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Disease of Calamity  作者: 田鰻
本編
1/105

病魔サイカ - 1

それが、いつから現れたのか。

なぜ現れたのか、そもそも一体何であるのか。

知る者は誰もいなかった。

ただ人々が気付いた時には、それは既に、当たり前のようにそこにいた。

知らず人に迫り、人を蝕み、やがては逃れられぬ結末へと導く。


いつしか、人はそれを病魔と呼んだ。






数日前まで人の言葉を使っていたとは信じられない、屠殺される家畜そのものの絶叫が空気を震わす。

地響きを立てて、屋根をも越える程の巨体が、べちゃりと地に崩れ落ちた。

それが完全に沈黙したのを確かめ、男もまた動きを止める。

胸元で、太い指が小さく、祈りの印を結んだ。


「ああああ。バート。うちの子が。あああああ」


灰色をした粘土の塊にしか見えなくなったそれに駆け寄り、縋り、慟哭する女。


「人殺し。この人殺しめ」


涙で顔をぐちゃぐちゃにした女に口汚く罵られても、男は反論するでもなく、静かに立っていた。

遠巻きにしていた村人の中から、一人の老人が近寄ってくる。

代表者、おそらくは長にあたる立場の者であろう。

先に、男の方から口を開いた。


「わかっていると思うが、こうする以外に止める方法はなかった」

「わかっているとも。ああなってしまっては、おぬしらといえども他に手はない。

だが、それはあくまでわしらの理屈だ。ベンダにとっては、おぬしは我が子を殺した憎い男に過ぎん」

「それもまた、わかっている」


老人は疲れた声で、男は落ち着いた声で言った。

どうなっても母は母、子は子。旅の間、繰り返し繰り返し見続けてきた光景であった。


「礼は言わぬ。だが、礼はしよう」


ちゃりんちゃりん、と硬い音がして、男の足元に幾許かの硬貨が散らばる。


「手渡す訳にはいかんのでな。

今のおぬしは、手を病に染めた直後。不浄がうつる」


男は屈み、黙って硬貨を拾っていった。

これもまた、慣れた扱いだった。

うつるような事はないと説明するのは、とうの昔にやめた。

特にこのような辺境では、そういった誤解は事実として凝り固まっており、理屈で崩せるものではない。

何より、事実ではなく感覚に根ざしているものを、どうこう言っても不毛なだけなのだ。

謝礼を求めた事は滅多にないが、大抵の者は賃金を支払おうとする。

そうする事で更なる災いを避け、また、僅かばかりの罪悪感を打ち消そうとするのだろう。


「去れ」


全て拾い終わるのを待って、老人が告げた。

男は頷き、踵を返す。

できれば宿をとりたかったが、これでは無理だ。また、当分は野宿が続く。

背に突き刺さる多数の視線の中、男は無言で、たったいま救ったばかりの人々と村を後にする。


「おぬしの魂が、いつかは穢れから解き放たれ、安らかなる死を迎えられん事を」

「悪いが、その日が来るとするなら、それは世界から奴らが消え去る日だ」


振り返らず、男は言った。

老人が何か言おうとした気配があったが、もう男は足を止めなかった。

やや離れた場所で、もうひとつの人影が、頭の後ろで手を組み、つまらなそうに男が来るのを待っていた。






人々が気付いた時には、病魔は既にそこにいた。

そして病魔の存在が確認されるのと前後して、病魔を斃す者達が現れだした。

囚われた鎖から、人を救う者。

逃れ得ぬ運命から、命を解放する者。

戦い、救い続ける彼らが、感謝と歓待を受ける事は無い。


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