蜂満~1~
僕らは警察から出た。
娘さんは、爺さんと父親の捜索願を出したのだ。
「マスターの分まで、ついでに出せりゃいいのによ」
車に乗った途端、友達は煙草に火を点ける。
娘さんは後部座席で、まだ青い顔をしていた。
大きな目に白い肌、長い髪、綺麗な顔をしている。
「なあ、元気出せよ」
車を出すと、友人が後ろを振り返って言う。
「ひょっこり帰って来るって。ありゃ幻覚だ」
「はい……」
3人揃って幻覚なんて考えられないが、彼女は縋るべきだろう。
「そうそう! ポジティブシンキングダークネス!」
「それは明るいの? 暗いの?」
意味不明なことを捲し立てる友人を他所に、僕は切り出す。
「爺さんについてなんだけどさ、リュックサックって心当たりある?」
「リュックですか?」
「なんだ? 聞いてないぞ?」
友人を無視して、ミラー越しに彼女を見る。
「そう言えば、学生時代は山岳部だったって、聞いたことがあります。釣りも好きでしたが、山登りも好きだったみたいです。釣りについては、昏睡から覚めたら行かなくなったみたいですけど」
「ふうん」
どうやら、その人に関係あるものか、意識してるものみたいだ。僕は仕事上、バーコードは商品に使うしな。
しかし、なんだろう。
彼女の声は聞き覚えがある。
「ちなみに、お父さんが行きそうなところ、何処か知ってる?」
「父ですか?」
彼女は、横を向いて考える。
「最近でしたら判りますが、昔の場所でしたら詳しくは」
「昔?」
「ええ。家のこと話すのも申し訳ないんですけど、母さんの再婚相手なんです」
実の父親じゃないと。
「それは、立ち入ったことを聞いて悪かったね。ごめん」
「いいえ、お二人は親身になってくれていますし、大丈夫です。実は、3年前に姉が行方不明になったんです。父は、その時に母を支えてくれた人でして。そんな母も去年死んでしまって」
視線を感じて横を見ると、助手席の友人が僕を見ていた。
おいおい、なんだかヘビィな話になってきたぞ。って顔だ。
天涯孤独じゃないか。
「それは、無粋なことを聞いてしまった。すまない」
でも、なんだ?
なんで僕らに、そこまで話すんだ?
赤の他人だろうに。
「姉さんは、私をとても可愛がってくれました。大学へ行かせる為に、高校を出てから働いてくれて」
話は続いている。
「姉が消えたのは、まだ寒い……2月29日のことでした」
不意に、視界を煙が覆った。
なんだよ、煙いな。
友人を見ると、眉間に皺を寄せている。
「まあ、アレだ。今は深く考えねえ方が良いよ」
話を切る。
どうしたんだ?
彼女を送り、今日はゆっくり休むように伝えた。
あの女が現れるかもしれないが、『また現れる』なんて伝えたら怖がるだろう。僕らの方が出現する可能性は高いだろうし、一緒に居ない方が安全だと判断した。
帰りの車の中、友人が口を開く。
「どう思う?」
「どうって?」
「2月29日だよ」
「日付がどうした?」
ヤツは煙草に火を点けて言う。
「閏年って、どう思う?」
え? どういう意味?
「1日は、正確には24時間じゃない。その帳尻合わせに、閏年が在るんだろ?」
「お前はさ、考えたことねえか? 24時間じゃねえなら、変えたらいいじゃねえか。別に4年に一度、1日を作る必要なんざねえ」
「何が言いたいんだ?」
煙を深く吐く。
「逆なんじゃねえのか? 4年に一度の2月29日。何か意味があるんじゃねえのか? 空白の1日じゃなく、意味を隠す為に閏年なんて説明を作ったとしたら?」
「あら、面白いわね」
声が聞こえた。
友人が後部座席を向き、そのまま固まる。
僕も固まっていた。
「ははっ」
女は笑いながら、天井に座っていた。
逆さなのに、髪は垂れ下がっていない。
「なんちゃって」
ゆっくりと身体を伸ばし、座席に腰を下ろす。
「お前……」
友人が声を漏らす。
僕らが、女について調べられなかったのには理由がある。
顔を忘れてしまうのだ。
でも、この顔は判る。
これさえ覚えていればいい。
あの子の、姉だ。
「今日を生きられますように」