表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の王  作者: 狐面
4/113

前障

 私は、自分の部屋の前に立っていました。

 いつもと変わらない部屋のドア、そこから。


「おゆかりさま、早う入りなんせ」


 聞いたこともない声が掛けられました。


「え?」


 ドアもさることながら、室内も変わりません。

 ただ、そこには。


「は?」


 切れ長の目に、白い肌、紅を引いた唇、とても美しい女性が座っていました。丁寧(ていねい)刺繍(ししゅう)(ほどこ)された(つくろ)いの着物を身に(まと)っています。が、その胸元は(ゆる)く開き、大きな丘陵(きゅうりょう)が存在感を示していました。


「あれ? え?」


 混乱しながら、私はまじまじと女性を見つめます。

 髪の毛が長い。

 彼女を中心として、()()ぐで、うっすら緑がかった髪が、座る背丈と同じくらいの長さで、床に円を描いています。


「おんやまぁ、えらいこそばゆい」


 彼女は片手を口に()え、くすりと笑いました。

 なんと言うか、可愛らしくも美しい。そしてナイスバディ。同性の私から見ても、とっても魅力的なじょせ……

 いや!

 いやいやいや!

 そんなこと考えてる場合じゃないでしょ!


「あ、あの、どど、どちら様ですか?」


 あー、ダメ。

 テンパってどもった。

 当たり前だ。

 不法侵入者が、綺麗な和服美人だもん。


「こんなこんな」


 言いながら、彼女は手を(あお)いで私を呼ぶ。

 仕方(しかた)なく、私はその前に座りました。正座で。


「おゆかりさま、雲に汁とは今宵(こよい)でありんす」

「く、え?」


 雲に汁って何ですか?

 そんなことを聞こうとした私ですが、彼女は手で(さえぎ)り、そのまま長い髪をめくり上げました。


「そのうちカラリと夜が明けんす」


 (そで)に手を入れる。

 っていうか、私の名前『ゆかり』じゃないんですけど。

 あー、あれかな。

 部屋間違(まちが)えてるんじゃないかな。

 でも、中に居るってことは、そもそも家の鍵を開けたってことだよね。

 え、こわ。

 どうしよう。


「これを見つけておくんなんし」


 そう言いながら、紙の束を取り出しました。

 手の平ぐらいの大きさで、薄い紙が重なっているようです。


「これ、ですか?」

「あい、そう申しんした」


 耳心地が良いって言うか、声まで綺麗だ。

 いやいや、違う違う。

 でも、変に抵抗して怒り出したら怖いなあ。

 ここは話を合わせておこう。


「これ、このように」


 持っていた私に手を重ねて、一番上の一枚をペリっと破る。

 うわー、何この肌、吸い付くみたい。


「おゆかりさま?」

「ああ、はいはい」


 私は、手に残った紙束を見ました。


『2/2』


 どういう意味だろう。


「あの、あなたは? それに、これは何ですか?」

「いやと言いなんすと、詰めりんすぞえ?」


 質問を返すと、女性の目に光が(とも)った。


「ああ、いえ、嫌とかじゃなくてですね」


 まずい。

 さっきから、微妙に話が噛み合わない。


「ほんにかえ? 拝みんすよ?」


 ゆるりと顔を崩す彼女を見て、私は緊張しながら言葉を続ける。

 怒ったりして、どんなことされるか。


「ホントです。ホント。それで、これは何ですか?」


 彼女は私の手から紙束をすくい取り、少しだけ首を(かし)げる。


「これは、言わざるが」


 なんだろう。

 言いにくいことなのかな。

 そもそも、あの紙束を(めく)って何の意味があるんだろう。

 悪意があるにしろ無いにしろ、紙束には何か仕込まれているような重量感は無かった。

 本当にただの紙だ。

 私だって、何の取り柄もない人間だ。

 彼氏だっていません。

 恨まれるようなことも、していないはずです。

 普通の人間として、恥の多い人生は生きてきたような気もしますが。


「わっちゃあいや、気が()めてなりんせん。兎角(とかく)、そろそろ時でありんす」


 女性は無理やり話を切ろうとする。

 ふと、視界が(しら)んできました。


「え、でも」


 まあ、話を合わせただけだから、別にこれで彼女が出て行ってくれるなら、別にいいんだけど。


「どうか、よしなに」


 彼女は、流れるような所作(しょさ)で頭を下げる。


「あれ?」


 これって、もしかして。


「ねえ!」


 そこで、目を覚ましました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ