Flag8―魔導―(7)
「だってユーカリがここにいる理由ないじゃん」
「なんだその小馬鹿にした呼び名は!?」
「冗談だよ、ユーリ=カリエール」
「小馬鹿にしたのを否定して欲しかったね……それと、もう既に他の人達には言ったんだけど、堅苦しい呼び方は止めてくれ」
「わかった、ユーカリ」
「はっ倒すぞ」
「はいはい、『ユーリ』でいいか?」
言葉遣いの割に、呆れの混じった微笑みを浮かべているユーリは、やれやれだ、とでも言いたげに俺に言葉を帰す。
「ああ、わかれば良いよ『ツカサ君』」
今更ながら、案外こいつは悪い奴ではないらしい。まあ、確かに変な奴ではあるけども、それは只、こいつも不器用なのだろう。
「ヴ、ヴァル! ヴァル! れ、レディが鼻血出して倒れたぞ ?ど、どどしよう!?」
「お、おおおおお落ち着いてくださいエル様! ここは保健室、保健室ですから!」
「ふ、ふふふふ……こんなの久しぶりだよ……流石ツカサ君だ……ボクの想像……いや! 妄想の上を行くだなぶはぁっ! ふふ……ふふふふ……」
…………。
「今日も平和だな、ノスリ」
ノスリはコクコクとゆっくり頷き、レディ達の方を見詰めている。じっと見詰めるその表情は、相変わらずの無表情だが、どこか寂しそうに見えた。
「……何?」
気になって声をかけようか迷っていると、ノスリは俺の視線に気付き、こちらを向いて問いかけてくるが……寂しそうに見えたのは気のせいなのだろうか。
「……いや、なんでもない」
「……そう」
ノスリはいつも通り、只一言そう返し、俺から視線を外す。そこで俺は俺を見ていたもう一つの視線に気付いた。
「どうしたんだユーリ?」
「どうしたって言うほどでもないんだけれど、君達を見ていると兄妹みたいだなって」
「そうか? まあ、そう見えるのはそれだけ仲が良いってことなんだろな。それよりもさ、エルを止めた方が良いんじゃないか? レディの顔に包帯巻こうとしてるぞ」
「どうして僕が?」
「エルの事、ちゃんと見るんだろ?」
「……はぁ、わかったよ、僕が行けば良いんだろ……」
ユーリはやれやれと言いながらエル達の暴走を止めに入る。……あっ、ユーリが包帯に巻かれた。まあいっか。
「なんでアンタは人が藻掻き苦しんでいるのを見て微笑んでいるのよ」
「カーミリアさんが伝染った」
「保健室って怪我を治す場所よね」
「ごめんなさい。ほんの出来心だったんです」
カーミリアさんは溜め息をつき、「それで?」と話の続きを促す。
「ユーリも素直じゃないなって思っただけだよ」
まあ、カーミリアさんもなんだけど。
「……何でそんな生暖かい目差しをアタシに向けんのよ……」
「べっつにー」
「消し飛ばされたいようね」
「理不尽としか言いようがない」
「とっとと観念しなさい」
「お、落ち着けって。ほら、魔闘祭の疲れとか怪我とかもあるんだし」
「アンタを消す為なら構わないわ」
「いや、構えよ」
つーか、俺どんだけ恨まれてるんだよ……。
「まあまあ、落ち着きなさいラナちゃん。今はツカサちゃんの言う通りよ」
そう言ってカーミリアさんを窘めたのは、実は最強なんじゃないかと思ってしまう我らがオカマ。流石、頼もしい。
「……フンッ」
「それに、ヤるときは全力が良いでしょ?」
頼もしくなんかねぇよちくしょう!
「ウフッ! 冗談よ、ツカサちゃん」
「はぁ……ケトル、洒落にならないからやめてくれ……」
「大丈夫よ、ラナちゃんも冗談だってわかってるから、ね?」
「え、ええ……そうね……」
おいこら、何故気まずそうに視線を外す。
「ケトル、こいつ冗談を理解してないぞ」
「う、うっさいわね! アンタが存在しているのが悪いのよ!」
「存在を否定された!?」
「ウフッ! 仲が良いわねぇ」
そう見えるならお前の目は節穴だ。
溜め息が出てくる……。いや、別に「いつも通り」はこんなのだってわかってたけど……もう少し俺に優しくても良いような……。
「へふふぇ、ふぁっ、ふふぁふぁはんほぉふぁへぇふぁふは?」
「……ルーナ、喋るならお菓子を呑み込んでからな」
「ふぁーい」
口一杯にお菓子を頬張り、幸せそうな表情を浮かべているルーナ。お菓子の箱を差し出してる辺り何を言いたいのかはわかるけれど、一応きちんと聞いておこう。
「んぐんぐ、ぷはっ。司さんもどうですか?」
ルーナはそう言い、もう一度お菓子の入った箱を差し出す。
相変わらずややこしい名前をした、チョコレートのかかった棒状のそのお菓子をありがたく一本貰い、口に運ぶ。
相変わらず味もそっくりだ……。
「ところで司さん、先程はどうして呼ばれたんですか?」
そういえば、別の世界がどうのってことは、あまり知っている人はいないって言ってたな……。堂々と公言しちゃったけども……。
それに、ルーナも知らないみたいなことも言われたし……別の世界について口止めされたと言ってもいいのだろうか……?
「……ルーナ」
どう答えようか迷っていると、近くに居たノスリがルーナに話しかける。どうやら助け船を出してくれるらしい。
「ツカサは覗きがバレたの……」
とんだあの世行きの船じゃねぇか。
「遂にだな……ツカサ、俺はお前の事を信じていたぜ?」
「コーチ、馴れ馴れしく肩に手を置くな」
キメ顔してるのがうぜぇ……無駄にイケメンなのが更に腹立つ。
とりあえず、いつかのルーナがナイトさんに使っていた時の様に、コーチを水の檻に閉じ込め、なんとか誤解を解く。
その結果、何とか解くことは出来たが、八割は信じていた気がしたのは気のせいであってほしい。
しかし、おかげでどたばたしたせいか、先程の質問は上手く誤魔化す事が出来たようだ。……複雑な気分になったのは言うまでもないが。
そして、幾らか話しているとシャルル保健医がやって来て、そろそろ施錠するので帰宅しなさいとの御達しを受けたので、俺達は保健室から転移室に移動し、今期の魔闘祭の会場を後にした。
保健室に残っていた皆と別れ、部屋に着き、時刻を確認する。
午後五時。思っていたよりも時間は経過していない気もするが、魔闘祭が三位決定戦と決勝戦だけと、通常授業の時と比べて、終わるのが早かったので、感覚的なズレがあるのだろう。
しかし時間があることに問題はない、むしろ歓迎だ。という事で、早速少し体を動かしに演習場にでも行くことにしよう。
学院内の演習場の前まで来た俺は、扉のドアノブに手を掛け、手前に引っ張り気付く。
鍵が閉まってる……。
今日は演習場に来る人数が少ないとは思っていたが、流石に全く居ないとは思わなかった。
どうせ誰かしら居るだろうと高を括っていたのが裏目に出た。
……仕方無い。少し面倒ではあるが、鍵を貰いに職員室にでも行こう。
広大な敷地に広がる、いつの間にか迷わなくなった広い校舎を歩き進み、人間の慣れに感心しながら、職員室の前まで辿り着く。




