銃司~2~
私はお座敷に通されました。
目の前には、ご飯とお味噌汁、焼き魚と香の物が載ったお膳があります。
「いただきます」
お味噌汁をズズっと一口。
焼き魚をつまんで一口。
……うん、あれだ。味がしない。
夢の中だからかな。
むーんとした顔でいると、さっきの女性が襖を開けました。
「あの人さん……ほうぼうを探しんしたが、おっせん」
さっきのチャラ男のことかな。
逃げ足の速いヘタレだぜぃ。
いや、目を覚ましたのかも。
礼をしながらかしこまっている(つもりでいる)と、再び膳を勧められました。
残すのも悪いかと思って、バクバク食べます。
肉食系女子です。
食べてる気もしないので、いくらでも入りそう。
夢の中でいっぱい食べて、食べた気になったらダイエットになるかしら?
夢中ダイエット。
あらやだ、日本語って素晴らしい。ダイエットに励んでる人みたい。
「もう食べんすめえ。お腹も身の内とやらもふしんすから。お味もござりんしょう?」
するりと、指を絡められて箸を取られました。
「ああ、私のダイエットが」
「はて?」
「ああ、いえいえ」
相変わらず、手まで綺麗な人だなあ。
「おゆかりさま、いくら想いの淵にぶら下がっているとはいえ、よう来さんした。いなっしゃるとは思わなんだ」
「想いの淵?」
「おゆかりさまは、いま夢を見とうす」
「え?」
夢に出てきた人が、それ言う?
しかもさっき、味がしないとか解ってなかった?
「夢というんは、星の数ほどありんす。己等の想いだけでよく此処へ……嬉しいのう」
ああ、別に呼んだ訳じゃないのね。
記憶に彼女が居たから来れたのかな。
「まあ、私、どんなことでも働く人は嫌いじゃないので」
「へえ」
「誤解しないで下さいよ? 誰かが誰かのために働いてる、ってなんだか好きなんです。此処で働いてる皆さんだって、人として尊敬できます」
私の言葉を聞いて、彼女は照れ臭そうに笑いました。
「面白いお人でありんすねえ」
「よく言われます」
変人です。
「けれど、もう此処へは来いすな」
笑いながらも、彼女は声を低くする。
「な、なんでですか? 貴女とこうして話すのは、楽しいです」
「此処は、取引する場所でござりんす」
「取引?」
「女は身体を使って金を、己等は泣くんを銃の声で隠して、命を足し引きしていんす。誰もかれも、取引しながら生きたくねえ。だから、おゆかりさまのような、心の美しい人はおらんすめえ」
彼女は俯き、長い髪で顔を覆いました。
「優しいんですね」
「いえ、空っぽでありんす」
「はい?」
「空気みてえに銃いじってると、自分まで空気みたいになっていくんす。透けてくる。不安になりんす。己が生を身に染み込ませる為に、殺し、生きる……するってえと、何か目当てに殺すんじゃなく、殺すのが当てになるんす」
「それでも、その自覚を持っている貴女は優しいです。私が保証します!」
私は胸を張って答えました。
ちゃんと主張してるかしら。
私の胸よ! 今がその時だ! 頑張れ!
「餓鬼の証なんざ、駄菓子屋で買える籤でありんすめえ」
ちょっと元気になったのか、彼女は悪戯っ子のように微笑みます。
「子ども扱いしないで下さい」
あっ、でも今の私、学生だった。
すまぬ胸よ、恥をかかせて。
「まあ良いじゃないですか」
「おゆかりさまと話していると、言の葉が崩れて仕方ねえ」
話が飛ぶなあ。
やっぱり、ちょっと話がズレる感じがする。
「そんなことあるんですか?」
とりあえず、私は話を合わせます。
「己等にはありんす。面と向かったお人の記憶に、引っ張られんす」
ふーん。
「記憶に無ければ、其処には行けんす。えてして、夢の演者は、相手の記憶に無いことは話せんす」
なるほど。
「けれど、それに嵌まらないこともござんす」
「それは、どんな?」
「おゆかりさま、今宵はこの辺りにしときなんせ」
え? もう?
「あまり長いと、具合が悪うなりんす」
まあ確かに、結構長い間過ごした気もする。
「これを」
彼女は袖口から小さな布の塊を出し、私に渡します。
「これは?」
「夢ん中には、どうにも、なにをどうやっても、覚めぬものがありんす。その時は、これを飲みんすめえ」
どこにでもある御守でした。
振ってみると、シャラシャラと、なにか粉末のようなものが入っているようです。
「あっ、そういえば、まだ紙束が……」
ふと、座る膝に何か触れているのを感じました。
座っている感触は無いのにな。
膳の下を覗き込むと、そこには紙束がありました。
取り出して一枚破る。
『2/7』
「済ませたようでありんすな」
彼女は、湯飲みを差し出しました。
「上がり花でありんす。包みの中を薄めたもんが入っていんす。飲まんし」
お茶?
私は湯飲みを口に付け、少し口に含みます。
「にっが!」
目を覚ましました。