4 クソ雑魚スケルトンは強敵ゴーレムに勝つ夢を見ない
ふと考える。
そもそも俺が人として死んでからスケルトンとして目覚めるまでどれほどの時間が経っているのだろう。
戻った地下墓地の通路を進みながら思索する。
おそらく一日二日というわけではない。
目覚めたときには体は完全に骨だけになっていた。
肉が腐り落ちて無くなるのにいったいどれぐらいの時間が必要かは分からないが、短時間ではないはずだ。
だとしたら、何十年、何百年も経っている可能性はどうだ?
俺の骨はよく見かけるスケルトンたちと違って、白くて綺麗だ。
骨が風化するような何十年何百年はたっていない気はする。
しかし、実際のところは分からない
だから、俺が死んだときは森だったあの場所が、何らかの原因でさっき見た砂の大地に変わってしまっていることも視野に入れるべきか。
だが、実際にそうだったとして、どうする?
あの砂の大地を越えなければ、他の場所にたどり着くことが出来ないとして、それを実行に移すのは現実的ではないと思う。
しかし、そうしなければ永遠にこの骨まみれの場所で永遠に過ごすことになるが……
――仮定で進めても意味が無いか。
情報が不足しているな。
とりあえず、この地下墓地を全て調べてから考えるか。
こちとら寿命無制限のアンデッド、スケルトンだ。
気を長く持つとしよう。
しばらく歩き続けていると、下に向かう階段を発見する。
今は、地下二階。
砂の大地を地上一階として、黒い魔物と戦ったのが地下一階。
俺が目覚めたのが今いる地下二階だ。
この階段を下れば地下三階か。
何か今の状況の手がかりになるものがあるといいのだが。
踏み出すとぐらぐらと揺れるほど風化している階段を降りる。
そして次の階に付くと、そこもまた変わらぬ地下墓地だった。
特に変わったこともない。
スケルトンとすれ違いながら歩みを進めていく。
そしていくつもの角を曲がりながらしばらく歩き続けていると、重厚な金属門を見つけることが出来た。
複雑なレリーフが刻まれ、左右には大きな戦士の石像が置かれている。
「おおっ!」
ついに見つけることが出来た変わったもの。
刻まれた美麗なレリーフ。
守護と高貴を意味する戦士の石像。
中にあるのは宝物庫か霊廟か。
人型の像が守っている場所であれば、おそらく権力者の眠っている霊廟だ。
――貴人を守護するのに野蛮な獣は必要ない。忠実な戦士を使うものである。
――財宝を守護するのに盗みを働く人間は必要ない。確実に盗まない獣を使うものである。
そして権力者が葬られた霊廟には、その者が黄泉で使うための家具財宝を共に葬るものだ。
ここには目も眩むほどの宝物があるに違いない。
……ただ、スケルトンの俺はその財宝の使い道がないわけだが。
まあ、それでも別に構わない。
飲食睡眠不要の俺に必要なのは富ではなく、夢とロマンだ。
使う必要もないのに財宝をため込むドラゴンの気持ちは、こんなものなのかもしれない。
……それに、何か現状の手がかりになるものも見つかるかもしれない。
ともかく俺は財宝を手に入れるために、目を金貨のマークに輝かせながら金属門に近づいていく。
そのとき。
ひどく耳障りな、硬いものがこすれるような音が聞こえる。
そちらに目を向けると、本来動くはずのない戦士の石像がゆっくりと動き始めていた。
「な……ッ!」
俺は反射的に後ろへ飛び退った。
二体の石像が台座から歩き出し、手に持った剣を握りしめて近づいてくる。
――これは……、動く石像だ。
知識でしか知らない、魔力で動く人形である。
人形とは言っても、貴族の淑女が持っているような綿が詰められた可愛らしいものではなく、堅固な石がぎっしりな生物を殺すための殺戮人形だが。
こんな状態で初めて目撃することになるとは……
俺の身長の一.五倍もある動く石像は見上げる程に大きい。
せっかく見つけたロマンとそして現状の手がかり、撤退するか否か迷う。
すると、次の瞬間、目の前には石の剣を振り上げた石像がいた。
速い!
俺はそれを何とか避ける。
しかし、ギリギリになってしまったせいで、腕の骨が石の剣にわずかにかすった。
腕の骨が砕かれる。
「マジかよッ!」
砕かれた腕の先と手がカランと落ちた。
俺はさらに後ろに下がる。
速い、硬い、強い。
たかが石の動く石像、それをただの雑魚だなんて考えているのなら、それは間違い。英雄物語の読みすぎである。
考えてみることだ。
今自分の目の前に、天井に背が届くほどの大きな石製の像がある。
――さあ、今から動き回るこいつに殴り勝て。
答えは簡単に分かる。不可能だ。
民間人ではまず無理。
鉄製の剣を持つ戦士であれば、石を砕くことはできるが、おそらく実際には表面をわずかに削っただけで折れる。
打撃武器のメイスなどがあればその心配は無いが、俊敏に動き回る目標に石を砕くほどの力を込めた一撃を何十回も当てられるだろうか。
まあ、無理だ。その前に殺されるか、そうでなくとも疲労で動けなくなるだろう。
魔法はどうだ?
石を砕ける魔法は土属性の魔法くらいだ。
火で焼いても石は壊れない、水をぶつけるくらいでは砕けない、風は空気よりも石の方が固いだろう。
同素材の土属性魔法であれば石を砕くのは難しくないはずだ。
他の魔法でも動く石像を砕く魔法を唱えることはできるだろうが、それをできる者はそう多くはないのだ。
俺はそもそも魔法は使えない。
動く石像に勝てる程の身体能力があれば、落ちこぼれ冒険者なんかやってなかった。
さっきの黒い魔物なんかとはわけが違う。
総石製のこいつにはやわらかい部位など存在しない。
俺は逃げる決断をした。
動く石像を見ながら背中側に下がる。
きちんと警戒していれば、何とか相手の剣戟を後ろに避けることだけはできた。
頭を二つに増やしたことで、後ろを見ながら下がれるため、壁に追いつめられることもない。
それでも四本の腕の内三本までが砕かれ、最後の四本目にも罅が入っていた。
しかし、ある程度まで下がったとき、二体の動く石像はピタリと立ち止まる。
俺は身構えながら眉をひそめた。
どうした。
なぜこない……?
しばらくそのまま動く石像の石の目と見つめ合っていたが、ふと気づく。
あの動く石像は金属門を守る守護者。
金属門からあまり離れられないのか……?
そのまま動く石像をずっと動かない。
俺はじりじりと下がり、距離を置いてから、そのまま走って逃げだした。
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