返却交渉
「シタガイ ミコさん。交渉に応じてくれてありがとうございます。私が返却を希望するのは、拐われていた女性で、ラナンという子がいたはずです。彼女は、私の娘なんです。どうか…。」
サヤカの話を聞きながら、美湖は同席していたアリアにアイコンタクトをとる。すると、アリアが横から説明をしてくれた。
「彼女のおっしゃっていることは本当です。彼女はラナンさんが失踪してから、何度もクランに来ては、彼女の消息を調べていました。私も直接お話を伺ったことがあるので間違いありません。」
美湖は、アリアの説明にうなずくと、
「わかりました。では、ラナンさんを引き渡させていただきます。ですが、彼女はゴブリンに乱暴されて、心身ともに疲弊しています。おそらく、普通の生活は遅れないかもしれません。それでも、彼女を養う覚悟はありますか?」
美湖は、サヤカに問いかける。サヤカは、しっかりと美湖の目を見て、
「もちろんです。あの子は私の娘です。どれだけ時間がかかっても、あの子をしっかり育てます。」
と、はっきりと言い切った。それを聞いた美湖は、
「わかりました。では、アリアさん。ラナンさんを連れてきてあげてください。」
「はい、わかりました。」
美湖に言われて、アリアが部屋を出ていく。それを確認してから、
「それから、サヤカさん。これをどうぞ。」
と、小さな巾着袋を出して、サヤカに渡す。
「...これは?」
「中に、金貨10枚入っています。どうぞ、使ってください。」
美湖がさらっと言ったことに、サヤカは驚き、
「そんな!娘を助けていただいたうえ、こんな大金まで、受け取れません。」
と、巾着袋を返そうとするが、
「いえ、どうか受け取ってください。正直言って、娘さんの今後は、かなり大変なことになると思います。教会や、病院にも通わないといけなくなると思いますし、薬なんかも必要になるでしょう。ですから、そのための資金だと思って、受け取ってください。」
と、微笑みながら彼女に伝える。ユーナも後ろで微笑んでいる。さやかは、ついに目じりに涙を浮かべ、
「...ありがとう、ありがとうございます。この御恩は決して忘れません。」
と、それだけ言うと、決壊したように涙を流し、泣いた。それは、アリアがラナンを連れて戻ってくるまで続いた。
「はぁ。本来は、返却希望者から謝礼を受け取るしかないのに、まさか、美湖さんの方からお金を渡すとは、美湖さんらしいというか、なんというか。」
ラナンを連れて戻ってきたアリアが、サヤカとラナンを送り出してから、あきれたように言った。美湖は苦笑いを浮かべながら、
「ほんとは、もっと渡したかったんですが、今後のこともありますし、それに、全部面倒見たら、意味ないなと思って。彼女の覚悟は聞きましたし、あとはサヤカさんに任せますよ。」
「実はですね。もう一人返却依頼者がいるんですが、いいですか?」
アリアが、応接室の扉を開けると、一人の男が入ってきた。
「ようやくか。この私を待たせるとは、まったく。これだから庶民は嫌いだ。」
入ってきた男は、きらびやかな服装に装飾をこれでもかと身に着けた、小太りの男だった。
「えーっと?返却希望の方ですか?」
美湖は、男に向かって聞いてみる。すると男は、
「何だ?貴様。私を知らんのか?私は、この町の大貴族、レイバルト・ドロームであるぞ。たかが、探索者がなれなれしく口をきいていい存在ではないのだ。」
と、ふんぞり返って名乗った。それを聞いた美湖は、
「それで、あなたの返却希望の物は何ですか?」
と、名乗りを全スルーして質問をする。その対応に、レイバルトは、
「まったく、これだから庶民は。礼儀を知らんのか。まあいい。私が返してほしいのは、我が家の家宝でもある、とある宝剣だ。このようなものだが。」
レイバルトは、一枚の紙を美湖に見せた。それには、宝石がこれでもかと装飾された短剣が描かれていた。
「これは、数か月前、私が別の町に所用で出かけていた途中で、ゴブリンどもに襲われたのだ。その際に失ってしまってな。探していたのだが、貴様が壊滅させた群れが持っていたようだな。それは、私のものだ。返してもらおう。」
と、美湖をにらむようにして言った。だが美湖は、
「確かに、その宝剣はゴブリンたちがため込んでいた物の中にありましたね。では、金貨20枚でお返ししましょう。」
美湖の言葉に、レイバルトと、アリアが驚愕の表情を浮かべた。
「何だと!?金貨20枚だと!?」
「え、少なかったですか?何なら30枚でもいいですよ。?」
レイバルトが声を荒げるが、美湖はすました顔で、さらに値上げをする。
「キサマァ、ふざけているのか!?あれは、私の物だといっているだろう!!無償で返すのが道理ではないか!!」
「いいえ。あれは今は僕のものです。探索者の決まりでは、魔物や盗賊を討伐した際に得たものは、すべて、討伐者の者となる。となっています。なので、あれは、今は僕のものです。しかも、スタンピートを壊滅させてまで回収してきた品を、返してあげようとしているのですから、見返りを求めても何らおかしくはないでしょう?」
と、憤るレイバルトに涼しい顔で返す美湖。そのやり取りを見て、アリアは顔を青ざめさせており、ユーナは大きくため息をついていた。
「そんな、庶民が決めたルールに私が従う義理があるか!今すぐに返せ!」
「おかしなことを言いますね。クランは国にも認められた相互助組織のはずです。つまり、国王様が認めているルールということになりますね。あなたは国王様に逆らうというのですか?」
美湖は、微笑みを絶やさず、まるで煽るように言葉を繋げる。レイバルトは、顔を真っ赤にして、
「うるさい、うるさい!!庶民のくせに生意気な!!いいから返すのだ。お前たち、かまわん。こいつらを拘束しろ!」
と怒鳴り、同行させていた騎士に、美湖たちをとらえるように指示を出した。
「レ、レイバルト様!?何をなさるおつもりですか!?」
レイバルトの行動に、アリアが驚き大声を上げる。美湖とユーナも自分の武器を構えようと身構える。
「そこまでだ!」
美湖たちが武器を抜こうとした、まさにその瞬間、低く、しかし通る声が響く。
「双方、剣を収めよ。この場は、私が預かる。」
応接室に入ってきたのは、初老の男性だった。穏やかそうな身なりをしているが、発するきはくはこの中では断トツに高かった。
「お、お父様?どうしてここに?」
その初老の男性を見て、レイバルトがうろたえ始めた。それに対して、
「まったく、使用人に聞いてきてみれば、何をしておるのだ、お前は。」
男性は、あきれたようにため息をつきながら言う。レイバルトは、
「私は、我が家の宝剣が見つかったというので、返却交渉をしに来たのです。ですが、この探索者が法外な金額を提示してきたのです。」
と、男性に弁明する。
「さて、クラン員殿。それは本当ですかな。心配せずに、真実を話してくれて構わない。この、ランバルトの名のもとに、公平な判断をすると誓おう。」
と、男性―ランバルト―は、アリアに説明を求める。アリアは、
「恐れながら、レイバルト様がおっしゃっていることには、少々事実と異なる部分がございます。
美湖さんは、レイバルト様に、宝剣の返却に対し、金貨20枚という金額を提示しました。少々高額とは思いますが、スタンピートを壊滅させ、とらえられていた女性たちをも連れ帰った功もあります。それを考えれば、十分に許容範囲内かと思います。
それを、レイバルト様は、無償で返却せよと言われたのです。」
と、アリアは説明する。それを聞いたランバルトは、
「ふむ。探索者殿、相違ないかな?」
と美湖にも問う。
「はい、間違いありません。」
と、ランバルトに返す。その間、レイバルトは、「ふざけるな」や、「そんなことは言っていない」などを繰り返していた。が、ランバルトはその言葉には、耳を貸さなかった。
「ありがとう。おい、お前たち、レイバルトを連れていけ。こいつには、後程沙汰を言い渡す。」
ランバルトに言われ、レイバルトについてきていた騎士たちが、彼を抑え込み、クラン支部から連れ出していった。
「さて、うちの愚息が迷惑をかけましたな。探索者殿、クラン員殿。できれば、このことは大きくしないでくれると助かる。」
と、ランバルトは、3人に頭を下げる。その様子を見て、アリアが慌てて、
「頭をお上げください。ランバルトさま。」
と、おろおろとしだす。美湖は、
「いえ、僕は気にしてません。で、宝剣に関してはどうされますか?」
と、今回の騒動のきっかけの宝剣の処理をどうするか聞いてみる。
「ふむ。その宝剣を見せていただけるかな?」
ランバルトは、美湖に宝剣を取り出すように促す。美湖は、机の下で、封じ札から宝剣を取り出し彼に見せる。彼は、それを受け取ると、じっくりと確認し、
「確かに、我が家の家宝の宝剣に間違いないな。では、交渉の続きをさせていただこう。金貨50枚でどうだろうか?」
と、美湖に提案する。それを聞いた3人は、
「「「50枚!?」」」
と、驚いていた。
「よろしいのですか?さっきの金額は、息子さんが気に入らなかったから、結構吹っ掛けたんですが?」
「はっはっは。貴族に対して吹っ掛けるとは、なかなか、大胆な方ですな。まぁ、先ほどの謝礼も含めてというのもある。どうか受け取ってくだされ。」
と、大きな布袋をテーブルの上に置く。美湖は観念したようにため息をつき、
「わかりました。では、金貨50枚でお返しいたします。どうぞ。」
布袋を受け取り、代わりに宝剣を差し出した。
「ありがとう。しかし、かなり優秀な探索者のようだな。今後とも、懇意にしてもらえると助かるな。」
ランバルトは、それだけ言うと、「では、失礼する」といって、クラン支部を後にした。
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ランバルトが出ていった後、
「あー、緊張した~。」
と、美湖は、一気に気が抜けたのか、ソファーに崩れ落ちる。
「ほんとですよ、ご主人様。寿命が縮むと思いましたよ。」
「美湖さん。もう少し自重してください。ランバルトさまが来てくれて助かりましたが、一歩間違えば、3人とも奴隷落ちもあり得ましたよ。」
と、美湖に対して、ユーナとアリアから非難の声が上がる。
「仕方ないじゃん。あのレイバルトとかいう貴族?気に入らなかったんだし。」
と、美湖は口をとがらせる。
「まぁ、丸く収まったようでよかったですよ。ところで美湖さん。私、結構疲れたんですよ。おあつらえ向きに、臨時収入が入った担当探索者がいますね。」
と、意味ありげに美湖に笑いかける。すると、美湖はため息をついて、
「はぁ。わかりましたよ。今から、甘いものでも食べに行きますか?」
と、アリアとユーナを連れて、近くのカフェに向かうのだった。




