をさらしてる。勢いよくいこう。
「せーなの書いてる作品、好きだよ。特にメインヒロインがいいよね。ハーレムものだと幼馴染ってヒロインではあるけど、サブヒロインになりそうなイメージなんだけど、姫さんとか、巫女さんとかそういう超強い属性持ちに負けてないし、健気なところも「待って」…」
いきなり突っ込み過ぎたか。せーなも呆れたよう……な顔はしてない。恥ずかしさが限界! そんな顔をしてる。
「よし、待ってくれたわね。ありがとう。対面で滅茶苦茶褒められると辛い」
「メールでも同じくらいの勢いで喋ってたはずだけど?」
滅茶苦茶長い長文で褒めたら、おんなじくらい滅茶苦茶長い文でこっちの作品をほめてくれる。リンヒさんとのやり取りってそんな感じだった。
「それでも、なの!体験してみるといいわ!せいくんの書いてる作品、私、大好きよ。主人公ももちろん好きだけど、お父さんが特に面白くて好きね。特に、主人公が超純粋に地雷を好きになった!って報告してる辺り!主人公のお母さんの持ってる情報から「こいつやべぇ」って判断できるから、娘のためには結ばれない方がいい。でも、娘の気持ちがぁ…ってどったんばったんしてる姿!さいっこうね!しかも、ちゃんと相手キャラによって爵位とか境遇とか違うから、内容も十人十色。うまく書き分けてるって思ってるの。それにそれに、「待って」…でしょ?」
やり返してやったわと言わんばかりのせーな。うん、そうだね。めっちゃ恥ずかしい。何でだろう。顔とか動きがダイレクトに見えてしまうからか? それとも、いつもは感想読んだらすぐにリンヒさんの作品の感想を書こう! ってなってるから、それで気になってないだけ? 理由は分からない。でも、ものすごく恥ずかしい。
「てか、せいくんってああいうの書けたのね」
「みたい。俺も意外」
自分で言うのもなんだけど、ちょっとコメディよりを突っ走ってるけど、正統派の女性向け作品な気がする。
「だから、イースさんは女性だと思ってたんだけど……。ほんと、朝はびっくりしたわ」
「それは俺もだよ。ハーレムもの書いてる人が女性だとは思わなかった」
ほんとに。勝手に男性だと思ってたわ。話もあったから余計に。すべてが明らかになった今なら、相手がせーななんだから、そりゃ合うよなって感はある。
「アイスコーヒーのお客様」
「あ、私です」
話がひと段落した途端、見計らってるのかと思ってしまうほどナイスタイミングで頼んでたのが来た。こういう細かいところから店の雰囲気を作ってるんだろうか? 考えすぎかな?
コーヒーと紅茶を置くと、綺麗なお辞儀をして店員さんは引っ込んでいく。ついさっき、考えすぎかもって思ったけど、考えすぎじゃないかもしれない。ま、飲もうか。
「せーな、砂糖とかいる?」
「要らないわ」
「了解」
マジか。要らないのか。昔のせーなは大の甘党で、苦いものが嫌いだった。そんなせーながブラックコーヒーを飲めるようになっている。それが3年と言う月日を象徴しているようで、
「にがっ」
「草」
やっぱり駄目なんかい! ちょっとしんみりした気分になってたのが、滑稽じゃないか。
「何で笑うのよ」
「さもブラックで飲めますみたいな顔してたのに、口に含んだ瞬間、そんな顔されたら無理」
これで笑わないやつがいたら見てみたい。そんなレベルだぞ?
「ま、ガムシロップ渡すから許してよ」
「うむ。褒めてつかわす」
わざとらしく偉そうに俺からガムシロップを受け取ると、コーヒーにどぼどぼと放り込んでいく。……既にめっちゃ甘そうなんだけど。大丈夫か?
「にはいめー」
戸惑ってるうちに味見すらしてないのに、もう一個のガムシロップも拉致ってまたどぼどぼ。別に俺、ほぼガムシロ使わないからいいけど……、どんだけ入れるつもりなんだ?
「甘くなりすぎない?」
「へーきへーき。うん、これくらいかしら」
ことっとせーなが置いた容器の中には、最初の半分くらいしかガムシロップが残ってない。こいつ、持ってきてくれたガムシロの3/4入れやがった。量、おかしくない?
「やっぱこれくらいが美味しいわ!」
かなり甘いであろうコーヒーを飲んで満面の笑みを見せるせーな。満足そうなら何より。……ほんと、偶然だったけど、こうやって笑いあえる関係に戻れてよかった。
3年と言う歳月は長くて、変わってしまったものも変わってないものもある。だから、昔の関係に戻ったといっても、昔とまるっきり同じというのはあり得ない。
だけど、これからの人生は、中学生の時のような味気ないものにはならない。それだけは確かだ。