3 スケルトン式強化術
勝てるなんて思わなかった。
冒険者のころの俺だったら、確実に負けていただろう。
人間に腕は三本もないのだから、当然だ。
いや、その前に顔に毒液をかけられた時点で失明して終わっていただろうな。
スケルトンで良かったというべきだろうか。
しかし、こうしてみると、スケルトンというのは思いほか先のある魔物なのではないだろうか。
確かにその力は最弱がふさわしいものだ。
しかし、自分とは異なる骨も利用できることを考えると、その可能性は大きく広がる。気がする。
この腕だってそうだ。
俺は自分が付けた新しい腕を見る。
……ん?
あれ、これ、この左肩に付けたこの腕。
右腕じゃないか?
左肩に右腕を付けてしまうとは……
それが気づかない程に焦っていたのだろう。
どうしようか。
とれるか?
そうして、取ろうと思って取ると非常に簡単にスポンと抜けた。
これだけ簡単に取れると、逆に心配になってくる。
戦闘中にすっぽ抜けたりしたいのだろうか?
俺は少々不安を感じながら、腕を右肩に再装着した。
そして、心無し強めに引っ張ってみる。
うん?
おお。
おおお!
抜けないぞ。
詳しく言うと、なんか関節に鍵をかけた感じ。
任意で取り外し可能なようだ。
鍵をかけたとしても強い力で引っ張ると外れそうになってしまうが、それも頑張って踏ん張れば結構持つ。
うーむ。
便利だ。
こんなに簡単に取り外し可能とは。
という事は、だ。
俺は、片足で跳ねながら、歩き回る。
そして、砂の地面に散らばった人骨を見つけた。
おそらくあの黒い魔物に倒されたのだろう。
俺はそばに跳ねながら駆け寄ると、その骨の中から足の骨を見つけて、折れた足と交換してみることにした。
俺の折れた右足を取り外して、新しい右足を装着する。
……うん。
できた。
立ち上がる。
そして、何回かその場で跳ねてみた。
完璧だ。
違和感もほとんどない。
別人の骨だから形とか大きさとかに多少の違いはあるが、まあそれほど気にはならない。
ああ、そういえば頭も毒をかけられて溶けてたか。
……頭は交換しても大丈夫なのか?
重要な部位な気がする。
……とりあえず、実験だけしてみるか。
俺は己の頭蓋骨に手をかけ、そっと引き抜いてみる。
すると、思いのほか簡単に取れてしまった。
視界はどうやら、頭蓋骨が保持しているらしい。
自分の頭を持った自分の体が見える。
よし、そのまま続けてみよう。
普段の視界と違ったせいで多少手間取ったが、問題なくもう片方の落ちていた頭蓋骨を手に取った。
よし、装着だ。
既にないはずの心臓が、どくどくと脈打っている気がする。
どうなってしまうのだろうか。
ゴクリと生唾を飲み込んだような気分になる。
頭蓋骨は、かちゃりとハマった。
すると、その瞬間。
視点が急に切り替わった。
通常の人間と同じ視界で、左手には頭蓋骨があった。
頭の頂点から右眼窩にかけて窪みができ、無くなっている頭蓋骨だ。
どうやら、頭蓋骨も取り換え可能なようだ。
でも、あの魔物の毒は、非常に強力な酸だったらしい。
これほどまでに頭蓋骨が損傷していたとは……
……今までありがとう。
俺は自分の物だった頭蓋骨をそっと壁に立てかけ、深くお辞儀をした。
これまで、四〇年近くも共にあった骨だ。
それを手放さなければならないのが、少し、悲しかった。
さて、どうしようか。
うーん。
俺がふと目を向けると、そこには散らばった人骨。
その内の、左腕に目が行った。
……右腕だけ二つというのもあれだし、左腕も新しく付けてしまおうか。
拾い上げて、左腕を左肩に付ける。
これで俺は四本の腕を持つスケルトンになった。
よし、これでバランスがいい。
まてよ。
頭蓋骨を二つ付けたらどうなるんだ?
視界が二つになるとか?
非常に気になった。
俺は別れを告げたはずの欠けた頭蓋骨を手に取り、それを俺の首にハマっている頭蓋骨の横にくっつける。
……いや、細い首の骨に二つも頭蓋骨を乗せるなんて無理なのではないか?
どうするか。
もしかしたら、首の骨も二つにすればいけるかもしれない。
俺は首の骨を拾い上げ、今の俺の体にある首の骨を心持ちずらして取り付ける。
そしてその上に欠けた頭蓋骨を乗せた。
すると、視界が開けた。
今までは普通の人間と同じ視覚しか持てなかったが、今は前と左右が同時に見えた。
後ろも真後ろ以外はすべて見える。
これは強い。
戦闘において死角を突くというのは、非常に有効な戦術の一つだ。
それを大きく防げるのは、強力なアドバンテージとなるだろう。
両手で二つの頭蓋骨を触る。
狭いスペースに二つの頭があることで、斜め右と斜め左を向いている。
この二つの頭が別々の方向を向くことで、この視界を確保しているようだ。
とりあえずはこの状態で進んでいくことにする。
もうあの黒い魔物とは戦いたくない。
今まで以上に慎重に進んでいく必要があるだろう。
スケルトンとすれ違う事八回、黒い魔物を避けること二回。
俺は遂に、地上へと出る扉を見つけた。
通路の奥からは光が漏れ、足元はこれまでにないほどに深く黄土色の砂が敷き詰められていた。
無い心臓を高鳴らせながら、俺は通路を進んでその先の階段に足をかける。
光の下へと歩む。
そして、ついに、俺は地上に到達した。
そこは、茶色い世界だった。
一面の、砂。
砂、砂、砂。
黄土色の砂が、大地を埋め尽くし、茫漠な砂の海が地平線まで続いていた。
天は煌々と輝く太陽がその身を燃やし続け、その纏った光は焼けるほどの熱さで黄土色の地上を照らしていた。
太陽の浮かぶ大空に、雲はひとかけらも存在しない。
あるのは紺碧の空に太陽、そして、大地を埋め尽くす無限量の黄土色の砂だけだった。
「何だよこりゃあ……」
これは、教会の司祭様とかが言ってる地獄というやつか?
いや、まてよ、この光景、どこかで聞いたことがある。
そうだ、町に来た行商人から聞いたことがあった。
はるか遠くの方には、全てが砂で覆われた大地があると。
はるか遠くだ。
ここはいったいどこなんだ?
これまでは余裕がなくて考えることが出来なかったこと。
いや、あえて考えていなかった現実が、ここに来て牙をむいていた。
正直に言うと、分からない。
前にも言ったが、俺は知識には自信がある。
しかし、それは冒険者に限った場合の話だ。
俺は学者ではないし、研究を重ねる魔術師でもない。
さすがにこんなことは分からない。
俺が分かるのは、こんな場所は生きるのには全く向かないという事ぐらいだ。
辺りは砂だけで、食べられそうなものは何もない。
太陽が絶えず照り続け、すぐに水不足に陥るだろう。
平たい台地が続くため、身を隠して休むことも困難だろう。
そして何より、ここは全く同じ景色が続くために目印というものが無いのだ。
自分の場所が分からないという事は、生きていくうえで致命的だ。
寝食不要のスケルトンとなった俺でさえ、こんなところを進む気にはならない。
下手をすると、例え真っ直ぐに歩いているつもりでも、この砂の大地をグルグルと回り続け、何百年もさまようかもしれない。
そんなことは、絶対にごめんだった。
俺は出口から背を向け、地下墓地に戻る。
ここから外へは出られない。
俺がこの場所へ入った洞窟に繋がる穴も、どこかにあるはずだ。
そちらを探す方がいいだろう。
お読みいただきありがとうございます。