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夜の王  作者: 狐面
51/113

非肆~1~

 僕は友人と山道を歩いていた。


「ねえ、本当にこんな所に()るの?」


 身体に疲労感が染みていく。


「ちゃんとある」


 黙々(もくもく)と歩く友人が、振り向かずに答えた。

 ちょっとは笑顔を向けて欲しい。

 まあ、敵が()るんだろうから、そんな余裕(よゆう)無いんだろうけど。


「ほれ、着いたぞ」


 足元から視線を上げると、緑に包まれた家が見えた。


「あれ?」


 この光景、見たことあるぞ。

 既視感(きしかん)――ミザルか?


「どうした?」

「いや、この植物って何?」


 指ほど太く、爪楊枝(つまようじ)ほど細い、様々(さまざま)な太さの(つる)(から)まっている。


 なんとなく(わか)った。


 最初に見たな。

 これは烏羽玉(うばたま)だ。

 でも、どうして?


「前は無かったんだけどな」


 友人は緑の束に手を突っ込み、無理矢理(むりやり)()千切(ちぎ)った。


「開けるぞ」


 奥を(のぞ)くと、無限に続く座敷が広がっていた。

 ああ、やっぱりマスターはこの場所で……

 友人が足を踏み入れると、奥から座敷が(せま)ってきた。


「うわっ!」

「まあ見てな」


 壁が現れるのが見えて、気付くと土間になっていた。


「あ、あれ?」

此処(ここ)はこういう場所なんだ。三猿が居ると普通の家になる」

「あ、ああ。でも前は違ったよな?」

「よく(わか)んねえが、あの時は記憶も無かったし、キカザルじゃなかったんだろ」

「ふむ」


 僕は土間で靴を脱ぎ、板張りの床に足を置く。

 まるで家が生きているかのように、床はほんのりと(あたた)かかった。


「此処は勝手口か?」

「そうらしいな。外がアレだし、久しぶりだから区別が付かなかったぜ」

「でも、結果的には悪くない」


 玄関から入るよりは、敵に対応しやすいだろう。

 まあ、相手が裏口から入ることを読んでいたら別だが。


 ゆっくり踏みしめると、ぎしり、と音が鳴った。


 まずいな。早く(たたみ)に入らなければ、侵入を悟られる。


 僕は出来るだけ大きく歩を進めた。


 ぎしり。


 鳴るな。


 ぎしり。


 鳴るな!


 背中を冷めたい汗が流れていく。

 友人を見ると、音も立てずに戸へ移動している。


 え? なにその歩法? すげくね?


 事前に教えとけよ。


 歯を食いしばりながら戸に貼り付く。

 ゆっくりと息を()いた。

 友人は隣に居る。

 僕は(うなず)いた。

 友人がすーっと戸を引いていく。

 頭を上下に並べて、隙間(すきま)へと目を向けた。


 続く部屋は座敷だった。

 植物に囲まれているせいか薄暗い。

 片面は障子(しょうじ)、植物の影が見える。残りの面は(ふすま)だった。

 ()()えず、誰も居ないな。 

 僕と友人は動かない。暗さに目を()れさせるためだ。

 (ちぢ)んだところで、どれくらいの大きさかは(わか)らない。いきなり進んでいくのは危険に思えた。

 時間にして2分くらい。

 充分(じゅうぶん)に目が暗がりへ()えるようになってから、友人が足を伸ばした。

 僕も続いて畳を踏む。


 続く襖を開けると、そこにも何も無かった。

 ただ、何処(どこ)からか声が聞こえた。

 声は小さく、距離は離れているように思える。

 今度は中心に向かって襖を開けた。

 光が差し込む。

 僕も友人も固まった。

 ほんの少し開いた部屋を覗き込む。

 なんのことはない、部屋に置いてある行燈(あんどん)()いていただけだった。


 でも、これで確定した。


 僕ら以外に、誰か居る。


 隣の部屋に入ると、声が少し大きくなった。

 何を言っているかは判らない。

 続く部屋を開ける。

 その次も開ける。

 どんどん声は大きくなっていく。

 でも、相変(あいか)わらず何を言っているかは判らない。

 声は複数だった。

 色々な声が重なっていて、一人一人が何を言っているのか判別(はんべつ)出来ない。


 僕と友人は、声に向かうことに決めた。


 声が何を言っているのか解れば、何かヒントになるかもしれないと思ったからだ。


 襖を開ける。


 さらに開ける。


 そして、とうとうもう二つほど隣だろう、というくらい声に迫った。

 襖に耳を当てる。

 友人も向かい合って、それに(なら)った。


 二人とも目を見開いた。


 悲鳴だったからだ。


 男。女。


 老いた声。


 子供の声。


 様々な悲鳴と助けを求める声が、何十にも重なり、座敷に渦巻(うずま)いている。 

 阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図が、この先で起こっているとしか思えなかった。


 どうする?


 僕が目で問う。

 友人はゆっくり頷いた。

 確かに、隣の空間では無さそうだ。

 様子を見て、別のルートを進めばいい。

 襖に指を()ける。

 手に力を込め、ほんの少し、ほんの少しだけ襖を開けた。


 その瞬間、声が止んだ。


 僕も友人も、目を左右に泳がせた。


『何が起きた!』

『解らん!』


 再び目で会話する。 

 意を決して、顔の横まで一気に襖を開いた。


 何も無かった。


 二人で息を吐く。


 トン。


 目の前の襖が開いて、光が差し込んだ。


「「みーつけたぁ」」


 思わず(かざ)した手の隙間から、二つのシルエットが見える。


「「長いながぁーいかくれんぼだったわね。今度は逃がさないわよ」」


 手を下げると、美しい双子が立っていた。

 年は10代後半。鏡写しのように向かい合って立ち、それぞれの片手に(なた)を持っている。


「「今度こそ、全部食べてやるんだからぁ!」」


 瞬間、友人が飛び出した。

 僕も走る。

 友人は一人の顔の前に手を出す。

 視界を(さえぎ)り、腹に拳を叩き込んだ。

 僕は、もう一人にスライディングして足を引っ掛ける。

 倒れた一人に友人は(またが)り、腹にパンチを乱打する。

 (すさ)まじい乱打は、そのまま胸を通り顔に(たっ)する。

 僕は友人と入れ替わり、腹に打撃を受けた少女の鉈を蹴り、弾き飛ばす。

 そのまま回転し、肘を顔にぶつけだ。


「「このっ!」」


 武器を無くした少女は、鉈に向かって走る。

 ふと友人を見ると、顔がボコボコになっている少女の腕が持ち上がった。


「危ない!」


 僕は振り下ろされた腕を両手で押さえた。


「そっち頼む!」


 背後に抜けた友人が、もう一人の少女に向かっていく。

 後ろはどうなっているか判らない。

 目の前には鉈が迫っている。 


 なんて力だ。


 片手なのに、両手で押し(とど)めるのがやっとだ。

 少女の上半身が起き上がる。


「ぐっ!」


 脇腹(わきばら)に衝撃が走った。

 残った手で(なぐ)られたのだ。

 何度も何度も殴られる。

 僕は(たま)らず離れた。

 畳に白刃が突き刺さる。


「ふっ!」


 僕は(ひざ)を相手の顔にぶつけ、少し下がった。

 その背中に、友人の背中がぶつかる。


「強くね?」

「人間じゃねえからな!」


 背中越しに話しながら、視線を(めぐ)らせる。

 入ってきた勝手口とは逆、そしてまだ開いてない襖を見た。


「あっちに行くぞ」

「賛成だ」


 目の前の少女が立ち上がる。

 そして走り出した。


「今だ!」


 僕と友人は、ほぼ同時に畳を蹴った。 

 襖に体当たりしてぶち破る。


「無い!」

「何が!」

「次!」


 また襖に身体をぶつける。


「無い!」

「後ろから来てるぞ!」

「次!」


 身体が痛い。

 構うものか。


「次!」


 襖が倒れる。

 その先に。


「あった!」

「だから何が!」


 僕は畳に転がっているそれを拾い、走りながら顔に当てた。

 それは顔に溶け込み、着けている感触が無くなった。

 マスターの顔だ。

 僕は、マスターの顔から()がされた面を着けたのだ。


「ぐおお!」


 頭に色んなものが流れ込む。


 これは、記憶か?


「がああ!」

「おい! どうした!」


 横で友人が叫ぶ。


「「追いついたわぁ」」


 僕は友人を引き倒し、位置を入れ替わる。


「……がっ!」


 両肩に、鉈が食い込んでいた。


「おい!」


 友人が叫ぶ。

 僕は震える手で双子の手を掴む。


「に、逃げろ」


 友人に言う。


「嫌だ!」


 刃は慈悲(じひ)も無く、肉の筋を()ち切っていく。


「いいから逃げろ!」


 両肩がもげそうだ。


 『我が身を犠牲にしてでも、他人を護ること』


 頭に言葉が浮かぶ。


 きたか。


「お、そいんだよ」


 友人は動けていない。


「早くしろぉ!」

「「逃がさないわ」」

「うるさい!」


 足がガクガクする。


 でも、駄目(だめ)だ。

 あいつが逃げるまで、僕は止めていなければ。


「おめでとう」


 僕の肩に食い込んだ鉈が、ふっと軽くなった。

 誰かが背後から、指一本で鉈を持ち上げたのだ。


「え?」


 振り返ると、男が立っていた。

 中肉中背、何処(どこ)にでも居るようで、何処にも居ないような男。


 『秘密を持っていること』


 やはり、そうだったか。

 面を着けなければ、確証は無かったからな。


「君、イワザルになったね」

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