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プロローグ1

「友達だと思ってたのになぁ。」


 夕日が差し込む、使われていない教室。その冷たい床に一人の少女が横たわっている。彼女の周囲には、赤い水たまりができていた。

  彼女の左わき腹には、刃渡り25cmはある包丁が刺さっていた。傷口からは、まだどくどくと血が流れ出ている。


「はは、僕の人生も、ろくなものじゃなかったな...」


 血の流れている感触と、激痛の中で、彼女は意識を手放した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ふぁ~、おはよう、お母さん。」


「やっと起きたわね。美湖。朝ごはん出来てるわよ。」


 リビングのドアを開けて、欠伸をしながら、制服姿の少女 ―従 美湖― が、眠たそうに入ってきた。肩甲骨にかかるくらいの、きれいな朱色の髪を、けだるそうに掻いているさまを見た妙齢の女性 ―従 美紅― が、あきれた口調で食卓に着くように促す。食卓には、二人分のご飯と、みそ汁、卵焼きと鮭の切り身が用意されていた。美紅は、グラスにお茶を注ぐと美湖の前に置いた。


「ありがとう、お母さん。いただきま~す。」


 母親に礼を言うと、美湖は朝食を食べ始めた。母親は自分の分のグラスにお茶を注ぐと、朝食を食べ始めた。二人が朝食をとっている中、リビングに置かれ垂日は、朝のニュースで最近起こった事件を伝えていた。


「ふーん、大手会社の倒産に、通り魔、一人の少女が行方不明ね。なんだか物騒なことが起こってるわね。美湖、貴女も気をつけなさいよ。」


「わかってるよ、お母さん。それよりもさ、次の連休、ゴールデンウィークってお母さんの仕事はどんな感じ?」


 ニュースを聞いていた美紅が美湖に注意をするが、彼女はほとんど聞き流し、次の大型連休が楽しみのようだ。


「そうね、確か、真ん中くらいに3日の連休があったわよ。どこかに行きたいの?」


「うん。高知県や、山口県、長崎にも行きたいかな。坂本龍馬さんのゆかりの地を回りたいんだぁ。」


 美湖が、興奮気味に美紅に提案する。美紅も、


「まったく、美湖は坂本龍馬が好きね。でも、行くなら一泊しないといけないわね。美湖、大丈夫?」


「うん、平気。今のところ特に約束もないし。よ~し、なら次の連休はお母さんと、久しぶりの旅行だ~。」


 美湖はうれしそうに顔をほころばせる。それを見た美紅も、嬉しそうにに微笑んだ。



「じゃぁ、行ってきます。お母さん。」


「はい、行ってらっしゃい。お母さん、今日は仕事が遅いから、ご飯は冷蔵庫のものを、適当に使って何か食べてね。」


「わかった~。」


 玄関先で、学校に向かう美湖を見送る美紅。美湖を見送ってからは、自分の仕事の準備を始めたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 美湖の通っている『玉百合高校』は、三重県の中間あたりにあり、その街にある遺跡の中に建っている。美湖の家は1キロメートル圏内なので、徒歩での通学となる。


「う~、まだ4月だし、朝は冷えるな~。」


 そう言いながら、ポケットに左手を突っ込み、右手でスマホをいじっている。昨今うるさくなってきた「ながらスマホ」だが、こんな田舎では、咎める人間もいなかった。


「あ、従さん、おはよう。」


「あ、矢岬さん。おはよう。今日も冷えるねぇ。」


 一人の女子生徒が、交差点で信号待ちしている美湖に話しかけてきた。美湖も、その少女 ―矢岬 秋穂― に挨拶を返す。


「ほんとね。私冷え性だから、よけいにつらいわ。」


「大変だねぇ。そういえば、彼氏さんは?」


「ん~、もうすぐ、来ると思うんだけど。ほら、噂をすれば、おはよー!明彦!」


「おう、待たせたか?秋穂。従もおはよう。」


「うん、おはよう、山田君。」


 二人に近づいてきた一人の男子生徒 ―山田 明彦― に、秋穂は抱き着いていく。明彦と秋穂は彼氏彼女の関係だった。


「さて、僕は二人の時間を邪魔しないように、先に行くよ。イチャイチャしすぎて、遅刻しないようにね。」


「んもう、わかってるわよ。」


 美湖のからかいに、秋穂もいたずらっぽく返してくる。美湖はそれを聞くと、学校に向かって歩き出した。


「ったく、ほんとに仲いいよね。僕も、あんな彼女がいれば、学校も、もっと楽しいんだろうな。」


 美湖のつぶやきは、だれにも聞こえていなかったが、もし、誰かに聞かれていれば、「この子、頭大丈夫?」みたいな顔をされただろう。

 美湖は、いわゆる『百合』だった。男性には、全くと言っていいほど興味がない。それどころか、美湖に対して、言い寄ってくる男には、忌避感すら感じてしまう。しかも、美湖のルックス、スタイルともに均整がとれており、中学校から高校にかけて、告白された数は数えるのが億劫になるほどだ。他校から来るのも珍しくないくらいだった。逆に、女性に対して、恋慕の感情を抱いてしまう。ただ、この感情が、世間的には、認められないことだということも理解しており、自分から、好きな女の子に告白したことはない。


「はぁ、僕も恋人、欲しいなぁ。」


 美湖のつぶやきは、春の風にかき消されていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


学校に着き、上履きに履き替え教室に向かう。どうやら、美湖が一番乗りだったらしく、教室の鍵は閉まっていた。美湖は、ため息をつくと、鍵をもらいに職員室に向かった。


「失礼します。2年4組の従 美湖です。教室の鍵を借りに来ました。」


 職員室に入ると、一人の女性教師が声をかけてきた。


「おはよう、従さん。いつも朝早いわね。これ、鍵よ。」


「ありがとうございます。酒井先生。」


 美湖に、酒井先生と呼ばれた教師は、美湖たちの担任で、剣道部顧問を務めており、本人も何度も全国大会に出場するほどの腕前である。。


「ねぇ、従さん。今年からでも遅くないわ。剣道部に入るつもりはない?」


「ごめんなさい、先生。僕は、少しでもアルバイトして、お母さんを助けないといけないので。」


 美湖は、中学校までは、剣道部に所属していて、全国大会でベスト4に入るほどの実力があるのだが、高校生になり、学費も払わなくてはいけなくなり、また、母子家庭で、母の稼ぎしか収入がないので、いつもぎりぎりだった。なので、美湖も学校が終わると、アルバイトに精を出していたのだった。


「そうね。ごめんなさいね。」


「いえ、大丈夫ですよ。声をかけてくれるのはうれしいですから。それに、今日はアルバイトもないので、稽古に参加させてもらいますね。」


「もちろん大歓迎よ。久しぶりに、あの子たちをしごいてあげて。」


 美湖は、酒井先生との会話もそこそこにして、鍵を受け取り教室に向かった。教室の鍵を開ける。美湖たちの通う多摩百合高校の教室は、教壇部分が一段高くなっており、1クラス30人前後分の生徒用の机椅子。そして、教室後方には、一辺40cm角の扉付きロッカーが、三段ずつ13列並んでいる。その窓際には、掃除用具入れがあり、反対側には、燃えるゴミ、燃えないゴミ、ペットボトルに分けられたごみ箱がある。

 美湖は、ロッカーの上に飾られている、花の挿してある花瓶を持つと、廊下に出て流し場で水を入れ替える。この花は、酒井先生が持って来ていて、大体朝一番に来た生徒が水替えをするのだが、美湖が大体一番乗りなので、いつの間にか、美湖の仕事になっていた。美湖も、花の世話は好きなので、特に文句を言うこともなくこなしている。


「このスイートピー、きれいだな。先生今度は、カーネーション持ってきてくれないかなぁ。」


 この水替えが、美湖の仕事として定着してから、花は、美湖か酒井先生の好みで選ばれることが多かった。大体が季節の花になるのだが、酒井先生の給料後とかだと、少し高価な花になったり、美湖がテレビで見たような花をリクエストしたりと、二人の気分でころころ変わる。

 美湖が、花瓶の水を入れ替えて教室に戻ると、数人の生徒が登校していた。


「お、従じゃん。今日も一番乗りか?」


「うん、そうだよ、篠崎君。君も早いねぇ。」


 美湖に篠崎と呼ばれた男子生徒 ―篠崎 真琴―は、まぁな、と答えると、荷物を片付けるとほかの教室に行ってしまった。男子が苦手な美湖としては少し落ち着くのだが、


「美湖ちゃん、おはよう。今日も花の水替えありがとうね。」


「うん、おはよう、凜ちゃん。凜ちゃんも早いね。」


 美湖に凜と呼ばれた女子生徒 ―高山 凜音―は、美湖の一つ前の席に座ると、体を後ろに向けて、美湖に話しかけてきた。ちなみに、美湖の席は、窓際の後ろから二番目だ。凛音は、腰まである、くせのない黒髪をなでながら、


「うん、今日は部活なかったからね。てか、男バスが大会近いから、試合に出ない女バスは場所を譲れってさ。ほんと、あったまに来るわ~。」


 凜音は、女子バスケットボール部に所属しているのだが、部員は4人。しかも、二人が幽霊部員のため、チームも組めずに、練習だけはしている状態だった。それに比べて、男子バスケットボール部は、部員が30人くらい入るので、大会が近づくと、優先的に場所をとっていくのだった。


「ははは、それは災難だねぇ。男子に混じって練習しないの?」


 自分で言っていて、鳥肌が立ったが、凜音はノーマルだと信じている美湖は、さりげなく聞いてみたが、


「無理無理、男子ってどうしてか、私よりへたくそなのに上から目線だし、高圧的だからさ。汗もくさいし。あの中にいるくらいなら、こうして美湖としゃべってるほうがいいわよ。」


 心底いやそうに言う凜音だが、美湖は、その返しに少し動揺してしまった。


(落ち着け、落ち着け。凜ちゃんはノーマル。僕の性癖は知られたらダメ。)


 凜音が、もしかしたらこっち側なのでは?という気持ちもあったが、その可能性が低すぎることを、美湖は知っているので、顔に出ないように心の中で頑張った。


「ね、美湖。次の連休なんだけど、もし暇ならどこかに遊びに行かない?」


 そんな気持ちはつゆ知らず、凜音は次の連休に遊びに行かないか誘ってくるが、


「あ~、ごめんね。僕、次の連休は、お母さんと旅行に行くんだ。」


「そっか~、美湖は、お母さん大好きだもんね。了解。お土産楽しみにしてるよ。」


 凜音は、特に機嫌を落とすことなく、そのまま、別の話に持っていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 授業が終わり、みんなが帰り支度や、部活動に向かう中、美湖は、酒井先生に声をかけていた。


「先生。朝も言った通り、今日はアルバイトもないので、稽古に参加させてもらいますね。あと、教室の花ですけど、次は、カーネーションがいいです。」


「わかったわ。今の花が終わったら買ってくるわね。でも、カーネーションだけじゃさみしいわね。カスミソウや、トルコキキョウなんかもいいわね。ま、まだまだ先のようだけど。あ、そうそう、今日は先生、会議だから稽古に顔出せないかもなのよ。主将に伝えておいてくれる?」


「わかりました。では失礼しますね。」


 美湖は、荷物をまとめると、剣道部がいつも活動している武道館に向かった。武道館に着くと、すでに部員たちが啓子の準備を始めていた。その中には、美湖が中学時代に、一緒の部活にいた部員や、かつての大会で戦ったライバルたちもいた。


「おーい、桜ちゃん。煉香ちゃん。稽古しに来たよ。あと、今日は酒井先生会議だから来れないかもだって。」


 美湖が声をかけると、二人の女子生徒が反応してくれた。


「おお、美湖か。大歓迎だよ。先生からその件は聞いてる。今日はよろしくね。」


「おお、久しぶりにしごいてね~。」


 桜と呼ばれた、キリッとした肩甲骨まで伸びた髪をポニーテールにくくっている。3年生が不在のため、女子剣道部の主将をしている。美湖と中学校が同じなため、美湖とも仲が良く、翼休日には遊びに出かけている。煉香と呼ばれたのは、桜とは正反対で、ゆるふわな髪型でおっとりした雰囲気だが、中学時代の大会で、美湖と全国大会のベスト4をかけて戦ったほどの実力者だ。その大会では、美湖に負けていたが、幾度となく美湖と戦ってきていたため、両者ともに、互いを好敵手として、そして親友としての絆が生まれていた。美湖が玉百合高校に通うと知って、進路を変更までしたほどに、美湖が好きであった。


「うん。こちらこそよろしく。僕も準備手伝うよ。雑巾貸して。」


 美湖も、自分が稽古するための道場をきれいにするのに、煉香からぞうきんを受け取ると、床を雑巾がけしていく。


「お、今日は、従もいるのか。こりゃ、気合入れないとな。」


 道場で雑巾がけをしている美湖を見て、声をかけてくる男子がいた。


「こんにちは、大崎先輩。今日はよろしくお願いします。」


 美湖に大崎先輩と呼ばれた男子生徒―大崎 卓哉―は、自分の荷物を部室にしまうと、自分もぞうきんを手に道場をきれいにしていく。


「よし、掃除も終わったな。全員準備して、準備体操を始めるぞ。」


 大崎卓也の指示で、部員たちは、自分たちの防具を身に着けていく。胴、垂を付け、竹刀を持ち決められた順番に等間隔に並んでいく。美湖は一番後ろに並んだ。


「よーし、それじゃ、体操始めるぞ。まずは跳躍からだ。」


 そうして、本日の剣道部の活動が始まった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はぁ~、今日も疲れた~。てか、煉香ちゃん、僕スランプあるのに本気で来るとか鬼だよね。」


「そんなこと言って~、その本気について来れる美湖の方がおかしいわよ。こちとら毎日稽古してるのに、たまにしか稽古しない人に負けてたらこっちのメンツがつぶれちゃうわ。」


 面を外して、面タオルで汗をぬぐいながら、美湖と煉香は笑いあっている。しかし、ほかの部員たちは、片で息をしていて、その会話に混じることすらできず、二人をにらんでいる。


「さて、僕はそろそろ、家のことしないといけないから、帰るね。」


「はーい。それじゃぁね。また、一緒に稽古しようね。」


 煉香に見送られながら、美湖は武道館を後にした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「はぁ~、楽しかった~!」


 美湖は、校門を出てから、大きく伸びをした。


「やっぱり、煉香ちゃんたちとの稽古はいいね。また、時間があったら混ぜてもらお。」


 美湖は、帰り道を歩きながら、今度は、どんな稽古をしようか考えながら家に向かった。


「お~い、従。ちょっと待ってくれ~。」


 ふいに、後ろから美湖を呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ってみると、山田明彦が美湖を追っかけてきた。


「あれ、山田君。秋穂はどうしたの?」


 明彦と一緒に秋穂がいないことに、美湖は疑問を抱いたが、まぁ、何か用事があったのだろうと、その疑問を流した。


「ああ、ちょっとお前に話があってさ。ついてきてくれるか?」


「?、まぁいいけど。家のこともあるから、早くしてね。」


 明彦に連れられて、美湖は近所の神社に連れてこられた。境内の祠の前まできたのだが、肝心の明彦が、なかなか本題を言い出してくれない。


「ねぇ。用がないなら僕帰るよ。家のことしないといけないし。こんなところ見られたら、秋穂がなんていうか。」


 美湖が帰ろうとすると、明彦は意を決したような顔になると美湖に向き合い、


「従美湖さん。あなたのことが好きです。俺と付き合ってください。」


 腰を90度くらいまで曲げて、美湖に告白したのだった。




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