スタンビートの主
少し遅れました。
美湖は、ユーナの先導のもと、再び洞窟を進み始めた。いくつかの小部屋を見つけては、そこにいたゴブリンを殲滅していく。
「ねぇ、ユーナちゃん。確か、スタンビートには、その種族の上位種がいるんだよね?」
「はい、そのはずです。しかし、通常のゴブリンしか出てきませんね。」
そう、この洞窟では、すでに100を超えるゴブリンと遭遇しているのだが、スタンビートの特徴である上位種との遭遇がないのである。
「考えられる可能性としては、このスタンビートが形成されてから日が浅く、上位種の出現に至っていない。もしくは、奥のほうで待ち受けているかですね。しかし、ゴブリンソードマンや、ヒーラーなどは、それほど珍しくもないので、いてもおかしくはないのですが...」
小声でユーナと話していると、新しい小部屋を発見した。美湖が壁際から中の様子をうかがうと、
「ユーナちゃん、噂をすればなんとやらだよ。」
そこには、ゴブリンの上位種である、ソードマン、ヒーラー、アーチャー、ナイトが、合計で20体ほど酒盛りをしていた。小部屋の広さも大きく、大体バドミントンのコート2枚分くらいある。
「上位種が、大体20体ぐらいいる。どれも、僕たちのステータスなら問題なく討伐できるだろうけど、アーチャーとヒーラーが厄介だから、ユーナちゃん、相手を倒さなくていいから、全力で走り回ってあいつらをかく乱してくれる?これくらいの広さなら、かなり動きやすいと思うけど。」
「わかりました。ご主人様はどうされるのですか?」
「僕は、先にアーチャーとヒーラーを始末してくるよ。そのあとユーナちゃんと一緒にほかをせん滅する。」
「了解しました。では、全力でかく乱してきましょう。」
ユーナは、赤銅の短剣と魔鉄の短剣を握ると、ゴブリンの集団に飛び込んでいった。最初に接近したゴブリンナイトの首を刎ね、そのあとは、縦横無尽にゴブリンの隙間を走り回る。時折、ゴブリンたちを切り付け、彼らの注意を自分に向けさせる。
「グギャギャ!?」
ゴブリンたちは、いきなり表れたユーナに注意を引かれ、そちらに向かっていく。
「よし、いい感じにユーナちゃんに注目してくれてる。今のうちにっ!」
美湖は、ユーナがゴブリンたちを引き付けている間に、壁際を伝い、ゴブリン集団の背後をとる。後衛であるアーチャーとヒーラーは、いい感じに後方に陣取っていた。美湖は、アイスアローを4本展開するとそれら目がけて放つ。
「「「「グギャ!!?」」」」
それぞれが、寸分たがわぬヘッドショットとなり、アーチャーとヒーラーが倒れる。それにより、ほかのゴブリンたちも美湖の存在に気づいたが、美湖とユーナ、彼女たちの連携攻撃に耐えられず、1体、また1体と次々と倒れていった。
「上位種って言っても、それほど強くなかったね。」
「いえ、ご主人様の攻撃力が異常なのですよ。私は、急所を狙っていますからまぁ、何とかなっていますが。」
美湖の感想に、ユーナが苦笑いしながら答える。
「おお、ユーナちゃん?ご主人様に対して結構な物言いだねぇ。今日の夜は寝かせないよ?」
「ラッピングしてお返しいたしますよ、ご主人様?」
「うわ、僕の敗けじゃん。」
剣の血糊を生活魔法の『ボトルウォーター』で洗い流しながら、他愛のない話をする二人。ゴブリンの巣にいるとはとても思えないほど明るいものだった。
二人は、ゴブリンの上位種の魔石と死体を回収すると、次の集団を探していく。
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「結構奥まで来たけど、あれ以上の上位種もいないし、そろそろ最奥に付きそうなものだけど...」
「そうですね。血の匂い、精臭も薄くなりました。この先には、ゴブリンたちの寝床や、上位種の部屋があると思うのですが...」
二人は、たまたまゴブリンがいない小部屋を見つけ、装備やアイテムの点検をしていた。
「ふう、魔石や、死体が結構増えたね。」
今回の依頼で美湖たちが討伐したゴブリンの数は、180体を超えている。また、結構な魔石を回収しているので、封じ札、魔札が結構な量になっている。
「こうやって整理してみると、衝動的に魔札を作りすぎたかな。」
「そうですね、ですが、これからどんどん必要になってくるのでいいのではないですか?
ご主人様、余裕があるなら、そこら辺の石礫をいくつか持って行きませんか?何かと役に立つかと思います。」
ユーナはそういいながら、手頃な石を集めていた。
「うん、いいよ。」
美湖も集めだし、20個の石を魔札に封じた。
「これくらいあればよさそう?」
「はい、ありがとうございますご主人様。では、後ろにいるゴブリンを討伐しましょう。」
ユーナの言葉に、美湖は驚いて後ろを向く。いまだ少し距離があるが、5体のゴブリンが向かってきていた。
「もう!そういうことは早く言ってよ!!」
美湖は、氷魔法のアイスバレットを発動する。美湖の周囲に30個ほどの、親指の先ほどの大きさの氷の粒が生成される。
「いっけぇぇ!!」
美湖の掛け声とともに、生成された氷の粒はゴブリン目がけて飛んでいく。
「グギャ!?」
ゴブリンたちは、高速で飛んでくる氷の粒に対応する間もなく撃ち抜かれ、その場に倒れて絶命した。
「ユーナちゃん?これはわざとかな?」
「申し訳ありません。ご主人様とお話しするのが楽しくてつい...」
うつむきがちに答えるユーナ。その頬は、少し赤くなっており、申し訳なさそうな表情と相まって、
「うん、許すわ。」
美湖を、コンマ1秒で陥落させた。
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ゴブリンたちの魔石を取り出し、封じ札に回収したのち、二人は洞窟探索を再開した。といっても、小部屋を見つけても無人の場所が増えてきて、ゴブリンとの遭遇は目に見えて減っていた。
「どうしたんだろ?ゴブリン出てこないね。」
「はい、後ろからも気配は感じません。周囲には全然いませんね。」
美湖とユーナは、周囲を警戒しながらも、小部屋に入り少し緊張を解いた。ボトルウォーターでのどを潤し、武器に付いた血糊をクリーンで落としていく。
「こうしてみると、生活魔法って結構便利だよね。」
「そうですね。貴族様のお屋敷には、貴族様一人一人に生活魔法使いがついているくらいに重宝されますからね。それだけで食べていけますよ。」
「へぇ、それはすごいね。でも、僕には合わないな。やっぱり、こんな世界だもん。冒険しないとね。」
純粋な笑顔で言い切る美湖に、ユーナは「そうですね」と微笑みで返す。
その瞬間だった。
小部屋の最奥の壁がいきなり吹き飛び、隣の部屋とつながったのだった。そこから出てきたのは、ゴブリンの上位種、それらを束ねる普通のゴブリンよりも1,5倍くらいの背丈、ゴブリンとは思えないほどの筋肉隆々の豪腕を持つ『ゴブリンジェネラル』、さらにその上に立つ、ジェネラルよりもガタイのでかい『ゴブリンキング』が現れた。
「フン、我ラノ住処ヲ荒シテイル者ドモガイルト連絡ヲ受ケタガ、コンナ小娘二人トハ。
貴様ラ、今スグニ降参スレバ、傷ツケルコトナク孕ミ袋ニシテヤル。」
ゴブリンキングが、ほかのゴブリンたちを押しのけ前に出てきた。そして、美湖たちに怒鳴りつける。だが、
「は?なに言ってんの?降参するわけないでしょ。僕の大事なユーナちゃんをそんな汚らしいもので穢させるものですか。今から全員討伐するから、首を長くして待ってなさい。」
美湖は、短剣二本を握り、ゴブリンキングに斬りかかる。しかし、ゴブリンキングは、余裕の表情で虚空を殴る。美湖は「何してんだこいつ?」と一瞬思ったが、
「ぐっ!?」
と、腹部にいきなり衝撃が走り、吹き飛ばされてしまう。
「ご主人様っ!?」
ユーナも驚き、美湖の下に駆け寄る。美湖は、腹部を抑えながらも、ゴブリンキングに対して鑑定スキルを発動する。
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ゴブリンキング(NONAME)
レベル 30
HP 250/260
ST 100/100
MP 30/50
AT 200
DF 170
MA 80
MD 65
SP 150
IN 220
DX 80
MI 100
LU 32
SKILL
統率 (20/60)
剛腕 (20/50)
衝破 (20/50)
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「なるほどね。このスキルのせいか。」
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衝破
拳による衝撃波を飛ばすことができる。
飛ばせる距離は、熟練度に依存する。
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「ユーナちゃん。ゴブリンキングに気を付けて。あいつ、遠距離攻撃可能なスキルを持ってる。」
「か、かしこまりました。」
美湖は、剣を握り体勢を立て直すと、ゴブリンたちに向き直る。ゴブリンたちは、余裕の表情でこちらを見ていた。
「さて、どうやって戦おうかな。」
それを見返す美湖の目は、
笑っていた。