1 地下墓地にて
俺は気が付いたらスケルトンになっていた。
何を言っているか分からないと思う。
ただ、俺も何が起きたか分からなかった。
俺は人間だったはずだ。
とある田舎の都市でうだつの上がらない冒険者をしていたはずだ。
それなのに。
――薄暗い地下。
石の積まれた壁に、土埃が溜まっている。
……いや、石壁じゃない。これは全て骨だ。
俺のいる場所は地下墓地。
そこら中に積まれた骸骨から這い出てきたのか、数えきれないほどのスケルトンが徘徊している。
薄汚れたスケルトンたちは、無感動にただ歩く。
俺は座り込みながら、それをただぼうっと見ていた。
俺は自分の手を見る。
不器用ながらも愚直に鍛錬を続けたおかげでタコだらけだったはずの手のひら。
そこは、白い骨ばかりで地面があいだから見える程にスカスカだった。
――俺もあいつらの内の一人というわけか……
そんな言葉が頭を過る。
……たしかあの日、俺は冒険者ギルドの緊急招集で呼び出された。
森の奥の洞窟にゴブリンが巣を作ったという事で、討伐隊を結成するというのだった。
俺は冒険者の中では優秀な方ではなかった。
だから巣の奥深くに突入する冒険者たちのサポートに入る立ち位置だったのだが。
すべての準備を終え、ゴブリンの巣に突入する時がきた。
総勢三〇人を超える冒険者たちの大部隊だ。
洞窟になだれ込んでいく冒険者たち。
――そのとき、たしか突入部隊のうちの一人だったか。
そいつは優秀ではあるものの経験の薄い若手で、ミスをしてゴブリンに殺されかけた。
その時、俺はとっさにそいつをかばい、代償として洞窟の中に空いていた横穴に落ちたのだ。
……そこから先の記憶はない。
――それが原因か。
それぐらいしか、思いつかない。
なぜか俺は冷静だった。
こんな状況なのに、泣きわめいたり取り乱したりすることは無かった。
なぜだろう。
突然のことで実感がわいていない?
それとも、スケルトンになったことで感情が無くなってしまっているのだろうか。
――まあ、いいか……
正直、もはやどうでもよかった。
英雄を志し、冒険者ギルドの門を叩いてからもう二〇年。
もう当時の熱意は無くなり、どうやって今日を生き抜くかだけが関心ごとになっていた。
俺に才能は無かった。
同時期に冒険者になったものや、後輩たちがどんどんと強くなっていく。
それを尻目に、俺はただ地味に薬草を取り、ゴブリンを相手に毎日生傷を作っていた。
それも最近年がたたり、段々昔のように動けなくなってきていて、段々厳しくなってきて。
最近は、これからどうやって生活していこうか、悩んでいた記憶ばかりがある。
それを考えれば、スケルトンというのも悪くないように思える。
それを俺は、現実逃避気味に考えていた。
――これからどうすればいいのだろうか。
特にやりたいことは無い。
人間戻る方法を探す?
人間に戻ったからなんだっていうんだ。
どうせまた不安に苛まれながら明日をも知れない毎日を生きていくだけだ。
英雄を目指す?
今の俺はスケルトンだ。
物語の英雄よりも敵役の方がお似合いだろう。
俺はふと、思い浮かぶ。
ああ、そういえば、スケルトンなら寝る必要も食べる必要もないに違いない。
食費も宿代もかからないなんて、なんて懐にやさしいのだろう。
骨の下顎をカタリと震わせて苦笑いをする。
俺が冒険者になった理由は、英雄になりたいのもそうだが、世界を冒険したかったというのもあった。
誰も知らない未知を、俺が一番早く知りたかった。
スケルトンだったら、身一つのまま冒険ができるのではないか。
そう思えた。
そしてそう思えたら、すぐにそうしたくてたまらなくなってきた。
俺は立ち上がる。
人間の時できなかったことをスケルトンになったらできるなんて、笑い話にしかならない。
それでも、若き頃の夢を少しでも叶えられるというなら一興ではないだろうか。
今の俺は、だいぶ気分が吹っ切れていたのだと思う。
だから普通なら考え付かないことも、やろうと思えた。
俺はここから冒険をするのだ。
そうなればまず、この地下墓地を冒険してみようか。
地下墓地のスケルトン達は俺を襲わない。
これまでも何度も俺の前を通っていったが、全く無反応で通り過ぎて行った。
同族だから襲われないのだろうか。
こちらから殴りかかったら襲われるかもしれないし、気を付けていこうか。
俺は地下墓地のなか足を進める。
本当にここはどこなのだろう。
人間だったころ、こんな場所があったなんて聞いたこともなかった。
地下墓地の中は迷路のようになっていて、その壁は全て人骨だ。
腕の骨、足の骨が、まるで冬場の薪のように積み重なっていた。
頭蓋骨がこちらを見つめるように一様に並んでいる。
不思議と、恐怖は無かった。
これほどに大きな墓地であれば、何らかの歴史に残っててもおかしくないと思うのだが。
しかし、本当にここは骨しかないな。
俺が辺りをきょろきょろしながら進んでいっていると、ちょうど曲がり角からスケルトンが飛び出してきた。
注意散漫だった俺は、そのスケルトンに思いっきりぶつかってしまった。
俺はとっさに後ろへジャンプし、骨の拳を構えて戦闘態勢を取る。
しかし、スケルトンはわずかにふらついただけで、俺のことを全く気にもせずにとぼとぼと歩き続けた。
――こいつら、本当に俺に対して全く敵対しないのか……?
あれほど勢いよくぶつかったのに、まるで無反応だ。
こんなに無反応だと、どこまで大丈夫なのか確かめたくなってくる。
それは非常に危険な行為だったが、この時の俺は気分がおかしくなっていた。
そして不思議なこの状況は、俺に現実を知らぬうちに逃避させた。
そうして、普段の判断能力を奪っていたのだった。
「よう、兄弟」
先ほどのスケルトンに近づいて肩を叩いてみる。
しかしスケルトンは我関せずと、ただ歩くだけだ。
「……おいおい、無視かい?」
俺は肩を掴んで止めようとする。
すると、少しの抵抗感があったかと思うと、すぽっと言う感じでスケルトンの腕が肩から取れた。
「はぁんッ!?」
――取っちゃったんだが!?
――そんな簡単に取れるものなのか?
しかしスケルトンはそれに全く反応せずに遠ざかっていく。
「お、おい……」
手を伸ばすも、スケルトンは角を曲がって見えなくなってしまった。
俺は茫然として動けない。
……この手にあるお前の腕はどうすればいいんだ……
なんか捨てるに捨てられない。
まあ、なんか、とりあえず、いっか。
指で頭蓋骨をポリポリと掻く。
気にしないことにして、俺はスケルトンの腕をその手に持ったまま、冒険を再開することにした。
ずっと、ずっと進んでいくが、あるのは骨、骨、骨。
全く変わらない景色が続いていく。
ここまで大きい墓地なら、宝物などが一緒に埋葬されていてもおかしくない気がするのだが、そういったものは一向に見つからない。
しかし、しばらく探索していると、俺は遂に上に向かう階段を発見した。
お読みくださりありがとうございます。
かなり短めの話になっておりますが、どうぞよろしくお願いいたします。