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おモーいがけない出会い

「モー……」


 俺はとぼとぼと、オソイワ王国の王都、ユークーリの小道を歩いていた。

 以前からマークスが怪しい動向をしていたのは知っていたが、まさかここまで酷い手を使って追い出してくるとは思わなかった。宿を変えたり引っ越す準備も与えられないまま、着の身着のまま王都をさまようはめになってしまった。着の身着のままと言っても、牛だから服は着てないが。

 はぁ、これからどうしよう。俺、今日から一生野良牛として生きていかなきゃいけないのかな……。


 いや、だめだ。こんな早々に心が折れてちゃ先が思いやられる。もっとたくましく生きなければ。

 新しい仕事、新しい宿、新しい生活。今から探すべき物は色々ある。大変かもしれないけど、頑張って探せばマークスと言う嫌な上司がいる冒険者稼業よりも心地よく過ごせる場所があるかもしれない。一つ一つコツコツ見つけていくとしよう。


「きゃ、きゃあああああ!」

「モッ!?」


 そんな事を考えていると、突如裏通りの方から女性の叫び声が聞こえてきた。なんだ、何か事件でも起きたか?

 元冒険者として、誰かが傷つくのを放っておくことはできない。俺は大急ぎで裏通りへと駆けていった。


***


「へっへっへ。可愛い嬢ちゃん達だな。俺達と良いことしねぇか?」

「安心しな。俺達は超速で良いことを済ませられる体質だからよ。時間は取らねぇぜ? うっひっひ」


 声のする方へかけつくと、そこには四人の人物がいた。

 まず筋肉質で背の高い男と、やや痩せ気味の男。顔はどちらもガラの悪そうな人相をしていて、この二人は仲間のようだ。

 そして男たちのすぐそばでは、女性二人がおびえた表情でお互いを守るように抱きしめあっていた。

 片方は赤髪ロングヘアの若い女性。もう片方は赤髪ショートヘアの可愛らしい女の子だ。なんとなく雰囲気が似ているため、二人は姉妹なのかもしれない。


「お、お姉ちゃぁん……」


 小さな女の子が若い女性に対し、涙目でそう呼びかけた。相当おびえている様子だ。


「どうか、どうか! 妹だけは手を出さないで……!」


 若い女性は妹と思われる女の子を抱きよせ、男たちに懇願の言葉を投げかける。


「どうしようかなぁ~? そんなにかわいい妹さんがいたら、食べちゃいたくなっちまうじゃねぇか。へっへっへ」

「ま、俺達も鬼じゃねぇ。お前が俺達を満足させられれば、見逃すかもしれねぇな。うっひっひ」


 おびえている女性二人に対し、男二人はニタニタと嫌な笑みを浮かべる。どこかのギルド長を思い出させる。

 この状況……もう間違いない。これは凶悪な事件が起こる瞬間だ。あの男二人が女性二人を襲おうとしているのだ。


「うぅ……だ、誰か助けて……」


 若い女性が涙を流してそう呟く。その言葉を聞き、俺はもう我慢が出来なかった。

 ここで女の子達を救わないようじゃ、男がすたる! 今すぐ助けないと! 俺、メスだけど!


「モー! モモモモモッ!」


 俺はそこまでだっ! と叫んで背後から男たちへと近づいた。男たちはハッとした表情で俺の方へと振り返る。


「誰だ!?」

「う、牛……? なんで牛がこんなところに?」


 ハッとした表情は、俺の顔を見た途端にすぐ焦りの表情に変わる。ふ、どうやら誰かが来る事を予見してなかったようだな。


「こんな町中に野良の牛さん……? なんで……?」

「まぁ、なんて大きな牛なの。カルビはどれだけ取れるのかしら……。想像しただけでよだれが止まらないわ」

「お姉ちゃん、こんな状況でなんでカルビの事想像してるの……?」


 ちらりと女の子達の方を見てみると、姉に抱きついていた小さな女の子も困惑した表情でこっちを見ている。

 一方、姉である若い女性は困惑はしていない様子だ。かわりに俺の全身をくまなく見つめ、よだれを垂らしていた。妹は、そんな姉の様子にも困惑の態度を見せていた。


「モー。モモモモモモモ。モモー。モッモッモ。モモモモモモモ。モモッモモ。モーモーモモーモー。モッモッモーモモモモッモ。モモモ? モモーッ!」


 皆が困惑する中、俺は男達に対し強い口調でそう言った。聞いての通り、罪を犯すなだとかこれ以上やったら容赦しないだとかいろいろな言葉を投げかけてやった。


「な、なんか長々と鳴いてるぞ……?」

「俺達に話しかけてる……のか?」


 しかし男たちは俺の言葉を理解できなかったようだ。焦りの表情をさらに深めている。何故だ。別に難しい単語は使ってないはずだが。


「牛さん! お気持ちはありがたいですが、そんな丸腰じゃ無茶です! 誰か冒険者さんを呼んできてください!」


 すると、姉と思われる方の女性が俺に対しそう叫んできた。どうやら俺が丸腰のまま一人(一匹?)でやってきた事を心配しているようだ。


「モモー。モモモモモモ、モーモーモ」

「お、俺だけで十分だ、ですって!? でも、ナイフを持った男二人相手では勝てません! ハラミにされちゃいますよ!?」

「モ。モ~モモモモモ。モモモモモーモモ。モッモ」

「確かに私は焼き肉の際は牛タン派です! 塩だけでもおいしいですが、レモン汁につけるのも王道で好きです! だから私はどうなってもいいので、妹だけでも助けてくださいっ……!」


 だが俺はここで去るほど軟な男ではない。(そもそもメス)

 俺だけでも大丈夫だと、姉らしき女性を落ち着かせるように話す。

 とはいえ姉は相当混乱しているからか、俺が戦いに勝てるとは思ってくれないみたいだ。だが合間合間の発言から妹を守りたいと言う一心だけは伝わった。


「……お前の姉ちゃん、なんで牛と会話できてんの?」

「……私にも分かりません」

「というかお前の姉ちゃんと牛、焼肉談義挟まなかったか? なんで牛に対して牛焼肉の話をしてるんだ?」

「……私にも分かりません」


 ……俺が姉を説得している間、何故か男二人が妹ちゃん(仮名)とヒソヒソ話している。妹ちゃんは相当訝しげな表情でこっちと姉の方をちらちら見ていた。何故だろう。


「モ」


 まぁとにかく、俺が今やるべきなのはこの男達の凶行を止めることだ。俺が男達に更に一歩近づくと、ようやく男達の顔つきは警戒した表情へと切り替わった。


「……俺達を邪魔しようってのか? 牛のくせに生意気じゃねぇか」

「状況はよく分からんが、そんなに殺されてぇならお望み通りにしてやるよ」


二人はそれぞれ懐からナイフを取り出し、こちらへと向ける。


「俺達は昔から早業のヤブッサ兄弟として恐れられてきた。殺しでも、食事でも、ベッドの上でも、何もかもをチョッパヤで片づけることができるのさ。へっへっへ」

「うっひっひ。お前もソッコーで狩ってやるよ。そして肉屋のミンチ肉にでもなりやがれってんだ!」

「ミンチ肉……つまりハンバーグ……それもいいわね。じゅるり」

「お姉ちゃん。その反応は食いしん坊にもほどがあるよ」


 ヤブッサ兄弟と名乗った男達は、俺へと挑発の言葉を投げかけてきた。その挑発の言葉によって姉の方はハンバーグを連想したらしく、またもやよだれを垂らしていた。妹ちゃんが呆れ顔でツッコミを入れている。


「へっへっへ。とっとと死ねヤァ!」


 筋肉質な方の男が、俺に近づいてナイフを振り下ろしてきた。こいつは本気で殺る気のようだ。


「モモモッ!」

「なっ……!?」


 しかし俺はその攻撃を軽やかに避けた。筋肉質な男は大いに驚いている。


「俺の攻撃を避けやがった……。でかい図体なのにいったいどうやって……」

「モモモモモモモモモモモモモモ。モモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモ。モモ。モモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモ」

「俺に回避技について親切丁寧に説明してる感はあるけど、「モ」しか聞こえねぇから分からん……」


 筋肉質な男が不思議そうな顔をしていたので、どうやって避けたのかを事細かく説明してやった。だが何故か理解してくれなかった。


「モモモモ」


 俺は次はこっちの番だ、と言って筋肉質な男から少し距離を置く。そして俺は筋肉質な男の方に向かってドコドコドコ、と重々しい足音を鳴らしながら突進した。


「なっ……なんてパワフルな突進だ!? まるで暴れ牛じゃねぇか……!」

「悪者さん、相手はまさに暴れ牛なんだからそれだと比喩になってないですよ……」

「そういえばそうか……」


 俺の突進してくる姿を見て、筋肉質な男はまるで暴れ牛のようだと驚いている。が、妹ちゃんの指摘を聞くとすぐ冷静になった。


 この突進はギルドにいた頃の俺の数少ない戦法の一つで、ずっとひそかに技術を磨いてきた技だ。同じ冒険者や強力な魔物はともかく、素人ではひとたまりもないはずだ。


「モーッ!」

「ぐわぁっ!」


 筋肉質な男は俺の突進をモロに食らい、結構な距離を吹き飛ばされた。そしてそのまま地面に倒れ、痛がるような動作を見せた。


「い、いつつつぅ……!」

「あ、兄貴!? ちくしょう、よくも!」


 弟らしき痩せぎみの男は、激しく吹き飛ばされた兄貴を見て、焦り始める。ここで手と足をゆるめる訳にはいかない。俺は痩せぎみの男の方へと向き直り、突進の準備を始める。


「また突進する気か? へっ! そう同じ手を喰らうかってんだ。俺達にはこんな時のための奥の手があるんだよ」


 痩せぎみの男はにやりと笑いながらそう言うと、懐をガサゴソと漁った。そして懐から大きな赤い布を取り出した。


「モッ!?」

「見やがれ、闘牛用の赤い布だ! これさえ使えばお前の攻撃は赤い布に吸い込まれ、避け放題って寸法よ!」

「悪者さん、なんでこんな状況でしか使えない赤い布を持ち歩いてたんですか? 馬鹿なんですか?」

「手痛いツッコミで傷心になったが、それでも俺達の有利は変わらねぇ! かかってこい、牛! オーレッ!」


 痩せぎみの男は妹ちゃんのツッコミで傷心になりながらも、じっと布を真正面に構え始めた。

 しかしここで闘牛用の赤い布を取り出してくるとは……。あれを使われてしまったら、最後。なんかヒラヒラが気になってしまい最終的に布に攻撃を吸われてしまうだろう。

 だがそれでもここで引くわけにはいかない。一か八かの勝負になるが、戦わなければ……!


「さあ来い、牛ー! オーディエンスはお前の突進を待ってるぞー! オーレッ!」

「モーッ!」

「ぐわぁっ!」


 俺は、オーレと言う掛け声を言いながらじっと布を真正面に構えている痩せぎみ男へと突進した! 結果、痩せぎみ男も突進をもろに食らいかなりの距離を吹き飛ばされた。体が軽いためか、筋肉質な男よりも遠くまで飛んだ。


「お、弟よー!? 畜生、赤い布を持ってたのになぜ吹き飛ばされたんだ!?」

「……回避行動もせずにじっと布を真正面で持ってたのが駄目だったと思います。あれじゃあ牛さんはまっすぐ自分の体へとぶつかってきますよね?」

「そういえばそうか……」


 少し痛みが引いたからか起き上がってる筋肉質男が、吹き飛ばされた弟を見て叫んだ。そしてなぜ弟が吹き飛ばされたのか理解できてないようだった。が、妹ちゃんの指摘を聞くとすぐ冷静になった。

 確かにあの状態のまま避けずにじっとしてたらそりゃ俺にぶつかるわな。納得だ。


「く、くそっ! 今日のところは引いてやる!」


 筋肉質男はそう叫び、ふらつきながらも痩せぎみ男の方へと駆け寄る。


「覚えていろ。次こそはオーディエンスを沸かせるようなマタドールになってやるからな。覚悟しやがれ!」

「当初と襲ってきた目的変わってますよね……?」


 そして筋肉男は痩せぎみ男を抱えたまま、どこかへ逃げ去ってしまったのであった。妹ちゃんは最終的に目的が変わっちゃってる男達に対しツッコミを入れた。



 こうして、裏通りでの攻防は俺の華麗な勝利で幕を下ろしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] オッサンが「俺のミルクを飲めよ」とか言うのは事案ではないかな? 若い女性に対して言ったら通報されるよね?
[良い点] タイトルだけかと思いきや、むちゃむちゃ面白いのです。 ギルド長とつっこみ役の秘書のかけあいで、 ミルクを出す仕事をギルド長がやるんかいって、当たりが面白すぎます。
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