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3日間の旅行  作者: 間島健斗
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旅行前日

閲覧いただきありがとうございます(*^_^*)


よろしくお願いします。



「だーれだ」

 帰り支度をしていると死角から伸びてきた手によって目の前が真っ暗になり、明らかな裏声が聞こえてきた。女性の声色に近づけるような努力が感じられないその声は、その場の乗りで雑にやっているのが伝わってくる。そしてどことなく世界的に人気のネズミの鳴き声に似ていた。今日の伊月は一段とテンションが高い。

「どうしたんだ、伊月、今回の定期テストそんなにも点数が良かったのか?」

 冬休み前最後の定期テストを終え、結果が帰ってくる頃だった。

「定期テストなどというちっぽけな物差しでは俺のことを図ることはできないぜ」

 自信満々に言うその姿に寂しさは微塵もなかった。伊月はテストの点が良くなかったみたいだ。

「そうか、じゃあなんでそんなにテンションが高いんだ?」

「よくぞ聞いていくれた。裕孝、突然だけど雪山に行かないか?」

 「帰りにファミレス寄ってこうぜ」ぐらい軽いノリだった。地元にはあまり雪は降らないから旅行だろうか。鼻をめいっぱい膨らませ、キラキラした目をしているところ申し訳ないのだが、旅行に行くようなお金を今すぐに用意することはできない。普段の生活でぎりぎりやっていける我が家の経済力では旅行はおろか、気軽にファミレスに行くことだって難しい。

「伊月の提案に水を差すようで悪いんだが、俺は行けないと思う」

 そう告げると、その言葉を待っていた、みたいな顔をする伊月。

「フフフフフ、大丈夫だよ、ひろ太くん、そういう時は、商店街の福引で当たったスキー旅行のペアチケット」

 今度は国民的猫型ロボットの声をマネしてどこからともなく、旅行券と書かれた横長の紙を取り出した。こっちの物まねは少し似ていて、笑ってしまった。昔の方のだった。伊月が持っているチケットをよく見ると「男女ペア二組でお越しください」と書かれている。

「へー、すげーな、俺商店街の福引なんてポケットティッシュぐらいしか当たったことないぞ、まさか、旅行を引き当てたやつにお目に係れるとは思わなかった」

「俺に係ればこんなもん朝飯前よ。でどうよ?一緒に行ってくれるか?」

 魅力的なお誘いだった。お金が後でいいのなら、少しバイトをしたら返せるかもしれない。

「家族に話してみないことにはまだ何とも言えないな、一度相談してみるよ」

「おう、頼むぜ、一緒に楽しい思い出残そうな」

 伊月は屈託のない笑顔だ。



学期末のテストが終わり、3年生の教室が並んでいる一階は、センター試験に向けての最後の追い込みをかける先輩たちが、静かな闘志を燃やしているのに対し、俺たち2年生は学年全体が定期テストが終わった解放感でどこか浮ついている。そして、伊月が誘ってくれたスキー旅行を楽しみにしている自分もその一員であると実感する。物心がついた時から、家族でどこかに旅行に行った経験はなかった。友人が旅行に行ったという話を聞くと少しうらやましかったのだ。いや、少しではなく、かなりだろうか。




「だめ、とでも言うと思ったの?スキー行ってきたらいいじゃない、いや、行ってきなさい。母さん、お金出すよ、あんたには小さいときから妹たちの父親代わりをさせてきたからね。家のことは気にせず楽しんできなさい」

 スーパーの特売品で作った夕飯を家族四人で囲んだ後、洗い物をしてくれている母はそう言った。母の言葉は暖かかった。開けっ広げに言うことではないが、女手一つで俺と妹と弟の3人を育てている家計は厳しい、本当はバイトをして少しでも母の助けをしたいのだが、「学生の本分は勉強と遊ぶこと」と言って、家のためにバイトをさせてはくれなかった。優しい母親だ。

「お金はいいんだ、スキー旅行は福引の景品みたいだし、実際どれくらいかかったかは後で調べて自分でバイトして返すよ。遊びに行くのは俺だしね。ただ家のこと3日開けることになるからそれが心配だったんだ」

「あんたは心配せず行ってきなさい」

「ありがとう」というと少し寂しそうに母は笑った。母をもう少し頼ったほうがよかっただろうか。でも、あまり迷惑をかけるわけにはいかない。

「なになに?お兄ちゃん、彼女でもできたの?」

 ニヤニヤした顔で野次馬根性を丸出しにしてきたのは生意気盛りの妹だった。母親も興味深々な顔でこっちを見ないでほしい。「母さん、心は永遠に18のままなのよ」と以前言っていた母親。見た目が18歳というのはともかく、中身が18歳のままというのは喜ばしいことなのだろうか。

「なんでそうなるんだよ。俺は友達とスキーに行くだけだよ」

「ふーん、世間はクリスマスだ、やれ彼氏彼女だやっているのに、この時期に友達同士でスキーなんて、嫉妬の炎で燃えるよ?燃え死ぬよ?」

「彼氏彼女で仲良くするのはいいことじゃないか?何に嫉妬するんだ?」

「お兄ちゃんのことだから本気で言ってそうで怖いわ。まあ、そんな余裕ぶったことを言っていられるのも、今の内よ、せいぜい雪山でキャッキャウフフする男女を見て悶えるがいいわ」

 人見知りで初対面の人とはほとんど話すことがない妹は、兄に向ってだけとても饒舌だ。

「えーっ、兄ちゃん死ぬの?」

 どういう話の聞き方をすれば俺が死ぬことになるのだろう。弟の中では俺は死ぬことになっていた。というか、幼稚園児の弟は、死ぬという言葉の意味を正確に理解しているだろうか。

母はそんな俺たちをいつもの優しい目で見つめていた。




テストが終わり、学校が午前授業となったことで、1日が終わるペースが速く感じる、冬休みに入り、クリスマスを家族団らんで過ごすと、あっという間に旅行の日となっていた。伊月からは「多少のお金と2日分の着替え、健康な体が持ち物だ」と言われその他には特に何も持ってくるものはないとのことだった。数日前に母が「安くなってたから」と言って買ってきてくれたのはシンプルなデザインの黒いスーツケースだった。値札は取ってあったので値段はわからなかったが、頑丈そうなそれは安くはないだろう。母に素直に「ありがとう」というと、母は「これぐらいはね」と言って、母は恥ずかしそうに笑っていた。まだ新品の匂いのする黒いスーツケースにできる限り暖かい服を入れ、貼るカイロ、貼らないカイロの両方をバックに詰めて少ない持ち物の入れ忘れがないか何度も確認をした。楽しみにしすぎたのか、旅行前日の夜はすぐには寝付けなかった。


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