Flag8―魔導―(5)
ルイスがそう口にすると、室内の空気が一気に緊迫したものになる。
成る程……関係ない人は巻き込めないってのは同感だ……。
「八年ぶり……漸く尻尾を見せやがったのか……」
俺のそんな呟きに対してルイスは無言、何も言わないということは肯定と判断しても良さそうだ。
長かった……あれから十年……八年前は取り逃がしてしまったが、漸く機会がやって来た。今度は絶対に逃がさない……何があっても。
「ネアン、少しは落ち着きなさい、魔力を垂れ流しにされると居心地悪いわ」
「あ、ああ……すまねぇ……」
レイラに窘められ、俺は思わず洩らしていた魔力を抑える。
「それと目付きもヤバかったわよ、気持ち悪い。いや、気持ち悪いの元々だったわね、ごめんなさい。気持ち悪い」
「てめぇどうせ、それが言いたかっただけだろうが!!」
「何よ、気持ち悪いわね、近付かないで変態」
「変態に変態なんざ言われたくねぇよ!」
「何よ! 私が変態だといけないの!?」
「そこ認めるのかよ!?」
「ええ、私は誇りを持っているわ」
「もう駄目だこいつ……」
「まあまあ、君達が美しい僕と違って変態なのは知っているけど、ここは美しい僕に免じて少し静かにしてもらえないかな?」
「てめぇが一番の変態だ」
「あなたが一番の変態よ」
何はともあれ、落ち着きを取り戻した俺は、シャルの言う事も最もだったので、話を詳しく聞くために、ルイスに話の続きを促した。
「……はぁ、貴様らは変わらんな……」
「お前がそれを言うか……けど、残念ながら、それは違う、俺はお前の思っている様なやつじゃない」
「……そんなことないぞ、ネアン、貴様は変わらない、今でもずっと優しいじゃないか」
そんなことを、何の躊躇いもなく言うルイスのその優しげな微笑みに、魅力的な微笑みに、ずっと言わないようにして心の奥に閉じ込めていた言葉を思わず言いそうになってしまう。
しかし既の所でバレないように唇を軽く噛み、自分を律して、いつも通りを心掛けて対応する。
俺にそんな言葉を口にする資格なんてないのだから。
「……そうかい、それで亡霊はどこで見つかったんだ?」
「エレーナ共和国の北部だ……」
エレーナ共和国は、ここ、ハルバティリス王国の西に位置する隣国で、この国が成り立つ以前から存在し、帝国の侵略にも最後まで耐えた由緒ある大国だ。
この国との関係も良好で、時々俺も仕事の関係などで行くことがあるが雰囲気も中々に良い。
そしてギルド制という、国の軍とは別で民間人が有志でギルドという集団に所属し、些細で個人的な問題から荒事までの色々な依頼を解決するという制度を取り入れている。
ギルドには報酬を用意することになるが個人的な依頼を持ち込む事が出来、また、魔獣の大量発生といった国が関わる問題に対しては解決をすると国から報酬が用意される。
そのお陰で国の目が届きにくい問題に迅速に対応することが出来る利点がある。
しかし、地域の問題を解決する分、武力を権力とはき違えて威張り散らすギルドが出てきてしまったりするといった欠点もある。
とは言え、エレーナ共和国ではギルドを設立するにはギルドマスターの権限を得る必要があり、ギルドマスターの権限を得るには国が行う試験を受けなければならない。
他にも、ギルドを監視する監察官を一定の期間ごとに派遣することで、その地域にあるギルドについての調査を国民を対象に行ったりといった取り組みをエレーナ共和国は行うことによって力のバランスを調整しており、そのお陰か、これまでギルドが暴挙に出たことはない。
「エレーナっつーと、ネクトのじじいからの情報か?」
俺はそう言い、エレーナ共和国の首都ネクトにあるネクト魔導学院のトップで長い白い髭を生やした老人を頭の中で思い描く。
……しかし、正直良い思い出はあまりない……。あのじじいのおふざけのせいで今まで何度死にかけた事か……。
「そうだ、信憑性が高いだろう? しかしネアン、一時とはいえ我々の師匠だった方を『じじい』とは失礼だと思わないのか?」
「いや、お前最初の頃じじいの事『クソジジイ』って呼んでたじゃねぇか」
師匠と呼べと言われた時に一番渋ってたのもルイスだったし……。
「まあまあ、思い出話も美しいけれど、亡霊の話を知った以上どうするのか決めようじゃないか」
一々鼻に付く様な言い方だが、シャルの言うことは最もだ。ここは素直に聞き入れよう。
「そうね、私とルイスの愛の逃避行も悪くないわね」
「いの一番にふざけてんじゃねぇよ!」
俺の真面目にシフトチェンジした思考を返せ。
「何よ、ネアンの癖に生意気ね」
「俺の扱いが雑だなおい」
俺は再び真面目な思考に切り替える。
本来の話を思い起こす。普段なら授業があり、ここから動けない。しかし、幸運な事に明日から四日間は休校。となると行動は決まっている。まあ、そんな事、シャルが言わなくても全員の考えは結局一緒だったのだろうが。
「……けどよ、俺達が四日間丸々ここを留守にしても大丈夫か?」
だが、それが最良の答えである、とは、お世辞にも言えない。だから現に、俺はこうしてルイスに質問を投げ掛けている。
「問題ないだろう、ここに居るのは腐っても魔術学院の教員。念のために四日間は全員警戒に充てるつもりだ。それに、何かあれば生徒会も動くだろう?」
「それでもだ。いつどんな風に仕掛けてくるかわからねぇ。油断は禁物だ」
ここ、ハルバティリス王国は、約六十年前の帝締戦が終結し、建国されて以来、戦乱の無い、安寧の時代を築いており、それがこの国の人間からすれば、当たり前、だと思われつつあるだろう。
しかし、他国に比べると少ないものの、犯罪が無いわけではなく、必ずしも平和ではない。
むしろ、この国は非常に危ういバランスの上で成り立っている。と、俺……いや、俺達は考えている。
初代国王フラウ=アーク=ハルバティリスは、建国以前に存在し、現ハルバティリス王国領を支配していた帝国の軍国主義とは真逆の政策をとった。
その結果、この国の魔法のレベルは戦前より低下し、魔術学院に通わない限り、上級以上の魔法を行使出来る人間は殆ど居なくなってしまった。
それが初代国王の狙いだった。
魔法による犯罪を減らし、戦争時の、罪なき人達が目の前で死んで行くという、そんな地獄絵図を、悲劇を繰り返したくないという願いから行われた政策。
そのお陰で、こうして平和が続いている。
しかし、その反面、魔法・魔術、魔獣の関わった事件が立て続けに起こった際に対応する騎士団の人員不足が目立っている。
学院を卒業した生徒が必ずしも同じ道を進むわけではなく、普通に、一般の高等部を卒業した人間の様に、店を営んだりする生徒や、俺達の様に教師になる生徒もいる。
それに、騎士団には毎年の様に死亡者が出る。そのせいで余計に人員不足に拍車がかかっているというのもまた事実だ。
初代国王の行った政策は失敗だったとは思っていない。しかしだからといって、成功だったなんて、到底考えることも出来ない。




