銃司~1~
私は夢の中、制服を着て、華やかな歓楽街に立って居ました。
行き交うスーツや普段着の男性達は、私をじろじろと眺めている。そこかしこにはネオンが浮かび、街灯の代わりに街を照らしています。
でも、なあ。
映し出す光景を見るに、女郎屋が並んでいるようです。
花街?
こんな近代的なネオンなのに?
「はあ」
私は溜息を吐いた。
そりゃ、私は社会人ですよ?
でも、制服ってことは十代でしょう?
この設定で、こんな場所に来るとは思わなかったなあ。
組み木の隙間から女郎達は手を伸ばし、視線を伸ばし、男性の身体を撫で回しています。
でも、なんでこんな夢を?
そりゃ遊女は気高いなんて聞くけど、よく知らないから憧れなんて無いし。
じゃあ、夢だから、記憶?
いやいや、記憶にございません。
帰りたい。
道行く男達は、まだ私をチラチラと見ている。
こんな場所だから恥も外聞も無いのか、結構露骨に見つめられる。
「はあ」
また溜息が出た。
好機の眼に晒されるのは苦手だ。
昔を思い出す。
他人の眼は凶器だ。
時に突き刺さり、私を酷く狼狽させる。
せっかく社会人デビューに成功して、『普通の人』になれたと思っていたのに。
あー! ダメダメ!
明るく、明るく。
今日も私は明るいです。
ってなことを考えながら、私は歩き続けます。
でも、何だろう。
何十人かに一人、白髪頭が歩いていました。
勿論、年を取っている人も居るけど、若い人まで頭が白い。
それも、全員じゃありません。
花街でも現代でしょ?
茶髪が居ない。みんな黒で、稀に白、って感じ。
何気なく、自分の髪を触ってみた。
確か十代の頃は、部活してたから短くしてたな。
指に絡ませ、上目遣いでそれを見る。
「は?」
その髪は、白く染まっていました。
若白髪?
いや、別にそれならいいんだけど。
制服着てるお婆ちゃんとかなってたら、かなりショック。死ねる。
心で呟きながら手を見た。
皺は無いみたい。
良かった。
今度は安堵の息を吐く。
さて、どうしようかなあ。
私は興味も無く、行く当ても無く、ただ諾々と歩いて行きます。
不意に大きな音がして、後ろを振り返りました。
見ると、四、五人の男達が、店から叩き出されています。
服装は様々でした。
ただ一人、若くてチャラそうな男だけは、白髪頭でした。
「その体たらくでお楽しみなんざ、ほんに呆れけえるよ」
男達に続いて、一人の女性が出て来ました。
はだけた着物から見える白い肌、とても背が高く、一本足の下駄で優雅に立っている。
あれ?
この女性。
ほんのり緑がかった髪は結われておらず、腰を超えてゆらゆらと揺れています。
「経知なことを、憎いのう」
ふと、女性が何か担いでいるのが見えました。
身の丈ほどもありそうな、長い長い銃。
火縄銃みたい。
いや、あれはアニメで観たかな。
確かマスケット?
中世で使われていたような銃でした。
「どう、しんしょうね」
女性は顔を痙攣させながら、怒りに震えています。
しかし、よく立てるもんだなあ。
一本足の下駄は尖っていて、私なら転んでしまうでしょう。
「なんだよ! 此処は遊ぶ場所だろ? 何が悪い!」
白髪頭の若い男が叫ぶ。
なんかムカつく、このチャラ男。
「もう言いなんすな」
女性は長い足を、高く高く上げました。
綺麗な足ですこと。私にください。
どん、と足を下ろす。
もう片方の足も同じく上げ、地面に叩き付ける。
「え?」
どんな脚力なのか、地面に下駄の歯が食い込んでいます。
歯が見えないほど突き刺さっている。
「ちょっ、え?」
左腕を真っ直ぐ水平に伸ばし、その上に長いマスケットの銃身を載せました。
本気?
男達は並々ならぬ気迫に押されてか、懐からナイフを取り出します。
例の若白髪チャラ男(なんか名前みたい)と、あと一人だけが、立って走り出しました。
「いっそ死んだら、此れ憂き目はありんすめえと思いんす」
尻をつく男達を睨みつけ、言葉を続けます。
「くそ!」
言うが早いか、女性の持った銃がドゴン、と火を吹きました。男達はナイフごと上半身を抉り取られ、ぼろぼろの身体がごとりと倒れます。
「さ、散弾?」
マスケットって、散弾銃だっけ?
「ひ、ひい!」
走り去る二人は一瞬だけ振り返り、再び背中を向けました。
「いいあめだっけ、ねえ?」
女性は長い銃身に片手を添えて、銃口を天に向ける。
そのまま撃鉄を親指で引く。
すると、グリップを起点として、銃身がパカっと縦6つに開きました。
「ええぇぇぇ!」
パラボラアンテナというか。
まるで傘を開こうとしたら、先っぽが開いちゃったみたいな光景です。
女性は、添えた手でガチャガチャと開いた銃身を回しました。撃鉄を戻すと、再び銃身は閉じる。
なにあのトンデモ武器!
遠ざかる男に横向きで仁王立ちになり、案山子のように両腕を水平に伸ばします。右手の親指を引き金がある輪っかに引っ掛け、銃身を背中で一回転。右肩から首の後ろを通し左肩を経由、左手に銃口を載せました。両腕の端から端まで目一杯に使い、長い長いマスケットを支えています。
あれ、狙撃?
彼女は、トリガーに引っ掛けた右の親指を引く。
遠くを走る男の一人が吹き飛び、崩れ落ちました。
なんて威力。
しかも、今度は散弾じゃなかったよね。
銃身を回したのは、撃つ弾を切り替えたってこと?
銃は撃った反動で跳ね上がり、くるりと回ると地に口を付けています。
チャラ男は逃げたみたい。
ちっ……。
「ほんに、面黒い」
銃をくるりと肩に担ぎ直し、彼女は足を引き抜く。
あの下駄は、その場に自分を固定するためなのかな。
そのまま、店を振り返ろうとしました。
「ん?」
目が合いました。取り繕うように、私は笑顔を向けます。
「おゆかりさま、足が冷たくなりんした。温めておくんなんし」
「え? 良いんですか?」
私が両手をにぎにぎすると、彼女は美しい顔で微笑みます。
「よう冗談をするのう。こちらに来て、おまんまでもお上がりなんし」
彼女は手招きしながら、私を店へと誘います。
えと、上がっていいのかな。
女だよ?
売られないかしら?
などと失礼なことを考えていると、女性は死体を片付ける人々に声を掛けました。
私を指差し、一言添える。
「捕まえてくりや?」
「えー!」
強制でした。