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モー辞めてやる!

「牛。お前は今日でギルドを解雇する」

「モー!?」


 オソイワ王国トップクラスの冒険者ギルド、「サイキョーギルド」。ギルド長の執務室に呼ばれた俺は、机の前で不機嫌な顔で座っているギルド長のマークスから衝撃の言葉を耳にする。長年勤めていたこのギルドからの解雇を言い渡されたのだ。


「モーモー」

「これは決定事項だ。お前が何と言おうとくつがえらない」


 俺は必死に解雇を取り消してもらうよう頼んだが、マークスは意見を変える気配は全くない。


「モー」

「理由が聞きたい、だと? それはお前がギルドに貢献できなかったからに決まっているだろう!」


 せめて理由を聞かせてくれと言ったところ、マークスは机をバンと叩きながら叫ぶ。だいぶイラついている様子であった。


「……マークス様、なんで牛と普通に会話できてるんですか? そういう能力持ってないですよね?」

「レタリー、お前は黙ってろ。俺の会話の邪魔をするな」


 マークスの横に立っていた、彼の秘書であるレタリーが会話に割り込んで疑問を投げかけた。彼女はギルドの書類業務の取りまとめ、マークスのスケジュール管理、ギャグ展開へのツッコミなどをこなせる、サイキョーギルドの円滑な業務に欠かせない人物だそうだ。俺は今日初めて会ったが、有能そうなオーラと苦労人になりそうなオーラを感じる美人さんだ。

 しかしマークスはレタリーの発言をあしらって、目線を俺に戻す。


「いいか、牛。このギルドに所属する冒険者はモンスター退治や護衛が主な仕事だ。だが、お前は荷物持ちや雑用しかやらねぇ。新人ならまだしも、長年働いてそれしかできないだなんて腰抜けにもほどがある!」

「そんだけ仕事できてるんならお利口な牛さんだと思うんですけど」

「しかも移動速度が遅いから、一緒に依頼を受けたパーティメンバーから苦情も多い! 一トンの荷物を運んだだけで移動速度が遅くなるなど、やる気があるのか!?」

「むしろ一トンも荷物を運んでくれた牛さんに苦情を言ったパーティメンバーに対してやる気があるのかと問いたいです」

「雑用も下手だと苦情も多いぞ! 洞窟でのマッピングをしても読みにくい物しか描けないし、野営の料理も味が濃いシチューばかりらしいな!」

「そのレベルの料理とマッピングができるんですかこの牛さん!? もはやお利口を通り越して天才じゃないですか! あと、牛さんに何やらしてるんですか一緒にいたパーティメンバーは!」

「そのうち剣か呪文で戦えるようになると思って雇ってやったのに……とんだ期待外れだ。さぁ、無能はさっさとこのギルドから出ていけ!」

「荷物運べる牛さんより、そんな判断で牛を雇ったマークス様が無能だと思うんですがー!?」


 マークスは激しい口調で次々に俺を非難する。俺の失敗や仕事能力の低さを指摘し、挙句の果てに無能とまで言われてしまった。……そして、レタリーはそんなマークスが発言するたびにツッコミを入れた。


「なんだってんだ、レタリー。俺の言う事全てに逆らいやがって。お前は俺の味方だろうが!」

「味方でも限度がありますよっ! そもそも私、牛さんを冒険者として雇ってるだなんて初耳です! なんか近くで牛をよく見かけるなー、って違和感はありましたけど!」

「牛を雇ったのはレタリーが来る前だし、詳しく知らないのも無理はねぇな。ま、別に説明する必要もなかっただろ」

「これは真っ先に説明するべき案件ですって! 人と動物さんとでは働かせ方はまるで違うって分かってますか!?」

「動物か人かだなんてこのギルドじゃ関係ねぇよ! ここは実力主義だ! 剣と魔法を使えない腰抜けは誰であろうと用はない!」

「ならそもそも雇うなっての! それらが使えないってのは見ればすぐ分かるでしょう!?」


 マークス側の人間であるはずのレタリーは、何故か俺を擁護する発言をし続けている。イラついているマークス相手に激しい口論を始めた。漫才にも見えるが、気のせいだろう。


 しかし俺が辞めてしまうとなると、担当していた仕事に穴が開いてしまう。それは大丈夫なのだろうか。俺はマークスに俺の仕事について尋ねた。


「モー」

「へっ。そんな仕事、お前が心配しなくても俺が代わりにやってやるよ」

「モー!モー!」

「馬鹿言うな。俺を誰だと思っている。それにな、このギルドにはS級冒険者がわんさかいる。そいつらにやらせりゃ済むことだ」

「モー」

「くどいっ! 俺様はお前のそういう説教臭い上にとろくて長ったらしい喋りが大嫌いなんだよ! ウダウダウダウダ、御託を並べやがって。そんな長々くっちゃべっても俺の意見は変わらねぇ。ここを出てその喋りの才能を生かした職業にでもなりやがれってんだ!」

「牛さんは「モー」しか言ってないですよマークス様。その鳴き声にどれほどの長さのワードを聞き取ったんですか」


 俺は長々と仕事の穴が開いてしまう事による不都合を説明しようとした。しかしマークスはろくに話も聞かず大声で威嚇するように怒鳴ってきた。こいつは相当俺のことが嫌いなようだ。それと、レタリーに鳴き声の短さと会話内容との差異についてツッコまれた。


「……というかマークス様。「俺が代わりにやってやる」とか「S級冒険者にやらせる」とか言ってましたけど、一体牛さんと何の会話をしていたんですか」


 そしてレタリーはマークスにそう尋ねた。俺とマークスの会話をちゃんと聞こえてなかった様子だ。マークスはにやにやと嫌な笑みを浮かべながらレタリーに答える。


「へっ、簡単な話だ。「ギルドの食堂とかに提供している搾りたて牛乳を出す仕事は誰がやるんだ」って話だよ」

「そればっかりはお前らができる訳がねぇだろうがよぉ!? できるならギルド長やめてびっくり人間として生計立てれるっての!」


 ……そう。俺が気にしていた仕事は牛乳を出す仕事だ。現状他の職員や冒険者でこの仕事をやっている者はいない。なのでベテランである俺のノウハウ無しで行えるのかが不安だったのだ。しかしマークスが自信満々でやれると言っているのだから、すでに何らかの手を回しているのだろう。あとどうでもいいけど、レタリーのツッコミめっちゃ荒々しくなってきたな……。



 レタリーが割と俺に好意的な態度を示している……というかマークスに対しての評価が下落しているので彼女に頼めば書類上だけでもギルドに残れるかもしれない。

 しかし俺はそれ以上にマークスの態度に失望してしまった。彼がギルド長として居座っている限り、このギルドにいた所で悪影響しかないだろう。


「……モー、モーモー、モー」


 俺はギルドを出ていく決意をし、それをマークスに言い放つ。やや苛立った言い方になってしまったかもしれない。


「ははは、わかりゃいいんだよ。じゃあな。退職金は出せねぇが、達者に暮らせよ」

「モー」


 嫌いな相手が出ていく事に喜んでいるのか、気持ちの悪い笑顔を浮かべるマークス。俺は彼を尻目に部屋を出ようとした。……しかしその直前、マークスが何かを思い出したかの様な口調で俺に言葉を投げた。


「……おっと忘れてた。ちなみにお前の泊まっていた牛舎に置いてある私物はもう俺が処分してやったから安心して出ていきやがれよ」

「モッ!?」

「なんせギルドの牛舎は今日から別の冒険者を泊めるには色々邪魔だったからなぁ。悪く思うなよ? ぎゃっはっは!」

「ちょっと待って、私牛舎なんて知らないんですけど。私に黙っていつの間に建ててたんですか。というか別の冒険者を牛舎に泊めるんじゃねぇってば」


 マークスの奴、俺の泊まっていた牛舎に置いてた私物を捨てたな……!

 牛だから特にこれと言って価値のある私物は持っていなかったが、それでも無断で勝手な事をされたら俺も怒る。しかも大声で笑う態度を見るに、俺を怒らせるためにわざとやったのだろう。奴の思惑通りとは言え、とても腹が立つ! ……ちなみにレタリーも知らされてない牛舎の件で腹を立てている様子だ。


「さぁ、さっさと出ていけ! お前の居場所はここにねぇんだよ!」

「モーッ、モモモモモー!」


 そして俺はマークスの態度に我慢の限界を迎え、声を荒げて叫んでしまう。そして怒りのままにさっさと部屋を出た。逃げるような形になってしまうが、もうマークスの顔も見たくないのでこれが最善の選択だろう。


「ぎゃっはっは、これで邪魔ものはいなくなったな。あの男はギルドの女たちに好かれててずっと気に入らなかったんだ。これでこのギルドは名実ともに俺のもんだ!」

「牛に対して私怨をぶつける事の是非以前に、あの牛さん男じゃなくてメスだと思うんですけど。牛乳出す係やってましたよね?」

「何、女だと!? くそっ、それならあいつを俺のハーレム軍団に加えるって手もあったか、ちくしょう……!」

「このギルド長ストライクゾーン広いな……」


 後ろからは満足げなマークスの声と、ツッコミを入れるレタリーの声がかすかに聞こえたが……もうどうでもいい事だ。だって俺は今日からギルドの冒険者ではなく、野良牛なのだから。

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[気になる点] マテ!男なのになんでミルクが出るんだ? 別のところ搾ってんじゃねーだろうな?
[良い点] 発想が天才のそれ [一言] 終始笑わせてもらいました
[良い点] ツッコミが追いつかない! [一言] マッピング出来て、料理も出来るのに剣が持てないとは……牛、謎が多すぎる。
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