第5話『悲痛―no RELIEF』
「はあ!?ちょ、ちょっと待って!関係無いって何よ!?」
「関係無いな、全く」
カップに残っていた冷めたコーヒーを飲み干しながら、冷たく言い放つ。
その態度にリアは苛立ち、彼の腕を掴んだ。
「何で!?何で関係無いって言えるのよ!?助けに行こうとか、懲らしめようとか思わないワケ!?」
「思わんな」
「何でよ!?」
「チッ・・・勘違いするな」
少女の追及にコールは舌打ちし、彼女の胸倉を掴んだ。
「いいか。俺は正義の味方なんかじゃない。見ず知らずの赤の他人を無償で助けるほどお人好しでも無い。奴のやってる事は確かに違法だが、それを止めた所で俺に利益が有る訳じゃない。だから関係無いと言ったんだ」
「何よそれ・・・じゃあ、アタシを助けてくれたのは、何でなのよ・・・?」
彼の言葉に目を潤ませ、リアは疑問を口にした。
「・・・ただの気まぐれだ。強いて言うなら、奴隷とは言え自分の家の前で行き倒れた挙句、死なれたら寝覚めが悪い。それだけだ」
「っ・・・そう」
返ってきた答えは期待に反して冷たく、少女は俯き肩を僅かに震わせる。
そんな彼女から手を放し立ち上がると、コールは窓の外に目をやった。空はどんよりと厚い雲に覆われ、夕暮れの陽光は射さず、薄暗くなり始めていた。
「ねえ、コール・・・もし、ちゃんとお願いしたら、助けてくれるの・・・?」
「・・・さあな」
「お願い・・・アイツを、マルクスをやっつけてよ・・・あの子達を助けてあげて・・・アタシと同じ位の子やもっとちっちゃい子も居た・・・アタシも、本当は他の子達と同じ目に遭いそうだったのよ・・・あんな怖い目に、あの子達を遭わせたくない・・・」
リアの声に押し殺す様な嗚咽が混じる。俯いた少女の顔は長い黒髪に隠れて見えないが、こぼれ落ちる涙がソファに小さな丸い染みを作っていた。
「お願い、コール・・・」
「依頼、か・・・悪いが、断わる」
「何で・・・?」
「奴隷のお前に、報酬など払えんだろう。言った筈だ。『赤の他人を無償で助ける程お人好しじゃない』と」
その言葉に少女は手を握り締め、自身の無力を呪った。うぅ、と漏れる声は悲痛に満ちている。
「それよりついて来い。急がないとまた嵐になる」
「え・・・?ちょっ、まっ、痛いって!」
涙を流すリアの腕を掴み、コールは玄関へ、更にそのまま外へと彼女を連れて行く。
「ちょっとコール!一体何なのよ!?」
「お前、馬は乗れるか?」
「え?ええ、まあ一応は・・・」
「なら良い。着いたぞ」
少女が連れて来られたのはボロボロの小屋。申し訳程度に付けられた穴だらけの扉の向こうには、一頭の馬が見える。
その小屋に入ると、コールはリアの腕を放し、馬を繋いでいる縄を解く。
「え・・・?ど、どういう事?」
「気まぐれついでにお前を逃がしてやる。隣町のベネスまで行けばマルクスも追っては来ないだろう」
「逃がす、って・・・アタシ奴隷だよ?どうやって生きてけばいいのよ?」
「あても無いのに何も考えず逃げ出したのかお前は・・・」
少女の無鉄砲振りに呆れつつ、コールは彼女の首に着けられた銀の輪に手を触れる。彼がそのまま何かの呪文を小声で唱えると、首輪の石の色が赤から灰色に変わり、カチンという音と共に外れた。
「え・・・?」
「仮状態なら解呪魔法で取れるんだよ。これでお前は奴隷じゃなくなったな」
リアの首から外した輪を見せながら言うと、彼は馬の手綱を引いて小屋から出た。その後について少女が外へ出ると、彼女を抱き上げて、と言うより持ち上げて馬に乗せた。
「わっ!?ちょっと!いきなり何すんのよぉ!?」
「馬に乗せただけだ。いちいち喚くな」
「むぅ・・・アンタ、女の子の扱い方ってモノを覚えないとモテないよ?」
「必要無い。そんな事より最後の気まぐれだ。受け取れ」
リアの忠告を軽く流すと、コールは小さな革の小袋を差し出した。彼女が不思議そうに受け取ると、何か金属が擦れ合う様な音と共に、その手に慣れない重みがのしかかる。
「これって・・・お金?」
「そうだ。それだけ有れば、当面の生活には困らんだろう。大事に使え」
「あ、ありがとう・・・」
素直に礼を言うと、リアはその小袋をパンツの左ポケットに突っ込んだ。ずしりとした重みに、体に合わないサイズのパンツの左側が不格好に垂れ下がる。
「よく聞け。距離は有るが、この道を西に真っ直ぐ行けばベネスと言う街が有る。急げば嵐になる前には着くだろう。そこのギルド支部に行って事情を説明すれば、身柄の保護と当面の面倒は見てくれる筈だ」
目の前に伸びる道の先を指差して、少女に説明するコール。
「ギルド支部・・・?街の何処にあるのよ?」
「一番目立つ建物だ。ベネスに着けばすぐ分かる」
リアが乗る馬を引きながら質問に答えると、立ち止まって彼女に告げる。
「リア、これでお別れだ。二度と奴隷にはなるなよ」
「うん・・・色々とありがとね、コール」
別れ。一日にも満たない縁だったが、彼女はコールに助けられた事を感謝した。
「ねえ・・・やっぱり、さ。さっきのアタシのお願いって・・・」
「聞けん。残念だが諦めるんだな」
「そっか・・・分かった」
最後の質問。変わらぬ返答に悲しげな表情を浮かべて俯くリアだったが、今度は涙を見せず、顔を上げて自分の行くべき道を見据える。
「じゃあね、コール」
「さっさと行け」
「・・・っ、はぁっ!!」
冷たい送り出しに寂しさを覚えるも、リアは手綱を強く握り、馬を走らせる。
まだ見ぬ街へ向けて。奴隷ではなく人として、新たな人生を送る為に。
走り去って行く少女の後ろ姿を見送り、コールは小屋の前で小さく溜め息をついた。
「・・・これでいい。これで、アイツは俺と関わらずに済む」
その呟きは誰にも届かず、虚空に溶けて消える。
「俺の戦いに・・・復讐に、巻き込まずに済むんだ・・・」
どんよりとした曇り空を見上げて、青年は独り、安堵していた。
厚く重い雲に覆われた空は、彼の生きる孤独の人生を表している様に見えた。
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