成弔~1~
通勤の長いトンネルを抜けると廃墟であった。
「へ?」
私は、電車の窓にへばりつく。
四角い枠に切り取られた世界は。
うん。
やっぱり廃墟だった。
え? え? なんで?
首を傾げながら、今日の記憶を反芻してみます。
確か、ちょっと残業して。
電車に乗って。
あー。
寝ちゃったかぁ。
夢じゃないと、こんなのあり得ないもんなぁ。
いや、夢だからって嫌なんですけど。
嫌なんですけど。
大事なことなので2回言いました。
周りを見ると、何人かの乗客が居ます。
老若男女。
髪が白いのは、2人くらい。
私は手鏡を取り出しました。
ああ。
今日も若白髪。
こうも続くと、さすがの私もショックです。
あれ?
でも、ちょっと黒くなったかも。
「え?」
窓を改めて見つめると、西洋の洋館が在りました。
入り口は大きく崩れ、そこに向かってレールが続いています。
電車はそのまま、廃墟の中に入って行きました。
アトラクションみたい。
間違いなくホラーのやつ。
か、帰りたい……。
電車が止まり、扉が開きます。
怖気づく私をよそに、黒髪の人々は迷いなく降りて行きました。
私を含めた白髪三人衆は、互いに礼をしながら集まります。
スーツを着た私と、若いながらも白髪の男性。そして中年の女性でした。
「此処、何でしょう?」
中年の女性が聞いてきます。
「知らね」
あー! コイツ!
あの時のチャラ男!
「あの、私、確か、電車に乗っていたんですけど」
女性が続けました。
「え? 私もですよ?」
「そういや、俺も」
どうやら三人とも、電車で眠ってしまったようです。
電車で眠ったら見る夢?
そんなことってあるのかな。
「終電ですよ。降りて下さい」
「わぁ!」
いきなり、車掌と思わしき人物に声を掛けられました。
「ビビったあ」
チャラ男は、帽子を被った車掌を下から覗き込みます。
「なんだ。綺麗なヤツかと思ったら男かよ」
私からはよく見えませんでしたが、綺麗な人のようです。
あの人かな。
いや、あの人なら緑がかった髪だ。
この人は黒髪だもん。
男だし。
「早く降りて下さい」
彼は無機質な声で繰り返しました。
私達は電車を降ります。
洋館のエントランスでした。
ボロッボロだけど。
「キミキミ、怖かったら俺に抱き着いていいからね!」
チャラ男が言います。
私は思います。
お断りします。
電車は汽笛を鳴らし、そのまま行ってしまいました。
廃墟の中は暗く、私達は携帯端末を取り出し、ライトを点けました。
「みんな、どこ行ったんだ?」
チャラ男が言います。
「さあ?」
私が返すと、チャラ男は歩き出しました。
「ま、待って下さい」
女性が続きましたので、私も後を追います。
1階には、客間や応接室が在りましたが、特に異常は見られませんでした。
私達は2階に上ります。
階段はミシミシと音を立て、いつ落ちるか解らない様相です。
横を見ると、廊下の奥を何かが横切りました。
「今、何か通りましたよね?」
「え? マジ?」
チャラ男が走りだします。
「ちょっと!」
止めい!
死亡フラグだぞぅ!
私達は追い掛けます。
左手にはドアが並び、右手は1階を見下ろせる手摺が続いている。
廊下の先をチャラ男が曲がりました。
後ろを振り返ると、中年の女性は少し遅れています。
はぐれるかもしれない。
待つべきかな。
いや、まずは視界に居ない人を減らす方がいい。
私も曲がりました。
「え?」
そこで、チャラ男が白目を剥いていました。
「え?」
身体を大きな白い手に掴まれ、口を開けている。
「ええ?」
よく見ると、白い手だと思ったのは『あばら骨』でした。
頭蓋骨から繋がった背骨、背骨から突き出た肋骨――それだけの生物が、生物かすら怪しいそれが動き、男を掴んでいるのです。
頭蓋は骨格に対して小さく、どんどん彼の口に入っていく。
「ひっ!」
私は彼の呼気が移って、短く息を吸い込みました。
「ひぐっ!」
喉が引き攣って、また短く息を吸い込む。
私は女性を呼ぼうと、来た道を戻ります。
そこで。
女性も倒れ、こちらに白目を向けていました。
「きゃあ!」
彼女も別の骨に掴まっている。
ごぶ、ごぶ、と奇妙な音が鳴り響き、彼女の喉に詰まっていく。
不意に、ガチャリと近くのドアが開きました。
一人の男が出て来る。
姿を見るに、さっき一緒に乗っていた乗客のようです。
「ああ、良かった。た、助けて下さい」
私は彼に近付く。
彼はゆっくりと、私に顔を向けました。
「え?」
頭が凹んでいる。
「だ、大丈夫ですか?」
頭がボコボコと動いている。
「あ、あれ?」
彼は、口を大きく開きます。
「なにそれ?」
口の中で、小さな口が動いている。
口から顔に亀裂が入り。
顔が、裂けた。
「いやぁ!」
私は叫ぶ。
身体が恐怖で動かない。
ぎち。
ぎちぎちぎち。
顔を突き破って、白い虫が飛び出しました。
そのままずるずると、まるでろくろ首のように、背骨が抜け、上に伸びていく。
胸から腹が蠢き、肩が裂け、肋骨が背骨と一緒に這い出てくる。
「うぐっ」
私は思わず、胃の中のものを吐き出しました。
頭蓋が虫に変わり、背骨が続き、肋骨が足。
そんな虫なんだ。
身体は倒れ、その生き物はわしゃわしゃと足を動かす。
肉片と血がこびり付いた骨が、宿主に突き刺さる。
「おええ……」
吐き気が止まらない。
なんだ、この醜悪な生き物は。
私は手摺を支えに、なんとか踏み止まる。
ふと、遠くから汽笛が聞こえました。
また生贄が増えてしまう。
手摺から身を乗り出し、階下を見つめます。
なんだろう。
汽笛が不規則だ。
電車が入ってくる。
その電車が。
1階に激突した。