Flag8―魔導―(6)
初代国王の政策には重大な欠陥がある。「平和」というを日向を作り出した結果産み落とされた「影」というべきか。
そもそも、こんなこと言ってしまえば元も子もないのだが、何事にも影はある。無い事が無い。
しかし、今回は影が大きすぎた。
魔法のレベルを下げる、という政策は具体的に言うと、魔法を本格的に教えるのは魔術学院だけにしたことと、教育機関で中等部以下に教える魔法を制限した。
その結果、魔法のレベルは下がった。
だが、これは平均的に見た数字であり、実際は学院に通った事のある人間と、一般的な民間人の魔法の技術格差が広がっただけだ。
となると、この国で力を持つ機関は魔法を扱うことが出来る人間の集まる政府と学院の二ヶ所だけになる。
一応、学院は国の一部の様なものではあるが、戦力と考えると政府と同等の力がある。
今のところ、政府も学院も協力関係にあり、また均衡しているが、この先どちらかが独裁体制に入らないとは限らない。
もしそうなった時、力を持つ機関が二ヶ所だけだと、何かの拍子に力の均衡が崩れたりすると、とり返しのつかないことになってしまう。
事が起こってからでは遅い、故に、平和が続く現在でも、出来るだけ力を保ち続けなければならない。
そして、この国の学院の中で最も規模が大きく、最も力を持つのはここ、王都魔術学院だ。
だから俺は、こう言ってしまうと少し違和感があるが、この学院でも有数の実力者がこんなにも抜けてしまっても大丈夫なのか、とルイスに問うたのである。
「それに、生徒会が動くなん到底思えねぇ」
それに加え、元々の原因は俺だが、俺達は生徒会長に嫌われている。それも、魔闘祭を始めとする俺達と関わる行事をサボタージュする程に。
その癖、成績は文句なしで、更に生徒会としての仕事もきちんと行って生徒からの支持は得ているので、俺達は何も言うことが出来ずにいる。
「いくら彼女ら……と言っても一人だが、流石に学院に何かあれば動かざるを得ないだろう」
そして、生徒会の会長と副会長以外の役員の任命権は生徒会長が保持しているのにも関わらず、誰も任命していないため、生徒会は殆ど生徒会長の意向に沿って行われるのである。
「そうか……それなら良いんだがな……」
「安心しろ、例え我々を嫌っていようと、責務を放棄する様な人間ではない。それを一番知っているのはネアン、貴様自身だろう?」
俺は「そうだな……」と、軽い笑みを作りながら返事をする。ルイスは少し怪訝な、されどどこかつまらなさそうな、そんな表情を浮かべたが、それ以上何も言ってこなかった。
そして、今度はここにいる全員に聞かせるような口調で口を開く。
「ああ、それと今回もう一人、一緒に行くことになった。多分もうそろそろ来る筈だ」
もう一人か……わざわざ出発する当日じゃなく、こんな所まで来るような物好き……と言うか、執着心と言うか、はたまた、恐ろしさを知ってる故の行動なのか、とにかく、そんな事をするような人間は一人しか思い浮かばないが、訊いてみようじゃないか。
「で、そいつは誰だ?」
俺のそんな発言と共に部屋に響くノック。
「入れ」
ルイスが予定通りだ、と言いたげな表情でそう言うと、つり目気味の碧眼に、ルイスと似た紫色の髪を、性格を表すかの様に雑に一つに纏め上げている、俺達と同年代の女が、扉を空けて入ってきた。
「予想通り」
俺がそう呟くと、女はニヤリと口角を上げて、不敵な笑みを浮かべた。
‡ ‡ ‡
光に包まれる直前に見た教師達の光景に、珍しい事があるものだ、と思いながらも、これで魔闘祭が終わったのだと、少し寂しさが心に生まれる。
しかし悪くはない。これはこれで良いと思う。
包んでいた光が消えて、俺は気に入っている人達の元へと帰ってきた。
俺は口を開き、ただいま、と呟いた。
「うるさい! まな板! 断崖絶壁! ナイチチ!」
「――ッ! 小学生になんかそんな事言われたくないわよ! このクソガキ!」
「ガキなんかじゃないもん! エルは大人だ! ぶゅーてぃふぉーうーまんだー!!」
「ふぅん……。よくそんな事言えるわね……」
「な、なんだよぉ!」
「あ、あの、エル様もカーミリア様も落ち着いてください」
「アハハ、二人ともすっかり元気だねぇ」
「いや、笑ってないで止めようぜレディちゃん……」
「そう言う君だって見てるだけじゃないか」
「うっ……」
「カリエールさんもですよね?」
「…………」
「ウフッ、皆元気で何よりだわぁ」
……誰も俺の『ただいま』なんて聞いていなかった。返せ、俺のただいまを返せこんちくしょう。
「あっ、ツカサ、帰って……死ねぇ!」
「〝ウォート〟」
「ぶぇあっ!」
ふぅ……。今日も平和だな。コーチとか言う変態が襲いかかってきた様な気もしたがきっと気のせいだ。うん。
「いってぇ……何すんだよツカサ……」
「相変わらずしぶといな、ゴキブリ野郎」
「んだと……生まれてくる性別間違えてそうな奴に言われたく――ぅあ゛あ゛あ゛あ゛目がぁ、目がぁっ!?」
「それは多分きっと絶対確実にお前の目が病気なんだよ、どうだ? 少しはまともになっただろ? 礼はいらないぞ?」
「お、お前意外と容赦ねぇよな……」
「そんな事より、何でいきなり殴りかかって来たんだよ」
コーチの文句を一言で流し、疑問と言う名の文句をぶつける。
「そう! それだ! ツカサ……俺のハーレムを返しやがれ!」
お前はまだそれ言ってたのか。ほら、騒がしかった皆も黙って白い目でお前を…………あれ? なんで俺を見てるの?
「あ、アンタ……どうしてそいつと手を繋いでんのよ……」
「えっ? これは色々と事情がなんだカーミリアさんその手に纏わせた雷は!?」
「なんでしょうねぇ? 強いて言うなら、変態を殲滅するためかしらねぇ……?」
「そ、ソッカー……変態も大変だなー……」
無駄に魅力的な恐ろしい笑顔に戦慄を感じつつ、俺がカーミリアさんの中で変態にカテゴライズされていないことを願いながら、ノスリと手を繋いでいた理由の説明、もとい言い訳をする。
「ふぅん……まあ、アンタが変態には変わりないけどね」
手遅れらしい。
「そ、そうか……それならエルは何も言わないけど……てっきり犯罪かなって……」
そしてエル、見た目の話ならお前も殆どノスリと変わらないからな? あと、年は俺達の一つ下だから問題ない。……いや、こんな事考えてる時点で問題はあるな。
「そ、そんな事より。なんでこいつが居るんだ?」
自分の発想ながら、軽く自己嫌悪に陥りそうなので少し無理矢理にでも話題を変える。
「なんだ? 僕が居たら悪いのか?」
そうして俺が話題を振った相手はパーマがかった緑髪の野郎。本名を縮めるとコアラの主食みたいになる、戦闘好きの変態。冬季魔闘祭は嘗めて俺に敗北し、夏季の魔闘祭では決勝トーナメントの初戦で、ご機嫌斜めのカーミリアさんの八つ当たりで敗北したらしい意外と可哀想な人。




