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僕は桃色に満たされる 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 君は自分の誕生日が楽しみなクチだろうか? 僕の場合、今はよくても、昔は嫌いだった。ぶっちゃけ、今日のハロウィンなんだけどね。

 ああ、お祝いありがと。小さい頃なんかハロウィンと誕生日を一緒に祝われて、不満だった。

 クリスマスやイブとかが誕生日、という人ほど悲惨じゃないが、「みんなは僕より、一日余計に、お祝いされて喜べる日があるんだ」と考えると、どうも損した気分になる。

 こうしてひとりで暮らすようになった今、念願のやりたい放題ができて嬉しいよ。あまり不満を抱えているせいで、小さい頃、不思議な目に遭ったしね。

 ……おや、興味があるのかい? じゃあ、聞いてみる?

 

 その年の誕生日も、百貨店のおもちゃ売り場はハロウィン色に染まっていた。

 ジャック・オー・ランタンのライトに始まり、魔法使いが手にするような光るステッキだとか、人気プラモデルのハロウィンコスチューム仕様だとか。

 僕はというと、そのおもちゃ屋のカウンター真上。天井から吊り下げられた、数台のテレビに映っている、ゲーム映像に見入っていた。

 大抵は簡単な宣伝を延々と繰り返すものだけど、時々、今でいうプレイ動画らしきものを、実況やテロップなしで、数十分に渡り、流すタイプのものに出くわした。

 僕にとっての大当たりだ。


 母親は何か大事な買い物があると、いつも僕をそこへ置いていく。僕としても映像が見られるのだから、苦にならなかったよ。

 ただ、残念でならなかったのが、僕の家の方針で、ゲームを買ってもらうことが禁じられていたこと。こうしておもちゃ屋で画面を眺める以外は、友達の家でやらせてもらう機会しかない。

 その年も僕は、母親の買い物が少しでも長引くことを祈りながら、ゲーム映像へとその目を凝らしていた。


「今日も、ひとりで待っているのかい?」


 お客がはけた頃、レジに立つ、白髪混じりのおじさんが話しかけてくる。

 ずっと、このおもちゃ屋で働き続けているようで、僕もよくこのおもちゃ屋で「留守番」させられるものだから、顔は知っている。

 悪い印象は持っていないこともあって、つい先ほど告げたような不満を、話してしまったんだ。

 おじさんは「うんうん」と聞いてくれたけれど、やがてちらちらと店内を見やり、客が少ないことを確認すると、カウンター下から「別のレジへお願いします」のプラカードを取り出し、自分の前へポンと置く。

「ちょっとおいで」と、おじさんはカウンターから出て、僕を手招きしてきた。


 おもちゃ売り場の隅にある、「従業員以外、立ち入り禁止」と書かれた白いドア。その中へ、僕はおじさんと一緒に入っていく。

 中央に長机。向かい合うように置かれたパイプ椅子。他は部屋の隅に移動式のハンガーラックがあるだけ、という殺風景な空間。僕は、椅子に腰を下ろすようにいわれる。

 自分も椅子に腰かけたおじさんは、店員用エプロンのポケットから、小さく折りたたんだメモ用紙を取り出し、机の上へ置く。

 そこには、車のナンバープレートらしき絵が描いてあった。


「もしも家に帰っても、まだやりきれない気持ちが残っていたら、このプレートの車を探してみなさい。家の部屋から、ベランダから、あるいは散歩をしながらでもいい。

 もし見つけることができたなら、きっと幸せがやってくるだろう」


 僕が促されるままにメモを受け取るや、おじさんは「あまりレジを空けるわけにはいかない」と立ち上がって、僕と共に部屋の外へ。そのまま仕事へ戻っていき、僕が定位置に着くと、さほど時間を置かずに母親がやってきた。

 例のメモについて、ズボンの中にしまいこんだまま。親には話さなかったよ。


 僕の家は国道に面している。親が夕飯の準備をしている間、僕は家の二階へあがって、そこのベランダから道路を往来する車を眺めていた。

 手前と奥の道路を、右へ左へ、動いていく車を追うことは容易じゃない。ナンバーを確認となれば、なおさら。

 でも、僕は愚直に車と向き合っていた。当時の幼さゆえか、「おじさんがいうのだから、絶対にある。見つかるまであきらめない」なんて、しつっこいくらいの熱意にあふれていたんだ。


 そして、ついにくる。

 何度目になるか分からない、赤信号によって止まった車の波。手前側の道路で左に向かう車体の中に、僕は目当てのナンバーを見つけた。メモと照らし合わせ、間違いないことを何度も確かめる。

 その車は、ピンク一色。周りの車が白や寒色系の色だったこともあって、暖色系はかなり目立つ。ドライバーの顔は黒いドアガラスで遮られていて、よく分からない。

 やがて動き出した流れにピンクの車も乗って、見えなくなってしまった。


 ――ほら見ろ、やっぱりおじさんが言った通りじゃないか。


 何かと戦っているわけでもないのに、僕は勝ち誇りたい気分になる。

 ほどなく、「ご飯よ」と階下から僕を呼ぶ声がした。


 母親を含め、家族全員が祝ってくれる誕生日。僕は表向き喜びながらも、内心では前述したような「また損する時間の始まりか」と思っている。

 チョコレートのホールケーキや、好物の竜田あげなどはともかく、クッキーやかぼちゃマフィンを食卓に並べるあたり、イベントをいっぺんに済ませてしまおうという感じがして、萎えるんだ。だが、今年は違った。

 美味しい。いつもと同じ店のケーキ、いつもと同じ母親の手料理なのに、ひとくち食べただけで違いが分かった。

 そのひと口ひと口で舌を駆けるのは、身体が欲する塩気、血液が欲する旨味、臓器が欲する甘さだった。

 僕の噛みしめ具合が尋常じゃなかったらしく、何度も咀嚼している横で、母親が「大丈夫?」と心配してきたほど。

 

 大丈夫じゃなかった。良い意味でだ。

 今だったら涙と一緒に、肉汁も、クリームも、好きなだけ目からあふれさせることができるような気さえした。それだけの満足だったんだ。

 そう、満足した。普段、よく食べるはずの僕は、各々のおかずを少しつまんだだけで、箸を置いたんだ。

 主賓のあまりに早い退席に、シェフの母親を始め、家族は驚きを隠せない様子。特に祖母は「若いんだからもっと食べないといけないよ」とお小言をのたまう始末。それを振り切り、僕は部屋へ戻ってしまったよ。

 噛みしめる満足感のまま、布団に寝転がった僕。

 ぐううっと大きく手足を伸ばすと、全身に口の中で味わった快感と、同じような心地よさが広がっていく。頭も体も、陥落だ。

 僕はパジャマに着替えて、脱いだ服を放り出すと、さっさと横になる。

 

 翌日。肩を盛大に揺さぶられて、ようやく目を覚ました。母親が部屋にやってきたんだ。

 階下からは、洗濯機が回る音もしていた。いつも祖母が早めに起きて、動かしているんだ。

「早く起きなさい」と急かす母親。時計を見ると、すぐにでも出ないと遅刻する時間になっている。朝ごはんも食べずに飛び出した。


 これまでも何度か、朝を抜いて空腹を覚えたけど、今日はそれがない。

 何しろ、昨日のご飯が残っている。モノではなく、記憶として。

 ふとした拍子に味を思い出し、口の中で転がして飲み込む瞬間まで、鮮明に描ける。

 ビデオのようにそれを楽しんでは、巻き戻し、また楽しんで……とすると、あの充足感がよみがえるんだ。

 給食なんか、目じゃなかった。いつもはお代わり合戦に参加する僕が、不参加どころかおかずをほとんど残す様子に、友達や先生も心配したけれど構わない。

 やがて僕は何かをしゃぶると、一層、記憶の味が引き立つことに気がつき、人の目を盗んで服の端、ランドセルのひも、ついには自分の指まで口に入れるようになったんだ。

 

 家に帰ってからの僕は、仮病を使い、夕飯も食べないまま布団にもぐり込むと、また指をなめたり、掛け布団の隅に歯を立てたりし始めた。

 出てくる唾液、飲み込む唾液。すべてから、昨日の料理の味がする。

 指がべちゃべちゃになろうが、布団が雑巾みたいに濡れようが、構いやしない。もっともっと……。

 

 バン、と背後で乱暴に扉が開かれる音。ほどなく被っている布団を、無理やりひっぺがされた。

 祖母が立っている。険しい目つきのまま、「これをどこで手に入れた」と、小さいメモ用紙を突きつけてきた。

 おじさんからもらった、ナンバープレートを書いた紙。洗濯でもまれたせいで字はにじみ、紙もあちらこちらがズタボロだけど、間違いない。

 僕が答えあぐねていると、祖母は「これは自害に使う暗示のための文様に、そっくりなんじゃ」と話し出した。

 

 祖母の地元は、ずっと昔から飢饉にあえぐことが多かったらしい。

 腹を空かせた人々は、木の根を分けて食料を探し、それでも見つからなければ人を殺して持っているものを奪い、もしくは人そのものすら……。

 その地獄絵図の中、どうしても人を殺せない者。苦しみに耐えられない子供などが、安らかに眠るように作られたのが、この文様なのだという。

 

 これを視認した後、時間を置かずに、桃色に染まった何かを続けて見ることで、暗示がかかる。その暗示とは、目に入れてから四半刻の間、口にしたものの味だけで、満足する身体を作ること。

 実行した者は、その味に取りつかれる。食べ物を拒み、指や服の端をしゃぶらずにはいられなくなるんだ。なぜなら、しゃぶるだけでその味をひときわ思い出させ、身体を満たし、食欲を奪ってくれるから。

 食べずして、満たされる。何も採らずに数日間を生き続け、その実、栄養の失調で死に至る。そして遺す身体を、あくまで生きんとする者へと捧げるのだという。


 それからは祖母の主導の元、暗示を解くための食事指導が成された。

 満腹信号を出し続ける身体に反し、関取かと思うほど、お腹にご飯を詰め込んでいく。

 本当は身体が飢えていて、生きなくてはいけないと、身体全体に知らしめるためらしい。ようやく改善した時には、当初より少し太ることになったよ。

 

 例の百貨店は今も存在しているけど、おもちゃ屋さんはもう数年前に撤退してしまい、おじさんの行方も分からないんだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うわ! めちゃくちゃ面白かったです。 そういうカタチの「幸せ」だとは……! 予想外すぎました。 おもちゃ屋さんでゲーム映像に心奪われるシーンに、すっごく懐かしくなりました! 子どもらし…
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