ここから始まるモーのがたり
「さ、先ほどは助けてくださりありがとうございます! 何かお礼をしないと……」
裏通りの攻防が終わり、襲われていた姉妹の姉が俺に礼を言ってきた。二人とも怪我がないようで良かった。
しかし俺は別にお礼を求めるために助けに来たわけではない。その事はちゃんと伝えておこう。
「モー」
「え? そんな事のために助けに来たわけじゃない? 何を言ってるんですか! 私だけでなく、大切な妹も助けてくださった恩人を無下にはできません!」
「モー」
「そんなこと言わずに……。そうだ! もうすぐお昼ですから近くのカフェでランチなんかいかがです? 今日は私が奢って差し上げますので!」
「モー」
「あ、行ってくれるんですね! ありがとうございます!」
しかし姉の方はどうしても俺に何かお礼をしたいらしい。ここで無理に断るのも何かと失礼かもしれない。俺はカフェで食事ぐらいならいいだろう、と答えた。
「お姉ちゃん。さっきから気になってたけどなんで牛さんの言葉分かるの。私には同じ「モー」にしか聞こえないんだけど」
「うふふ、私と牛さんは信頼関係が出来上がってるからこれくらい当然よ。モトッカも、私と同じくらい信頼関係を気づけたらきっと普通の会話ができるようになるわ」
「一目見た牛さんを速攻で牛肉扱いしてた人がなんで信頼関係築けるの……?」
妹ちゃんは会話する俺達に怪しげな視線を向けながらツッコミを入れてきた。対する姉は信頼が要因だと説明したが、妹ちゃんは全く納得していない様子であった。
きっと妹ちゃんは突然現れた怪しい俺を警戒しているから会話してこないんだろうな。まぁそのうち打ち解けたら普通に会話できるようになるだろう。なんたって会話に大事なのは信頼関係だからな。どっかの秘書が「ならなんで信頼関係の薄そうなギルド長と普通に喋れたの……?」ってツッコミ入れてきそうだけど、それはそれだ。
そして俺は助けた姉に連れられ、表通りのカフェへと向かった。
「……というかそもそもカフェに牛さんは入れないと思うんだけど」
俺がカフェへ向かう様子を見て、妹ちゃんはもう一度ツッコミを入れた。
***
助けた姉に連れられて表通りのカフェにたどり着いたが、なかなか良い店だった。入ってみると内装の雰囲気は明るくおしゃれで、きらびやかすぎない俺好みのカフェだ。広さも狭すぎずゆったりと食事できそうな点もポイントが高い。
俺たちは店の奥の方にあるテーブル席に腰かけ(と言っても俺自身は牛なので姉妹たちしか席に座れなかったが)、ランチを頼むことにした。
「……なんで牛さんも普通に入れたの? 一悶着あってもおかしくないと思うんだけど」
「さぁさ、牛さんも好きなランチをお選びになってください。おすすめは牧草ランチですよ」
「なんで牛さんも食べれそうなメニューがあるの? 牛同伴が前提の店なの?」
妹ちゃんのツッコミをよそに姉の方から牧草ランチをおすすめされたので、俺はそれを頼むことにした。姉の方の女性はローストビーフ・パン・サラダ・ミルクティーがセットになったランチを頼み、妹ちゃんは「お姉ちゃん、牛さんの前で平然とローストビーフ頼むのはさすがにどうかと思うよ……」とツッコミを入れた後、玉子サンドとジュースを頼んだ。
「改めて、先ほどは妹ともども助けてくださりありがとうございます。私、貴方には感謝してもしきれなくて……」
「モー」
「え? 気を使って敬語を使わなくてもいい? でも、貴方は私の恩人で……」
「モー」
「……そ、そうね。わかったわ。以降はもうちょっとリラックスして話すわね」
そして注文を終えた後、助けた姉は改めて深々と頭を下げて礼を言い始めた。しかしこういう堅苦しい礼をされるのは慣れてなかったので、助けた姉に敬語をやめてもいいと伝えた。姉は俺の意思に配慮しているからか、すぐに敬語をやめてくれた。そして彼女は運ばれてきたミルクティーを一度飲み干し、改めて礼を言い始める。
「とにかく。助けてくれてありがとう。私はもう妹しか家族がいないから、この子が無事で一安心よ」
「モー」
「うふふ。牛くんは謙虚ね」
大したことはしてない、と俺が言うと姉は優しく笑った。敬語をやめて気が楽になったからだろうな。こういう笑顔を見ると、俺も助けた甲斐はあったと思える。
「自己紹介がまだだったわね。私の名前はアネッカ。郊外にあるコウガイノー牧場の……経営者、って言えばいいのかしら。そしてこの子がモトッカ。私の大事な妹よ」
「……ど、どうも」
そしてアネッカは、おかわりしたミルクティーを飲み干しながら自分たちの自己紹介をしてくれた。ロングヘアーの姉の方はアネッカ、ぺこりと頭を下げたショートヘアーの妹ちゃんがモトッカ。アネッカはコウガイノー牧場の経営者なのか。牧場について詳しくは知らないが、名前だけ聞いたことはあるな。
「それで、牛くんは普段何をしている牛なの? さっきの戦いでも強かったし、もしかして冒険者か何かをやっている方なのかしら?」
アネッカは軽く自己紹介した後、おかわりしたミルクティーを飲み干しつつ俺の事について聞き始めた。俺を冒険者だと思ったその推察は鋭いが、残念ながら冒険者は先ほど辞めたばかりだ。ちょっと恥ずかしいが、ここで見栄を張るほど落ちぶれてもいないので元冒険者だと答えよう。
「モーモーモ」
「え? 元、冒険者だった……? なにやら事情がありそうな言い方ね。差支えが無ければなんでやめちゃったのか教えてくれるかしら?」
「モォ……」
俺の返答を聞いたアネッカは、おかわりしたミルクティーを飲み干しながらも俺のやめた理由に興味を示した。だが実質ギルド長との喧嘩別れのような感じでやめたので、少し話しづらい。今日出会ったばかりの彼女たちに話してもいいものなのだろうか……?
「大丈夫よ。言いにくいなら話さなくても。だって貴方は恩人だもの。嫌な気分にはさせたくないわ」
アネッカはおかわりしたミルクティーを飲み干して、優しい表情でそう言った。それを見た俺の警戒心は次第に薄まっていく。
そうだ。世の中マークスみたいな奴ばかりじゃない。俺はもっと心を開いて他の誰かと接するべきかもしれない。
俺はそう思い、ゆっくりと口を開いた。今は彼女たちを信頼しよう。
「モモ。モーモモモモーモモ。モーモモモーモーモーモーモーモモモモモモ。モモ~。モモモモ~……」
「まぁ、そんな事があったなんて……。貴方もつらい思いをしてたのね。私、つられて泣いちゃうかも……」
「お姉ちゃん。私全然理解してないんだけど。つられて泣く要素の言葉はどこにあったの?」
俺が経緯を話すと、アネッカはおかわりしたミルクティーを飲み干しっぱなしのまま真剣に話を聞いてくれた。その目は少し潤んでいて、俺のつらい気持ちを真摯に受け止めてくれたのだろう。一方モトッカはまったく話の経緯を分かってないようで、ツッコミを入れてきた。
「……それとお姉ちゃん、さっきからおかわりしたミルクティー飲み干しすぎじゃない? お腹ちゃぽちゃぽになっちゃうよ?」
「うふふ、大丈夫よ。私ミルクティー好きだから」
モトッカはついでとばかりにミルクティーを何度も飲み干してるアネッカにツッコミを入れた。アネッカはニコニコと笑いながらも、ミルクティーを同時に三杯飲み干す。
「同時に三杯飲み干すってどういう状態なの……?」
ツッコミは続いた。
「モォ……。モーモモモー……モモモー」
そんな微笑ましい姉妹のやりとりを横目に、俺はため息をつく。そして、クビにされたのは俺には才能が無かったからかもしれないな、と言葉を漏らした。弱音は吐くもんじゃないが、二人の優しさに気が緩んで本音が漏れてしまったのかもしれない。
すると、その言葉を聞いたアネッカは大きな声で叫びながら立ち上がった。(ちなみにこの行動中もアネッカはミルクティーは飲み干していたが、以降は描写を省略しておく)
「いいえ、そんなことないわ牛くんっ!」
真剣な表情で突然叫んだアネッカを、俺とモトッカはきょとんと見つめる。そしてアネッカは言葉をつづけた。
「貴方は無能なんかじゃないわ。貴方は牛よ! ちょっとギルドで悲しいすれ違いがあっただけで、他の場所なら輝ける逸材なの! 私ならそれを証明できるっ!」
「モ……?」
これは……俺は褒められているのだろうか? それに「私ならそれを証明できる」とはいったいどういう意味だろう? そんな風に考えていると、アネッカは俺に顔を近づけてこう言った。
「ねぇ、牛くん。仕事がないなら私達の牧場で働いてくれない? 牧場での仕事なら、あなたの才能を極限まで発揮できるはずよ」
「モー!?」
突然のスカウトだった。
いったいどういう事だ? 俺はどこからどう見てもただの牛。牧場なんかに行っても役に立たないだろう。なのになぜ俺なんかを?
「お、お姉ちゃん!? その話、冗談だよね!?」
モトッカもその言葉を聞き、焦った表情を見せた。姉の言葉を冗談だと思いたかったようだが……アネッカの表情は真剣そのものだった。
「本気も本気よ。牛くんが来れば牧場はまた輝きを取り戻せる……。そんな気がするの」
「で、でも。うちの牧場は赤字続きで信用が無くなってるって聞いたよ? 今ここで得体の知れない牛さんを飼うのはどうかと思う……」
「大丈夫。牛くんは信頼できるわ」
「信頼とかそういう話じゃなくて、野良だから変な病気持ち込んじゃうかもしれないんだよ? 牧場ってそういうの駄目だよね?」
「そこはファンタジーな世界観って事で、うやむやにしておきましょう」
「世界観を頼りに病原菌をうやむやにしないで。そんなんだから牧場の信用がなくなるんだよ!」
アネッカはモトッカに対し、俺は信頼できると熱弁してくれた。世界観を頼りになんかをうやむやにしようとしてるとはいえ、今日初めて出会った俺をここまで信頼してくれるとは嬉しかった。
……だがモトッカが言った、牧場が赤字続きという言葉も気になる。そこもちゃんと聞かないといけないな。
「モー?」
「あぁ、ごめんなさい。まだ話してなかったわね。実はうちの牧場は経営難に陥ってるの……。父が経営者だった頃はまだそこそこ取引とかもあったんだけど、父が死んで私が後を継いでからは全然ダメ。従業員も妹と私の二人だけになっちゃった。……まぁ、信用も経験も浅い娘が右も左も分からずに運営してる牧場なんて取引が減って当然よね」
なるほど。アネッカ達の牧場はけっこうやばい状況のようだ。従業員が二人だけだなんて、相当だ。下手したら断った方がいい仕事なのかもしれない……。だが。
「そんな崖っぷちな状況だから、この頼みは断ってもいい。でも私は貴方が来れば牧場を立て直せると信じてるわ」
俺を信じるこの眼差し。もしかしたらここまで頼れるものもなかったため、優しくした俺に対して偽りの光を見出してしまっただけかもしれない。
だが偽りの光でも良い。彼女達と共に歩めば、新しくも楽しい生活を作り出すことができる気がする。根拠はないが、何故か自信があった。
どこまでできるか分からないが、彼女達を助けてみよう。俺は決断した。
「モーモーモー」
「! 本当に……本当に引き受けてくれるのね?」
「モー!」
「嬉しいわ! これで今日から貴方は私たちの仲間よ。これからもよろしくね」
俺の決断を聞くと、アネッカは潤んだ目でこっちの手(前足?)を強く握ってきた。相当嬉しかったようだ。
「じゃあ牛くん。今日から牧場の経営者よろしくお願いするわね」
「……え。経営者!? 牛さんに家畜としての仕事じゃなくて経営者の仕事やらせるの!?」
「そうよ。心配しないでモトッカ、この仕事なら前の仕事と違って牛くんの才能が格段に輝くはずよ。私はそう信じている」
「冒険者より動物さんに向かない仕事だと思うんだけどー!? 牛さんの才能見誤ってるんじゃないのーっ!?」
……こうして俺は牧場の経営者となった。モトッカのツッコミがカフェ内に響き渡った。