一日目前日
集合場所は、高校の最寄り駅でもある、白川町駅だった。伊月は「どこに行くか、後残りの二人が誰になるかはお楽しみだ」と言って教えてくれなかった。男女ペア二組と書いてあったので、女子が来るだろう。伊月には、親しい女子がいただろうか。彼は、男女関係なく、誰とでも話していたが、特別仲の良さそうな女子はいなかったような気がするので誰が来るのか見当がつかなかった。
家を出て、スーツケースを転がしながら歩く道は、普段と同じもののはずなのに、普段にもまして、色づいてように感じた。休日の早朝の駅にはまばらに人がいるだけだった。集合時刻よりは少し早かったが、見知った人影があった。俺と同じように旅行に行くためのスーツケースを持ち、ベンチに座っていたのは井原香織、尾崎美緒の二人だった。尾崎とは一年の時に同じクラスだった。井原とは二年になってから同じクラスになり、そこで知り合った。井原の方はだれに対しても笑顔で接しているのが印象的な女の子だった。尾崎はどちらかというとあまり笑わない、クールな印象があった。井原と目が合うと、ふんわり微笑み、手を振ってきた。伊月が、誘った残り二人は彼女たちのようだ。
「おはよう、今日はいい天気だけど、寒いね」
井原はもこもこのコートの中に手を引っ込めて笑っている。ほとんど晴天と言っていいほどの青空の高いところに薄い雲があるだけだった。天気の良い冬の朝は、布団から出るのが億劫になるほど寒い。
「おはよう、井原、でも、そのコート暖かそうだな」
「いいでしょー、暖かいよー」
井原はいい意味で子供っぽい、居るだけで周りを和ませてくれるような存在だ。
「尾崎もおはよう、こうやって話すのは久しぶりだな」
「そうね」
そう答える尾崎が笑っているところをあまり見たことがない。多分嫌われているのではないのだと思う。去年はずっとこんな感じだったし。
「それにしても、井原と尾崎は仲良かったんだな、ちょっと意外だった」
「意外ってどういうこと?」
とげのある言い方だった。「なんか、文句でもあるのかしら」とでも言いたげな。
「いや、休み時間とか一緒にいるところ見たこと無かったし、俺からしたら、接点がどこにあったのかなと思ってな」
「私と美緒ちゃんと伊月くんは同じ中学校でね。高校ではクラス離れちゃったから学校ではなかなか話せてなかったけど、ずっと仲はいいんだよ」
そう言って、尾崎の方を見て微笑みかける、井原。俺の失言で険悪になりかけた雰囲気も井原の手に係れば、たちまち元通りだ。井原さまさまである。
「三人は同じ中学校出身だったんだな。あいつとはあんまり実のある会話しないから、二年も一緒にいるのに知らなかった。」
「伊月くんいつもおかしなことしてるもんね。仕方ないよ」
「まあ、そうだな」
「ただバカなだけでしょ」
尾崎の辛辣な一言。
「皆の衆、遅かったではないか」
伊月が集合時刻より少し時間が過ぎたところで現れた。今日もテンションが高い。
「あなたが遅れてきたんでしょ」
ツッコミというより事実を告げただけだった。
「クール美少女よ。そんなにカリカリしていては、せっかくの美人が台無しじゃないか」
尾崎は、目で伊月を殺しに行っていた。鋭すぎる眼光だ。
「ま、まあ、落ち着けって、美緒、俺が連れて行ってやるんだから、ちょっとはへりくだれよ」
伊月はあっさりと降参したようだ。傲岸不遜な態度はあっけなく崩れた。
「あら、連れて行ってやるなんて上から目線じゃないかしら。頼むから一緒に行ってくださいって頭を下げてきたのはどこの誰だったかしら?」
「辞めろ、裕孝が聞いているじゃないか。学内で人気の2トップ女子に一緒に行こうと言ったら困ったような顔でやんわりと断られ、仕方がなく、お前らに頭を下げたことがばれるだろ」
迫真の表情で伊月はすべてを語っていた。そんな涙ぐましい話があるとは知らなかった。知りたくなかった。
「全部、自分で言ってるじゃない、本当に哀れね」
尾崎は、冷たい目で伊月のことを見ている。
「まて、逆に考えるんだ。なんだかんだ言いながら、旅行に来たということは、香織と美緒は俺に気があるのでは……」
「「ないわ(ね)」」
井原と尾崎が息ぴったりで否定をした。片方は笑顔で片方は冷酷な目で蔑みながら。こんなむき出しの言葉で言い合いができるのだから、三人は仲が良いのだろうと思うことにした。
「あなたと椎名くんは、私と香織に寄って来る虫よけぐらいにしか思ってないわ。私たち可愛いから二人で行くと面倒くさいことになるのは目に見えてるもの。本当は香織と二人で行きたかったのだけど、仕方がなくよ」
そういうと尾崎は井原に微笑みかけた。井原にだけ向けられた笑顔だった。確かに、井原と尾崎は見た目が美少女だから、声をかけられてもおかしくないだろう。虫よけ、必要かもしれない。
「くそーっ、裕孝も何か言ってやれ」
どうしても一矢報いたいのか、伊月は目で救援を求めてきた。ここは俺の本心を言ってやるしかないみたいだ。
「みんな、付き合ってくれてありがとう。俺、今日のこと楽しみすぎて、昨日はあんまり寝られなかったんだ」
伊月の嬉しそうな顔、尾崎の面食らったような顔、井原のいつも通りの笑顔があった。
「幼稚園児か、お前は」
その通りだった。俺の心の中は、初めての経験への期待に胸を膨らませている幼稚園児と同じだと思った。
「聞いて驚くなよ、今日行くのは、岐阜でも長野でもねえ」
北海道だ。伊月は早朝の駅前で声高らかにそう言った。
飛行機を乗りに空港に言ったのは初めてだった。ターミナル内の解放感とそこに漂うわくわく感は空港特有のもののように感じた。スーツケースを預けたり、搭乗前持ち物チェックというものを初めてやった。何も、やましいものは持ってないのに、あのゲートをくぐるときは少し、緊張した。
飛行機が離陸すると、北海道には、あっという間についた。今年は、まだ12月というのに、かなりの雪が降ったらしく、滑走路の周りには、雪が積もっていた。地元にはほとんど雪が降らないから、積もっている雪を見るのも初めてだった。空港内には、いろいろなお土産が売っていて、何を買って帰るか考えておかないと、迷って時間が無くなりそうなほどだった。
空港からバスで移動していくと山に向かうにつれて、一段と雪の量が増えていった。バスの窓ガラス越しの風景だったけれど、人に当たったらと考えるのも恐ろしいような立派なつららや辺り一面が白銀の世界というのを実際に見て衝撃を受けた。食い入るように窓の外を見ていると井原が俺を見て笑っていた。
バスが停車したのは山奥の大きな建物の前だった。バスから降りると人に踏み固められた雪が氷のように滑り、建物の入り口までの短い距離でも、何度か滑りそうになった。入口では、パチモン感があふれる微妙なマスコットのパネルがあった。建物の正体は、スキー場のフロントとレストハウスが併設された建物だった。フロアマップを見るとコンビニ、食堂、医務室、カフェ、少し、離れたところには足湯もあると書いてあった。伊月が受付をスムーズに済ませると、スノーボードにするか、スキーにするかという話になった。最近の流行りはスノーボードということだったので、みんな揃えてスノーボードを選択した。ボードとウェア一式をレンタルし、それを着こむと肩回りがかなり動かしにくく、スノーボード用のブーツを履いて歩くのは一苦労だった。念のため、貼らないタイプのカイロをポケットに忍ばせレストハウスを出た。
日差しの照り返しでまぶしいくらいにキラキラと輝く雪原がうねりながら緩やかに登っていく斜面は壮大なものだった。降り注ぐ、日差しはあるが、暖かいということはなかった。
ここまでの手順がスムーズだったのでどうしてか聞くと、伊月は何度か雪山に来たことがあるようだった。井原も尾崎も同様だった。三人は経験があり、初めてでも半日もしたら少しは滑れるようになるとのことだったので、初心者講習を受けずに上に上がることになった。伊月は早く滑りたくてうずうずしているのだろう。なるべく下を見ないように心掛けながらゴンドラに乗り、ある程度の高さまで登ると中、上級者コースはさらにゴンドラで、初心者コースは少し歩いた先にあるリフトでと二手に分かれていた。「一番上から滑りたい」と言っていた伊月とはそこで一度別れることになった。初心者コースはこちらと書かれた方向へ歩いていくとそこにあったのは、二人掛けのリフトだった。人の乗り降りで揺れているそれは、見ているだけでも絶妙に恐怖心を煽った。
「椎名くんどうしたの?顔色あんまりよくないよ」
表情に出ていたのだろうか、心配そうに井原がそう言った。
「いや、実は高いところが苦手で、飛行機ぐらい高いところを飛んでくれたら、大丈夫だったんだが、あれくらいの高さは一番やばいかもしれない」
せっかくの旅行だから、ごまかしてさらに心配させるわけにはいかなかった。
「そっか、そっか、じゃあ、私が一緒に乗ってあげるね」
井原は他の可能性を危惧していたのだろうか、安堵の表情を浮かべた。そんなやりとりを見ていた尾崎からの視線が痛い。横広の二人掛けのように見えたリフトは、スノーボードを履いたまま乗る場合は安全面を考えて一人で乗らなければいけないらしく、俺と井原は、仲良くスノーボードを抱えて二人でリフトに乗ることになった。足がつかないことが不安で仕方がなかったが、井原が「大丈夫、大丈夫」と笑顔で言ってくれると、安心することが出来た。
「ありがとな、井原」
「気にしない、気にしない、実は、私も高いところ苦手なんだ。困ったときはお互い様だね」
そう言って気を使わないように気を使ってくれる井原は優しい女の子だった。
「そういや、人間関係は好きなことが一緒より、嫌いなことが一緒の方が上手くいくらしいぞ、井原は何か嫌いなことあるか?」
「好きなことじゃなくて、嫌いなことか、あんまり思いつかないけど、人の陰口を聞くのは好きじゃないな。椎名くんは嫌いなことあるの?」
「俺も人の陰口を聞くのは好きではないな。別に、人のことを嫌いになっちゃいけないって思うわけじゃないんだけどな」
わかる気がする。本人がいないところでこそこそやっているのは、あまり好きではなかった。人の陰口を言って、他人と自分の中の悪い感情を共有することで安心するのだろうか。
「俺は、周りの雰囲気に流されることかな」
「すごく抽象的だね」
「そうだな。例えば、周りが受験勉強してるから何となく自分もやろう、みたいなのはあんまり好きじゃないな」
「そうなんだ、でも、私はそうは思わないかな。流される中で、悩んで、苦しんで見えるものもあると思うから」
「確かにそうか、考えなんて人それぞれだもんな」
「というか、嫌いなものを嫌いって正直に言える関係って、その人との人間関係が上手く行っている状態があってこそな気がするんだけど、違うかな?」
「言われてみればそうだな」
「じゃあ、お互いの嫌いなものを言い合える私と椎名くんは、良好な関係ってことだね」
井原はそういうとこっちを向いて笑った。顔がかなり近い。
「確かに、ものは考えようだな」
リフトの終着点が迫ってくる。リフトを降りる際に、二人で乗る危険性が分かった気がした。迫りくる後方のリフトに当たらないために二人で走るのは、慣れないスキーウェアとブーツではかなり危ないものだと思った。
「何してるの?教えてあげるから早くしなさい」
そう言ってくれたのは尾崎だった。尾崎は少し不機嫌なようだ。井原とリフトに一緒に乗ったのが理由だろうか。スパルタ式だった尾崎の指導は的確なものだった。こけ方の練習から始まり、横滑り、木の葉おとしという滑り方、ターンの仕方など自分でもみるみる上達していくのが分かった。できなかったことが出来るようになっていく喜びを感じた。午前中が終わるころには、ずぶの素人から初心者ぐらいまでには滑れるようになっていた。本人は何も言わなかったし、井原は気づいてないようだったが、途中から教えてくれていた尾崎の表情が優れ無かった気がする。機嫌が悪いわけではなく、何かを我慢しているような感じだ。広い雪原の端の方に一か所だけ、くぼんでいる場所があった。ターンの練習をしている際に偶然見つけたそれは引っ掛かってしまうと転倒は免れることが出来なさそうだった。一面のっぺりとした白なので、凹凸が分かりづらく、直前まで、くぼんでいることに気づかず、危うくツッコミそうになった。「そろそろ昼休憩にしましょ」と尾崎が言ったので、レストハウスに向かうため雪原を下って行った。一番下まで下っていくと嬉しそうな表情で伊月が手をブンブン振っていた。伊月は早くも旅行を満喫しているようだった。俺も初めての旅行と初めてのスノーボードを十二分に楽しんでいた。
レストハウスに入ると暖房がよく効いていて、ウェアを着たままでは少し熱いぐらいだった。中にある食堂には多くの家族連れ、友達同士で来た学生、カップルでにぎわっていた。食堂の昼食メニューは割高だったが、伊月の持ってきてくれたチケットというのには、ここでの昼食料金も含まれているらしく、彼は一番高い、ステーキ丼を頼んでいた。いろいろなメニューがあり、迷ったあげくカレーを選ぶと井原と尾崎もカレーを頼んでいた。カレーは家で作る甘辛カレーより甘かった。野菜の甘さではなく、なぜか甘かった。
「裕孝は滑れるようになったのか?」
「まあまあね。今日初めてにしては上出来と言えるんじゃないかしら」
尾崎からお褒めの言葉をいただいた。スパルタ式のおかげで転びすぎてお尻がすでに痛い。
「そうかそうか、それはよかったな。聞いてくれよ、俺なんか、一人で滑っている女の子を追っかけて、声を掛けたら、その子の彼氏が鬼の形相で追っかけてきたり、美少女だと思って話しかけたらおばさんだったり、黒髪をなびかせる可憐な少女だと思って声を掛けたら髪の毛サラサラなおっさんだったりほんと災難だったぜ」
「やれやれ」とでも言いたげな伊月はいつもの調子だった。
「ナンパなんて不潔ね。死ねばいいと思うわ」
尾崎のストレートすぎる暴言。冷めた目線。
「美緒に何と言われようと構わない。そして俺のかわいい女の子に向けられたこの気持ちは断じて不潔なものじゃない。純粋なものだ」
「純粋なものを誰かひとりにじゃなくて、不特定多数に向けられるわけがないじゃない、バカね」
伊月と尾崎は多分仲がいいんだろう。じゃなかったら、井原が止めに入るはずだ。井原は、カレーを頬張っており、目の前のことをあんまり気にしていなかった。
「見せてやんよ、俺の実力を、照明してやるよ、俺が正しかったとな」
伊月は不敵に笑っている。どこからの湧いてきた自信なんだろう。
「勝手にすれば、でも、今日の午後は香織と一緒にいてあげて。あなたみたいな考えのバカが香織に近づかないように、それに、女の子に気を使えないような男は間違ってもナンパに成功することはないから」
「上等じゃねえか、その安い挑発に乗ってやるよ。で、美緒はどうすんだ?」
「私は、椎名くんをもう少しだけ見ようと思うから、だから、不本意ながらあなたに香織をお願いしてるのよ。そんな察しの悪い男では、ナンパは成功するとはおもえないのだけど」
「わかってましたぁー、言ってみただけだからね、全然察してたから、でも、香織はそれでいいのか?」
「うん、じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「任された」と笑う伊月は楽しそうだった。滑れない俺に負い目を感じさせないように、楽しそうにしてくれるとこちらまで楽しい気分になる。
昼ごはんを食べて少し休憩をすると伊月と井原は、再びコースに戻っていった。それを見ていた尾崎からは人が自然体を装っているときに感じる違和感があった。
「尾崎、どうかしたのか?ちょっと様子が変だけど」
かすかだが、彼女の目には動揺の色が浮かんでいた。
「……何でもないわ、それより早く行きましょ」
「もしかして、足冷たくて痛いのか?」
当てずっぽうだった。尾崎が、ブーツとウェアのあたりを気にしていたのは、滑り出してからちょっとしてからだったと思う。さりげなく、一度だけ。
「……よくわかったわね、雪山に来たのは久しぶりだったものだから、私としたことが、ウェアの履き方を少し間違えてしまって気づいた時には遅かったわ。雪がブーツの中に入ってきて靴下が濡れてきていたから。人に偉そうに教えておいて、自分もヘマしてるなんて笑っちゃうわよね」
偉そうな自覚あったのか。と、そうじゃない。
「早くブーツを脱ぐんだ。話はそれからにしよう」
尾崎がブーツを脱ぐと、足の付け根のあたりから足先の方にかけて、白くなっていた。健康的ではない白さだった。この状態のまま、もう一度滑りに行くつもりだったのだろうか。
「ごめんな、我慢させてたんだな、もっと早く気づいてやるべきだった」
「なんで、椎名くんが謝るのよ、こちらこそ、ごめんなさいね、もう少し練習したかったでしょうに」
「いいや、尾崎に教えてもらってなかったら、おそらく、半日でここまで滑れるようになれて無かったからな尾崎には感謝しかないよ」
「そう、そう言ってもらえると嬉しいわ」
尾崎の表情が少し柔らかくなる。ここには足湯があったことを思い出した。
「近くに足湯があるみたいだけど、そこまで運ぼうか?」
こういう時にどう言えばやらしいことを考えてないように聞こえるのだろうか。いや、こんなことを考える時点でやらしいことを考えていることになるのかもしれない。が、尾崎を心配して言っていることはわかってほしかった。
「大丈夫、自分で歩けるわ」
尾崎は少しだけ笑うと再び濡れた靴下でブーツを履いた。
俺たちはロッカーで足を拭くためのタオルと、替えの靴下、ここに来るまでに履いていた靴をもって足湯へと向かった。足湯からは、ゲレンデと反対側の景色がよく見えた。山頂から、ふもとまで真っ白に染まっている山々が地元では見ることのできない風景を作り出していて、新鮮だった。この景色を見て尾崎はどんな顔をするのだろう、と思って尾崎の方を見ると目が合った。
「何かしら」
「いや、尾崎はこの景色見てどう思うのかなと思って」
「そうね、いい景色だと思うわ。たまに見るから良いんでしょうけど」
「確かに、長いこといたら見慣れるもんな」
ここで産まれ育った人にとっては取るに足らない景色なのかもしれない。でも、俺にとっては綺麗な景色だった。それ以上でも、以下でもない。
「足の調子どうだ?」
「少しずつ感覚が戻ってきたわ。隠せているつもりだったのによく気が付いたわね」
足の感覚が無くなっていたことに驚いた。指摘しなかったらそのまま続けるつもりだったのだろうか。
「偶然だよ。何となくそんな気がしただけ」
何かを気にしている動作や表面的な変化は意識しなくてもわかることが多かった。伊達に妹や弟の面倒を見てきてないということだろうか。小さい子供はしっかり行動を見ておかないと何をしてほしいのかわからない、その時覚えた癖かもしれない。
「一年生の時に私が少し前髪を切ったときも、椎名くんは気づいて言ってきたわよね、覚えているかしら?」
「覚えてるよ、なかなか衝撃的なことを言われたからな」
「あなたが好意を持ってくれているのは嬉しいけれど、あなたの気持ちを受け入れるわけることはできないわ」だったろうか、告白したわけではなかったのだが、どう解釈したの、俺は尾崎に振られている。
「椎名くんも私を異性として気にしていると思っていたのよ。入学当初はそういう男子生徒が少なからずいたし、余計な時間をかけたくなかったから。でもあなたは違った。まさか、クラスの人間ほとんどに同じことをしているとはね」
朝教室に行って、みんなに挨拶する延長でどこか変わったことがあったら、それを言う、みんなが少し嬉しそうにしてくれるので、ついついやってしまっていた。
「苦々しい思い出だな」
「思い出ってことは、今はもうしてないということかしら?」
「ああ、てっきり、女子は特に、細かい変化に気づいてもらえるのは嬉しいんじゃないかと思ってたんだ。ほら女子男子に関わらず、小さいことでもさ、誰かに気づいてもらったり、少しでも、褒めてもらったりするのって嬉しいんじゃないかと思ってな、けど、尾崎となったみたいなことが他の女子ともなっちゃって、封印することにしたんだ」
封印できているはずだ。癖になっているので、無自覚にやっている可能性は否定できない。
「気を付けないと椎名くんはいつか刺されるかもしれないわね」
「そうならないように最善をつくすさ」
具体的な対策は何もできてなのを見透かしたように尾崎は笑った。嫌な気持ちにはならなかった。




