精壊
私は夢の中で、両手を鎖に繋がれ、吊るされていた。
八畳くらいの座敷牢――薄暗く、蝋燭の明かりだけが室内を照らしている。両手を拘束する鎖は天井から伸びているみたいだったが、薄暗い為に見上げた視線は闇に吸い込まれるばかりだった。
「起きましたか?」
不意に、横から声を掛けられた。中年の男性が、私と同じように操り人形と化している。
「此処は?」
「私達は、双子に捕まってしまったのです」
「双子?」
「ええ、あの狂った双子に……これから、どうなるか……」
男は項垂れた。
なによ、これ。
「「いらっしゃいませ」」
美しい少女が二人、何処からか部屋に入って来た。年は十代後半、まるで同一人物のように同じ顔・同じ服装をしている。
「「貴方達が今宵の玩具なのですね」」
二人の少女は、一つの文章を、全く同時に口にする。
こいつらが、双子……。
「「さあ、何をして遊びましょうか」」
二人は瞳に蝋燭の火を写し、私と男性の顔を覗き込んだ。
「「一人は中年ね。肉が固そう」」
さらに続ける。
「「一人は少女ね。肉は柔らかそう」」
横の男は身体を強張らせ、じっと視線に耐えている。
「「では、いつものように、固い方から嬲りましょう」」
耳から液体を入れられ、目を火で炙られ、髪の毛を頭皮ごと毟られ、爪に針を刺され、見たこともない器具で顎を少しずつ砕かれ、指を一本ずつ縦に切断され……男は、ありとあらゆる拷問を受けた。私は直ぐに嘔吐し、かといって何も口に出せず、どろどろの口で、ただただ短く呼吸を繰り返した。痙攣する胃だけが、自分の中で鐘を鳴らし続けている。
「「……飽きたわね」」
「「そうね」」
自らの言葉に自らで返し、二人は無表情に首を傾けた。
「なに、これ……」
やっと口に出した言葉は、闇の中に消えていった。
これ、夢よね?
腕に残る手錠の感覚。
腹部に残る拍動。
背中を滴る汗。
稀に、双子の口にした奇妙な言葉が、何を言っているか頭に浮かぶことだけが、これが夢なのかもしれないと私を留めている。
「なに、なんなの……」
ほんと、なんなの。
「「殺し合いしなさい」」
不意に、男に蝋燭の灯が当たった。
その顔に、私は見覚えがあった。
よく覚えてはいない。
覚えてはいないが、居なくなった父親にそっくりだった。
家族を捨て、見知らぬ女と蒸発した。草臥れて生気を無くし、白髪頭でボロボロだが、こんな男だったように思う。
母さんは、女手一つで支えてくれた。
身体を汚してまで。
心を地に堕として。
それに対して。
ありきたりだと笑わば笑え、私は、どうしてもこの男を許すことが出来ない。
不意に、私の鎖だけが外された。
目の前の屑は、拷問で疲弊し切っている。
動くのもままならないようだ。
手にナイフを渡される。
沸々と全身が沸き上がる。
「この、下種が」
私の中で、何かが爆発した。
男もナイフを渡されたようだが、鎖は繋がったまま。
双子は距離を離し、様子を見ている。
二対一じゃ、勝ち目は無いかもしれない。
なにより、目の前の男を殺す方が先決だ。
私は、こいつを殺したい。
掴んだナイフを、男に突き刺した。
何度も。何度も。
男は低い呻き声を上げ、抵抗も出来ずに受けていく。
その間、双子は自分達で奇妙な歌を詠い、何処から持って来たのか、焼けた肉を頬張っていた。
あれは……舌?
身体の下に血溜まりを残し、男は静かに息絶えた。
「「殺したわね」」
双子は、嬉しそうに目を輝かせ、私を見ている。
「「忌むべき産物」」
笑い出して拍手。
「な、なにが、可笑しい……」
初めての殺人を犯した私は、酷く憔悴していた。
双子の一人はペンチを持って来て男の舌を引き伸ばし、一人はぎざぎざの刃が付いた鋏を持って来た。
ぐしゅ。
ぐしゅ。
ぶぢん。
舌を切り取ると塩を塗り込み、小さな壷にぼとりと入れる。
「「またお会いしましょう」」
双子の嘲笑に、私はせめてもと目を伏せて二人を無視しようとした。
それしか出来なかった。