第6話『到着―GUILD』
曇り空の下。厚い雲の向こうで陽が沈み、辺りが暗くなり始めた頃。
遠くから雷鳴が徐々に近付く中、小さな街ベネスに一人の来訪者がやって来た。
馬に乗った黒髪の少女・リアは、手綱を引いて減速する。やがて馬の足が止まると、辺りを見回して目的の建物を探す。
「えーと、確か目立つ建物って言ってたよね・・・着けば分かるって・・・あ、あれか」
目に止まったのは、他と比べて一際大きな煉瓦造りの建物。幅も高さも倍は有るだろうそこには、鎧を来た大男やローブととんがり帽子に身を包んだ女性等、様々な人が出入りしている。
「うん、間違い無さそうね」
手綱と足で馬に指示を出し、その建物・・・ギルド支部へとリアは向かった。
―――冒険者ギルド・オーキス東支部
冒険者達が集うギルドの支部の一つであるここは、酒場と食堂、宿屋に商店までも兼ねて経営される、ベネス唯一の商業施設である。
「おぅ、ねーちゃん!酒も一つ追加頼むわ!」
「はいはーい!」
「これとこれ買うわ。あ、あとそれも」
「毎度ありー」
「こちらが報酬になります。お疲れ様でした!」
ガヤガヤと喧騒が絶えない支部は、この日も変わらず通常運転の日常であった。その騒がしさと忙しさに、木の扉を開いた少女は気圧されてしまった。
「え、と・・・すいませーん・・・?」
扉の隙間から顔を差し込み覗かせる、黒髪の少女。その自信無さげな小さな声は喧騒に掻き消されてしまった。
「あのー、すいませーん・・・ここに来いって言われたんですけどぉ・・・」
リアはどうすれば良いか分からず、ゆっくりと足を踏み入れながら中へ入り、そこに居る誰かに向けて再び声を掛ける。
その時だった。
「ん・・・?あら、初めて見る子ね?依頼かしら?」
リアの存在に気が付いたのは、入口近くの席で紅茶を飲んでいた褐色の肌に金髪が映える女性だった。黒いローブを羽織ったその女性はカップを置いて立ち上がり、リアに歩み寄る。
「あ、いや・・・コールにギルド支部に行けって言われて」
「コール?貴女、コールのお知り合い?」
少女の口から出た名前に少し驚きながら女性は問い掛ける。
「知り合い、と言うか・・・助けて貰って。それでここに」
「そう・・・何かワケありみたいね。いいわ、ついて来て。話、聞いてあげるから」
「は、はい」
事情を察した女性は微笑みながらそう言うと、リアの手を取って奥のカウンターに向かって歩き出した。そこに吊り下げられたプレートには『受付』と書いてある。
「ねえ、ちょっといいかしら」
「どうしました?アンネさん・・・あれ、その子は?」
カウンターの向こうで作業していた赤毛の女性は、ローブの女性・アンネの隣に居る少女を見て問い掛ける。
「コールの知り合いらしくて、ワケありみたいなの。暫くの間、応接室使わうわね」
「コールさんの!?わ、分かりました!後でお茶お持ちしますね!」
「ええ、ありがとう。助かるわ」
そう言ってリアの手を引き、カウンター脇の通路に入っていくアンネ。
当のリアは緊張した様子で、アンネのローブに包まれた背中を見つめながら彼女について行く。
「ここならゆっくりお話し出来るわ。さあ、座って頂戴」
「は、はい・・・」
応接室に着き、促されるままカウチに腰掛けるリア。広々としたその部屋には、質素な調度品や魔物の剥製などが飾られており、無骨なイメージのギルドに相応しい内装になっていた。
「さて、お話しの前に自己紹介しなくちゃね。私はアンネリーゼ・シファーよ。アンネって呼んで頂戴。貴女は?」
「アタシは、リア・アネット。それで、あの・・・」
「ええ、そうね。何があったか教えて。力になるわ」
そう促され、リアはここに来るまでの経緯を説明した。
商人・マルクスの屋敷から逃げ出してから、ここに来るまでの経緯を全て。一通り話すと、途中で先程の赤毛の女性が持って来た紅茶を一口飲んだ。
「あのコールが、ね・・・分かったわ。貴女の当面の生活の事は任せて頂戴。あとはマルクスの件ね・・・」
「なんとかしてくれるの!?」
身を乗り出すリアに、アンネは首を振って否定する。
「ごめんなさい・・・どうにかしたいのは山々なんだけど、手を出せないのよ」
「え・・・どうして?」
「マルクスは侯爵家・・・オーキス侯爵と手を組んでるの。侯国随一の商人である奴のやる事は、侯国公認みたいなものなのよ。下手に手を出せば、私達が潰されてしまうわ」
「そんな・・・じゃあ、どうすれば・・・」
マルクスの非道を止めようにも、頼みの綱であったギルドでは手を出せない。リアは落胆し、自身の非力を再び痛感した。
「・・・ねえ、リアちゃん?貴女、コールに一度お願いしてるのよね?」
「え?ええ・・・でも、アタシには報酬は払えないだろ、って・・・」
「コールらしいわね・・・でも、今なら払えるんじゃないかしら?」
「え・・・あっ」
ギルド支部に来る直前。ハルマスを出発する時に、コールが“ある物”を渡してくれた事を、リアは思い出した。
「私達じゃマルクスには手を出せないわ。でも彼なら・・・コールならやれるわ。彼は“特別”だから」
「特別・・・どういう事?」
意味有りげに微笑むアンネに、リアは首を傾げる。
「気にしない、って事よ。さ、戻って依頼を出しましょうか。そうそう、貴女の服も見繕わなきゃね。年頃の女の子がそんなダボダボの服来てちゃ、折角の可愛さが台無しよ?」
「あ、ありがとう、ございます」
立ち上がったアンネは微笑みながら、リアの手を再び引いて立たせる。優しくもどこか妖艶なその笑顔に戸惑いつつも、リアはアンネに連れられて応接室を後にした。
その後、何故か彼女を気に入ったアンネによって、着せ替え人形よろしく滅茶苦茶にされたリアなのであった。
「どうしてこうなった・・・」
無論、レースだとかフリルだとかの可愛らしい格好を全て拒否したのは言うまでもない。
「こんな可愛いのに・・・勿体無いわぁ」
嵐はその夜の内に過ぎ去って行った。